鉄道

京都鉄道博物館2021

210223_01飛び石の祝日となったこの日、京都鉄道博物館を一家4人で訪れた。元々は相方がいくつかお出かけ先の案を提示しており、その中では最も相方が興味なかった選択肢をジュニア達が選んだので、相方は朝から不満タラタラ。スキーに行く際と真逆の立場である。

で、私が以前にここを訪れたのは2018年1月とこのブログに記録があり、3年ぶりの訪問となる。その際は既に次男も生まれていたが、まだ小さかったので私と長男2人のみで行っていた。その3年前にはまだ開業していなかった梅小路京都西駅が今はあるので、アプローチは楽になった。早めに着いて昼食用の弁当などをコンビニで買っておいた。新型コロナウイルスの緊急事態宣言はまだ発令中だが、お構いなしで開館前に長蛇の列ができはじめる。っていうか感染者数は1月初旬でとっくにピークアウトしたのは目に見えているのにいつまで緊急事態出し続けるねん、と見切っている人が多いということだろう。

210223_02博物館側はコロナ対策に腐心しているようで、入館時には手指の消毒を求められ、サーモグラフィーで体温をチェックされた。また、行列ができるような箇所には間隔を空けるような指示が床面に記されていた。

まず最初は私と長男、相方と次男の二手に分かれて、それぞれジュニア達の行きたいところ、見たいところを回るよう好きにさせた。

210223_03期間限定で余所から運んできた列車を展示するコーナーには、四国・徳島からのトロッコ列車らしきものが来ていたが、ジュニアには興味が無かったようでじっくり見られず。

210223_04その後組み合わせをチェンジして、私と次男、相方と長男2ペアでの自由行動へ。まずは電気機関車の運転台でガシャガシャ。

210223_05いわゆる「湘南電車」の初代、モハ80形(モハ80001)の車内を見物。半屋外部分に常設展示されている車両ではあるが、普段は外から眺めるだけのところ、この日は特別に車内にも入れた。

コロナ対策ということで1組ずつ時間を置いての見学なので、少し列を作って待つことになる。老舗の百貨店を彷彿とさせるような上品な高級感があった。

210223_06初代トワイライトエクスプレスの電気機関車の前でパチリ。この電車と同じヤツがうちのプラレールにもある、ということを次男も認識できているようだ。

210223_07プラレールといえば2階のキッズスペースなのだが、コロナ禍のため現在コーナーの利用は休止となっていた。

コーナーの展示ケースにはシンカリオンのプラレールがズラリ勢揃いしていた。我が家にもE5とN700Aがあったのだが、いじくり倒してボロくなったので既に廃棄されてしまった。

なお、画像には無いが、3階のホールの一部が休憩スペースとなっており、テーブルとイスがあって持ち込み飲食物を飲み食いできる。食堂は相変わらず混んでいるようだが、このスペースは穴場なのか比較的ゆったり利用できた。そういえば、以前長男と来た際に弁当を買って食べたブルートレインの食堂車(1階の半屋外展示)は、コロナ禍のため閉鎖中だった。
210223_08蒸気機関車の機関庫と、実際に走らせているSLスチーム号のところへやってきた。機関車には「無限」と掛かれたプレートが掲げられており、大ヒット中の「鬼滅の刃」に関係しているそうだが、一切見てないのでサッパリ分からん。

動画でも撮っておいたので掲載。


210223_09その蒸気機関車の横に、遊具コーナーがあったのでそこで遊ばせる。同じようなちびっ子達で賑わっている。

風向きによっては、蒸気機関車の煙が漂ってきて石炭臭いので要注意。あとで気がついたが、子供の手袋も煤が付いて黒く汚れていた。

210223_10ドクターイエローの形をしたすべり台などの複合遊具もあり、大盛況。後に長男も合流して、寒空の中ひとしきり遊ぶ。

結局のところ、ここで遊ぶのが一番楽しかったとの感想で、予想していたとはいえ、それならわざわざ博物館に出向かんでもええやん、というオチとなった。

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阪急・リサとガスパールのスタンプラリー

21012401雨降りの日曜日、ずっとジュニア達を家で飼ったままもどうかということで、阪急のスタンプラリーに出かけることにした。

以前相方がリーフレットをもらっていたのを見ると、すみっコぐらしのスタンプラリーは昨年11月で終わっとるやんけ、だったが、調べたら11月以降2月まではリサとガスパールのスタンプラリーに替わっていることが判明。なお、長男が先日足を捻挫しており大事をとってギブスをはめているので、駅までは肩車で連れて行く。

210124_02スタンプラリーの最初に立ち寄ったのは高槻市駅。

210124_03高槻市の誇るゆるキャラ「はにたん」もマスクをしていた。

210124_04十三から宝塚線に乗り換えて豊中駅へ。

210124_05更に宝塚線の終点まで乗って宝塚駅へ。ここの駅ビルのミスドで昼食。再開しようとした際、相方が一日乗車券をどこかで紛失していることが判明、以降の移動料金は別途ICカードで払うことに。

210124_06今津線に乗って西宮北口駅へ。ここは改札内にスタンプ台がある。

210124_07最後は梅田の阪急三番街がゴール。無事に参加賞のキーホルダーをゲットした。

緊急事態宣言の最中ということもあり、阪急は特急ですら空いていて、スタンプ台でも行列はなく、ソーシャルディスタンスを取るよう床にかかれた案内もほぼ出番なしという感じだった。鉄道会社としてはこの実入りでは経営的に相当厳しいだろうな。一日乗車券大人1300円はちょっと高め(阪急だけでなく阪神も使えるのだが)はまあ言わば景気付けのお布施みたいなものだ。

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大阪メトロスタンプラリー2020(後編)

前編からの続き)
200927_1大阪メトロ「もっと!まじめに ふまじめ かいけつゾロリなぞなぞ修行スタンプラリー」の後半戦。先日の前半戦は最終日の参戦だったが、今回は後半戦開始早々での参戦なので、ほとんど日が開かず連続している感じがする。

まずは中崎町駅からスタート。

200927_2次いで淀屋橋駅。今回はさすがに東梅田駅と梅田駅の乗り換えを使う。

前半戦ではなぞなぞの下にヒントが書いてあったが、後半戦ではヒント無し。この駅の問題は楽勝だったが、中にはええっ、何だろうとしばし悩んでしまうものも。大概はことば遊びなのだが、大人のカチカチの頭で考えるとかえって思い至らなくなる。

200927_3長堀橋駅も経由するが画像は飛ばして京橋駅。他のラリーポイントは駅構内にあるのだが、ここだけコムズガーデンに設置されているので改札の外に出なければならない。ちなみに、前後半戦とも一日乗車券を購入しているので、改札の内外は影響ない。

200927_4最後のラリーポイントは南巽駅。そのままゴールに向かってもよかったのだが、昼食も兼ねて地上に出る。

内環状線(国道479号線)沿いに歩いていると、巽神社を発見。地下鉄の駅で南巽・北巽とあるぐらいだから、「巽」という地名の元となった神社だろうか。それにしても、巽とはそもそも南東という意味だから、南巽はまだいいとして、北巽って矛盾していないか、と思った。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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大阪メトロスタンプラリー2020(前編)

200922_19月連休の最終日、大阪メトロで「もっと!まじめに ふまじめ かいけつゾロリなぞなぞ修行スタンプラリー」と銘打ってスタンプラリーをやっているとのことで、子供たちを引き連れて参戦。前後半で分かれているのだが、この日が前半の最終日。というわけでこの日の夕方タイムリミットまでに全て回りきってゴールまでたどり着かねばならない。

200922_2最初のポイントは御堂筋線江坂駅。JRで新大阪へ向かい、そこで乗り換えれば楽勝だ。ラリーポイントにはこのようななぞなぞが書いてあって、スタンプを押すだけではなく、参加用紙の回答欄を埋める。その回答欄の一文字だけ番号が振られていて、5箇所の回答からそれぞれ一文字ずつ拾ってきて並べた言葉が最終の答えとなる。

200922_3江坂駅の次はだいどう豊里駅を目指す。最短なら、梅田へ出ていったん改札を出て東梅田へ、そこから谷町線で太子橋今市へ、そして今里筋線乗り換えなのだが、梅田地下街で長距離子供を歩かせるのはつらかろうと、心斎橋で長堀鶴見緑地線乗り換え、蒲生四丁目で今里筋線乗り換えという若干遠回りなルートを選択。ところが、心斎橋乗り換えも蒲生四丁目乗り換えもそこそこ距離があり、しかも長堀鶴見緑地線の待ち時間・乗車時間が長く、ここへ来るまででだいぶ時間を使ってしまった。

200922_4このあと途中の画像は省くが、平野駅、天王寺駅、トレードセンター前駅の順で回ったものと思う。ゴールは大阪ドーム(ドーム前千代崎駅)だが、結構終了時間キワキワだった。

後編に続く)
(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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ICOCA定期券・汚損による再発行

200329_1長年利用してきたICOCA定期券、最近は定期券部分の表示が薄くてかすれて見えにくくなってきた。

定期券表示の部分は、熱によって繰り返し消したり書いたりできる特殊なインクが使われているようだが、どうやらそのベース自体がだんだん剥がれてしまい、定期券を更新しても新たな有効期限等の書き込みは薄くてかすれたままになるようだ。

200329_2ネットでいろいろ調べていると、こういう場合(「紛失」ではなく「汚損」のケース)は手数料無料で定期券のカードを更新してくれるようなので、駅のみどりの窓口に向かう。

すると、更新したカードの交付は翌日となり、その間は更新前の方のカードは自動改札では使えなくなるそうなので、有人改札でICOCAとともに提示するための証明書のような券面を発行してもらった。まあ、申請日が土曜日で、翌日日曜日にもらえるのなら定期を使うことはないのだが、これならば平日でも安心して手続きできる。

200329_3そして翌日、再びみどりの窓口に向かうと、くっきりハッキリと定期券表示ができるようになった新しいICOCAを無事入手。なお、ICOCAにチャージしていた電子マネーも同額で引き継がれている。

一点だけトラップがあったのは、保育所での登降所管理が最近はICカードタッチによるタイムスタンプになっており、手持ちのICOCA等ICカードも登録すれば使えるのだが、今回ICOCAを更新したことでカードID(JWxxxxxxxの番号)が変わってしまっており、改めて登録をし直さなければならなかったということである。

(本記事は、実際は記された投稿日よりだいぶ後になってからの投稿のですのでご了承願います)

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ドクターイエロー2020

200307_01
3月某日、ドクターイエローが運行されるとの情報を得て、一家総出で新大阪駅に向かった。待つことしばし、想定時刻どおりに入線してきた。
200307_02車番を確認すると923-7と記されている。JRのマークがオレンジ色なので、JR東海所属の923形0番台T4編成ということになる。

200307_03ホームにはママ鉄・子鉄に鉄道マニアが大勢いたが、溢れかえるというほどではない。やはり新型コロナウイルスの影響で外出を手控えている人が増えてきたということか。

200307_04近い時間帯に500系こだまが新大阪にいたので、ホームを移ってこちらも撮影。こだま運用になってからも既に相当年数が流れたが、今なお人気のイケメン新幹線である。

ちなみに、ドクターイエローについては3年前にも長男とともに見に行ったことがあるが、当時次男はまだ生まれたばかりなので母子ともにお留守番、500系TYPE EVAに長男と2人で姫路に行ったのは5年前で、当時3歳だった長男本人も覚えていないという状況である。

200307_05さて、新大阪駅から今度は阪急の十三駅に向かい、鉄分補給おかわりということで「京とれいん雅洛」を見物に行った。本来は神宝線所属の7000系を魔改造した車両なので、京都線を走るのに車体番号百の位がゼロという激レアな存在である。

200307_06土日祝にはバンバン往復しているのを見かけてはいるが、その停車駅が沿線住民にとっては全く使えないので、乗る機会はほとんどない。しかも中間駅をすっ飛ばす割には、通常停車駅パターンの特急の後ろを数分遅れで引っ付いて走るだけなので、梅田ー河原町間(いや、これも大阪梅田と京都河原町に改称したんだった)の所要時間は特急と変わらない、という何とも実用性のない列車ではある。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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阪急レールウェイフェスティバル2019秋

191027_01春のイベントに引き続き、秋の阪急レールウェイフェスティバルにも参加した。前回参加以降、阪急電鉄 鉄道ファンクラブにも入会して、抽選当選確率を高めておく努力が奏功したようだ。

191027_02展示内容や体験コーナーなどはほぼ前回同様。画像はミニトレイン乗車のコーナー。いろいろ見て回りたいが、結局のところジュニア達の意向が優先されるので、鉄オタの大人としては我慢が続く。一人で好き勝手にしたいものよのう。

191027_03そして今回もプラレールで遊ぶコーナー、予約券を予め並んで取ってからの利用。プラレールなら家になんぼでもあるやんか、と思うのだが。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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大仏鉄道廃線跡マラニック

191013_0110月某日、ランニングフォーラム・FRUN有志のイベントで大仏鉄道廃線跡マラニックが行われた。かつては毎年この時期にFRUN主催で「おこしやすマラソン」を実施していたが、数年前に終了し、その名残というか代わりに何かやっているという次第。

近鉄奈良駅に集合した後、大きい荷物はコインロッカーに預けて、JR奈良駅から加茂駅まで電車で移動し、加茂駅からのスタート。実は加茂駅のホームの一部も、かつての大仏鉄道のホームだったそうだ。そして最初の画像は、加茂駅敷地内にある、レンガ造りのランプ小屋。

そもそも大仏鉄道とは、加茂駅から奈良市内方面へ、大仏への参拝客を運ぶ目的で1898(明治31)年に開業した路線だったが、途中かなりの急勾配を無理して通した線形が祟り、開業後わずか9年で廃止となった幻の鉄道だそうだ。現在では、さっき乗ってきた、やや遠回りだが平坦なところを結ぶJRの路線に取って変わられている。大仏鉄道の詳しい解説は他のページに委ねることとする。
191013_02鹿背山橋台。大仏鉄道跡にはもはや線路は残っていないが、このように橋などがあったところに、遺構が残っている。石垣のように石が積まれている。

191013_03梶ヶ谷隧道。レンガを積み上げて、鉄道の下を道や水路がくぐり抜けられるようにしている。

191013_04赤橋。廃線跡をそのまま走っているとこの姿は見られないので、いったん脇にそれて見物。

途中のコンビニで昼食休憩をはさみつつ、マラニックは続く。

191013_05大仏鉄道を作った、関西鉄道株式会社(「かんさい」ではなく「かんせい」読むそうだ)のロゴマークがレンガで表されている。当時は国有ではなく私鉄だった。

191013_06奈良市街に入ってくると、住宅地が広がっており、もはやかつての路線跡を正確にはトレースできない。その住宅地の中にポツンと公園があり、これが大仏鉄道終点の大仏駅跡地。本当はもっと大仏殿の近くまで引く予定が、用地確保できずに、仮設的にここに駅を置いたそうだ。というわけでここから大仏まではまだだいぶ離れている。

191013_07大仏殿まで到着。中には入らず。たくさんの観光客、とりわけインバウンドの外国人客で賑わっている。

この後はひとっ風呂浴びてから飲み会。二次会では日本酒がいっぱい選べる店もあり、したたかに酔った。

今回のマラニックをReliveというアプリでトレースしていたので、その動画も貼り付けておく。


(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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関東遠征・再び

190604_016月某日、再び神奈川県内某所への出張へ。今後は経由地となる新横浜駅で昼食を取ることにして、ラーメン博物館に立ち寄る。ここに来るのは初めてではなく、2000年ごろにも一度訪れた記憶があるが、まだその頃は本ブログも立ち上がっておらず正確な記録が残っていない。

190604_02まずは熊本ラーメン「こむらさき」という店に入る。

190604_03白湯ベースのスープ。博多ラーメンに近い感じか。

190604_04続いての店は「琉球新麺 通道(とんどう)」。

190604_05焦がし黒醤油ラーメンをいただいた。

190604_06出張の用務を終えて、今度は都内の某所へ向かう。以前は小田急を使ったので、今度は東急田園都市線を利用するルートにしてみた。まずは長津田駅で乗り換え。

190604_07車両が見慣れないうえに、押上行きと書かれていても、それで合っているのかどうか全く土地勘が無い。

190604_08東急は渋谷駅を経由してそのまま半蔵門線に直通。九段下で東西線に乗り換え。営団、じゃなかった、東京メトロは発車メロディーがないと思っていたのだが、九段下駅では爆風スランプの大きな玉ねぎの下でが流れた。

190604_09東西線は水色のイメージカラーだが、オレンジ色のラインの車両。直通運転している東葉高速鉄道の車両なんだろう。

そして、某駅近くにてこれまた9年ぶりぐらいとなる、小学校同窓生との飲み会。恩師も更に年を重ねられたが、ありがたいことに健在で出席いただけた。卒業以来30数年ぶりに会う同級生もいた。懐かしいことこの上なし。先生は早めに帰られたが、残った有志で夜更けまで。


190605_01翌日は残念なことに丸一日は休めず、午前半休しか取れなかったので、朝の新幹線で職場へ直行。となると、朝8時台の東西線に乗らなければならない。すっかり忘れていたが、この時間帯の東西線は地獄の混雑だった。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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阪急レールウェイフェスティバル2019春

190512_01阪急レールウェイフェスティバルを初めて訪れた。事前に申し込み・抽選当選が必要なので、当日にふらりと寄ることはできない。
阪急正雀駅のすぐ隣にある正雀工場の中に、当選したはがきを見せて入場。まずは阪急電車の顔出し看板で記念撮影。これだけでも行列待ちができている。

190512_02そしてなぜか手回しオルガンの体験コーナー。これは六甲山に阪急資本系列のオルゴール博物館があって、それの宣伝で置かれているらしい。長男坊が喜び勇んでハンドルを回していた。

190512_03次に洗車機の体験コーナーへ。車両の中に乗った状態で洗車機を通るらしい。だいぶ長い行列で待たされたが、1回あたりに乗れる人数はかなり多い。

190512_04乗り込む途中では、P-6と呼ばれる昔の阪急車両の試乗コーナーもあった。こちらは整理券が必要で、既に売り切れていた。


洗車機の中を通る時の動画がこちら


1回通った後、また元の場所に戻るのでもう1回通る。そのときの動画がこちら

190512_05屋内では、Nゲージの展示・運転体験コーナーもあった。これも運転するのは事前の申し込みが必要のようだ。

190512_06大きな車両整備工場の中では、方向幕を使ったビンゴ大会も行われていた。数字と違って、これはちょっと探しにくい。

190512_07整備中の5000系車両。「イベント電車」「予備車」の表示幕が激レア。

190512_08屋外の一角では、子供向けのマナー啓発のためのヒーローショウが行われていた。暑くて日なたではとても見ていられない。

190512_09再び屋内のプラレール体験コーナー。これも整理券が必要で、入手はできたものの、割り当てられた時間が終了間際の最終組14時30分だったので、それまでの間ずっと会場に居ることになったのだ。子供らが持たないかと思ったが、いろいろ回って何とか時間はつぶせた。さすがに次男坊は疲れてこの頃には昼寝モード。

190512_10レイアウトは既に一定のものが完成していた。ただしよく見ると1回出てしまうともう戻って来れない区間があり、私的には美しさに欠けると感じた(どうでもいい話)。長男はせっかくできているレイアウトをいじって不通区間を増やしていた。まあ好きにすればいいさ。
とまあ、ガッツリ丸一日費やして会場を後にした。

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