旅行・地域

たいわん紀行(グルメ編)

20230803_g01台湾家族旅行(冒頭記事はこちら)、グルメ、飲食関係はこの記事にまとめる。一連の記事のラストとなるよう、旅程最終日(8月6日)付けとするが、実際の内容の日付は初日からバラバラである。というかだいぶ日が経って記憶も薄れてきた。

まずは往路のエバー航空で出された機内食。出発前、飛行機が3時間遅れます、なのでお弁当を配ります、というアナウンスが一時はされたのだが、結局1時間遅れ程度で済んだため無事にありつけた。白ごはんの上に、鶏肉やら厚揚げ豆腐やら煮玉子やらが中華風の味付けにされた具材が乗っている。量的にちょっと物足りないかなと思ったが、子供がほぼ手つかずで残した分も回ってきたので、2食分食べたらさすがにお腹いっぱい。

20230803_g02初日の夜、台風接近中で雨風強かったので、ホテル近くにあるテイクアウトの中華料理店で棒餃子や焼きそばなどを購入。

「八方雲集」というチェーン店のようである。日本で言うならばさしづめ餃子の王将といったところか。どんなメニューかは、漢字を見ればだいたいわかるが、台湾語で注文はようやらんので注文用紙に書き込んで提出。それで、肝心の持ち帰った食事を撮り忘れた。

20230804_g03旅程2日目(8月4日)、九份の路地を練り歩く間に昼食として立ち寄った店。

魯肉飯(ルーローハン)という、ご飯の上に煮込んだ豚肉を載せた台湾ではポピュラーな一品と、魚肉の肉団子が入ったスープ。それと青菜か何かの炒め物。いずれもなかなかに美味だった。

20230804_g042日目の夜、遼寧街夜市という夜市に繰り出した。ホテルから歩いていける近場だったのでここにしたのだが、かなりマイナーでマニアック、台湾の夜市としては小規模なところらしい。

小規模とはいえかなりの数の店が並んでいる。ただ、子供らに意向を確認していっても、あの店もイヤ、この店もイヤと言っていっこうに決まらない。その中でようやく大人しそうな露店を見つけ、ここならOKとなったので着席。どうやら賑やか過ぎてうるさいのがアカンかったっぽい。

黄色ベースの看板に大きく「黒白切」と書かれており、当時は何のことかもわからずお店の名前かと思っていたのだが、後で調べたところ、黒白切とは豚モツのスライスのことだそうだ。知らなかったが台湾ではポピュラーな料理らしい。

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このお店では酒はもちろんドリンクも売ってないとのことで、持ち込み可というおおらかさ。コンビニで買ってきた台湾ビールと、汁なし麺や豚モツをいただく。青菜の炒め物もうまかった。

子供らはデザートということでこの店の隣の店で売られているかき氷を買うことに。隣の店でも露天のテーブルがあり現地の中学生か高校生ぐらいの男の子の集団がかき氷を食べていて、それと同じものを注文しようとしたが伝えるのに苦労。すると、その男の子らがそれを察したのか、台湾語で店に伝えてくれた。少しなら日本語がわかっているような感じであった。ここでも、台湾文化の中に少し交じる日本、そして基本的に親日という雰囲気を垣間見た。
20230805_g063日目の朝は、ホテル近くにあった、饅頭などを売る軽食店で朝食。台湾では朝食ですら外食で済ませることも多いそうだが、この店もそうした需要に応えるところのようだ。小籠包や肉まんなどをいただいた。

で、最終日は、帰路のエバー航空での機内食を撮ったつもりだったが、画像が残っていないようだ。記事の日付と中身が全然合っていないが、まあよしとしよう。それで、帰宅してから気付いたことだが、台湾には「味噌汁」がないのだ。台湾料理には、日本食と似ているところ、共通点もあっておいしいのだが、日本人のソウルフード、味噌汁がない。久々に味噌汁を飲んでほっとするのであった。

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たいわん紀行(鉄道編)

20230803_t02台湾家族旅行(冒頭記事はこちら)、鉄道関係はこの記事にまとめる。旅程初日(8月3日)からの話ではあるが、新幹線等メインの話題がある旅程3日目、8月5日付けの記事としておく。

台北の空の玄関口、桃園空港に降り立ったあとは、MRT、あるいはメトロと呼ばれる鉄道(現地の正式名称は「台北捷運」)に乗って台北中心部を目指す。空港駅のホームは地下にあるが、程なくして地上に出てしばらく地上を走る。

20230803_t03実は桃園空港は台北からは結構離れたところにあり、そもそも台北市ではなく北隣の桃園市に位置し、台北市街まではそこそこ時間がかかる。まあ、関空や成田空港も似たようなものか。

それで、肝心の車両や車内の様子を撮りそこねてしまった(言い訳すると、ホームドア完備のため、車両撮影が難しい)ので、Wikipediaの掲載画像でも代わりに見てもらえればと思うが、車両の形態は裾を絞ることが多い日本とは違って、上方部分を欠いた台形に近い断面となっている。また、車内の座席が、クッションも布カバーもない、硬いプラスチック状のベンチとなっている。手すりが車内中央部に立っていて、木の枝のように3本に分かれた形になっているのも特徴的だ。それから、ドアの戸袋が無くて、ドアが開く際は車両の外側をドアがむき出しのままでスライドしていく。ホームドア完備だからこそそれでも特に支障ないのか。

ちなみにMRT車内はもちろんのこと、駅構内も含め飲食厳禁、違反すると高額な罰金がある。一方で車内での携帯電話での通話は特段お咎めなしのようで、所変わればルールも違うものである。あと、MRTは右側通行であった。ちなみに台湾では自動車も右側通行だ。

台北車站という、おそらくは台北中心のターミナル駅で降りて地下鉄に乗り換え。空港駅で乗る際に購入した交通系ICカードが全部共通で使える。ちなみに自動改札のバーの形状が日本とは違って、扇子や孔雀の羽根のように開いたり閉じたりする形。また、日本ではICカードタッチ時に「ピッ」という電子音がするが、台湾ではピアノの「ピーン」という音が鳴る。ICカードの残額が減ってくると同じピアノだが「ピピーン」と2打音になり、さらに残額が少ないと「ピロリロリーン」と非常に細かいピアノ打音が鳴る。合わせて、残額いくらです、と言っていると思われる音声が台湾語で流れているようだが、聞き取れない。

20230804_t04旅程2日目・8月4日。その日の早朝にスマホでネット購入した台湾新幹線の外国人用乗り放題パスを引き取りに台北車站まで出向くが、入手はできたものの、利用可能期間は購入日の翌日からとなるため、この日は新幹線以外の利用で観光をすることになった。

九份を目指すべく乗り込んだのは、通称「台鐵」と呼ばれる、台湾の在来線。日本で言えばJRの在来線に相当。花蓮などの東部方面行き特急列車もホームにいたが、特急は特急料金と座席予約が必要なので見送って、普通列車トコトコと向かうことに。やってきた車両は、普通にしてはなかなかに精悍なデザイン。「區間車」との表示は、日本語で言うところの「普通(各駅停車)」の意味。

車内の銘板を見ると、2023 HYUNDAI Rotemと書かれている。今年出来立て、ヒュンダイ(現代)ロテム社製の新型車両「EMU900」というものらしい。車両番号はED948 2と記されていた。新車ではあるが、座席は相変わらず硬いプラスチックである。

20230804_t05普通列車に揺られること50分ほどで、瑞芳(ルイファン)駅に到着。

駅前にはなぜか日本の香川県・金比羅山の社殿のミニチュアが設置されていて、何でやと思い説明を読むと、ここ新北市瑞芳区と香川県琴平町が友好都市を提携しているそうで、それを記念して置かれたモニュメントらしい。

瑞芳駅からはタクシーで九份へ向かうが、それ以降のお話は既に総括編1の後段で記述済み。帰路もこの瑞芳から台北に向かうが、区間快速が来て速そうだったので乗ったものの、途中駅で終点となり別の列車に乗り換えるべきところ、ホームを変わらないといけないことがわからず乗りそこねてしまい、結局は後に来た全区間各駅に停まる普通列車に乗ることとなった。やはり慣れない土地での鉄道をスマートに乗りこなすのは難しい。

20230805_t06旅程3日目、8月5日。メインイベントとも言える台湾新幹線乗車。外国人旅行者向けの乗り放題パスは入手したが、土日祝は自由席しか乗れないそうだ(この日は土曜日)。そこで、台湾新幹線の北側の始発駅である南港駅まで地下鉄で目指す。

これが正解で、12両編成のうち3両ある自由席にバラバラにはなったが何とか全員座れた。その次の台北駅で多数の乗客が乗り込んできて通路にも立っている乗客が大勢、帰省ラッシュ並の状態となっていた。なお、日本語では「自由席」だが、台湾語での表記は「自由座」と微妙に異なる。

20230805_t07台湾新幹線(地元では「台湾高鐵」)の車両T700系は、日本の新幹線700系をベースとしているので、あらやゆる部分が東海道・山陽新幹線に似ている。前座席背面のテーブルとそこに書かれた何号車ですの案内もそっくりだ。

なお、日本の新幹線のような「のぞみ」「ひかり」といった列車名称は無く、121番列車、といった数字の番号が振られただけの無機質な設定。また、速達タイプと各駅タイプ(時刻表を見る限り3段階ぐらい)に分かれており、今回乗ったのは最速タイプだったので余計に混んでいたのかもしれない。

20230805_t08画像は車内出入口上の案内表示。これも日本の新幹線そっくり。さらには、車内案内のメッセージが、台湾語、英語の順で流れるのだが、英語のメッセージを読み上げる女性の声は日本の東海道・山陽新幹線のそれと一緒だっだ。

次に、車窓を見ると、あれっ、列車が左側通行になってんでねえか。調べたところ、台湾新幹線に関しては、車両は日本、線路や設備・運行システムはイギリスからの導入のため、新幹線は左側通行なのだそうだ。そんなのありか。ちなみに台湾メトロの方はフランスの技術導入のため右側通行なのだとか。わけがわからない。

20230805_t09新幹線走行音に関してもう少し述べる。「板橋」という駅を出たあたりから速達タイプは途中駅をガンガン通過し始めるが、疑似ジョイント音(「疑似」なのは、ロングレール化でレールのつなぎ目は溶接し基本的になくしているのだが、それでも若干の音が出るため)の「カコッ、カコッ」という音が結構鮮明に聞こえてくるのだ。これぞ、昔の東海道新幹線で聞こえていた音だ。

日本ではロングレールの技術が向上してしまったためか、いまでは新幹線はもちろん一部在来線でも聞かれることが少なくなったジョイント音が、ここ台湾では健在だったのだ。在来線の場合はスピードが遅いので「ガタンゴトン」と聞こえるが、新幹線ぐらいにスピードが上がると「カコッカコッ」という感じに聞こえる。これは、幼少期に夏休みの帰省で東海道新幹線に乗った時に聞いていた音と同じ。ただし、当時は時速210kmだったが、台湾新幹線は最高速度300km/hで走るので、その音も当時よりだいぶ早回しで聞こえた。

車内の混雑は台中あたりでだいぶ解消、さすがに立ち席の客はいなくなった。途中で雨が降っていたが、終点の左營に到着。乗り込む際の南港では余裕がなく車両先頭部の撮影ができなかったが、降りてからようやくその時間を得た。まあ、そのフォルムは700系新幹線とそっくりである。

20230805_t10左營からは高雄メトロ(MRT)、現地での正式名「高雄捷運」に乗って移動。路線名の正式な名称はわからなくても、路線シンボルカラーと駅番号で何とか理解できる。赤色がおそらくはメインの路線(例えば大阪なら御堂筋線)というのは世界共通なのだろうか。

駅から鉄道博物館に向かっていると、路面電車を発見。これも同じ高雄メトロが市内を環状に走らせているライトレール(LRT)のようだ。

20230805_t11程なくしてハマセン台湾鉄道館に到着。元倉庫だったような建物だ。

現地台湾では「哈瑪星台灣鐵道館」と表記されており、この「哈瑪星」は、ハマセン、あるいはハマシンと発音するようで、その語源は、日本統治時代の俗称「濱線(はません)」が由来だそうだ。2016年の開業と比較的まだ新しい。

20230805_t12鉄道館の周囲にミニトレインが走れる軌道が敷かれており、入館料とは別に乗車料金を払うと乗車できる。子供らだけ乗せようとしたが、一人は大人の付き添いが必要ということで私が一緒に乗る。

走っていく車両は先程見かけたライトレールのミニチュアであった。経路の引き方が工夫されていて、会場一帯を2周するので結構長いこと乗車できた。

20230805_t13前置きが長くなったが、ようやく館内展示を見学。そもそも、こうした鉄道博物館が台北ではなくなぜ高雄、という話からになるが、台湾での鉄道建設はここ高雄から始まったのだそうだ。高雄に港があり、そこからの物資を運ぶ手段としての鉄道だった。その始まりはこれまた日本の統治時代。台湾の近現代史を紐解くに、日本の介在は避けて通れないマターとなっている。

展示内容は台湾の鉄道の歴史や車両といった様々なテーマがあったが、基本館内撮影禁止ということで画像での記録を残せなかった。代わりに、Wikipediaの台湾鉄道館ページから、ジオラマの画像を拝借。台湾の鉄道を適度デフォルメして、台鐵、高鐵はもちろん、各地の鉄道が走る様子を表現していた。

20230805_t14鉄道館のすぐ近くに、昔は高雄港駅だった駅舎を「舊打狗驛故事館」として博物館的に保存している施設もあったので、そちらも見学。無料。ごく小さい造りになっている。

こちらでもうっかり写真を撮りそこねたので、Wikipedia掲載の画像から拝借。

20230805_t15旧高雄港駅周辺はかつて操車場だったからか、広い範囲が公園となっている。一部分は当時の線路もそのまま残っており、いくつかの車両がそのまま静態保存されている。

その中の一つ、CK58という形式の蒸気機関車が鎮座している。ただし、野天の雨ざらしで放置されているせいか、だいぶ腐食が進んでいた。

20230805_t16この日の帰路、左營からの新幹線(高鐵)自由席(自由座)は、始発ということもあり余裕で座れて家族4人で向かい合わせの座席。子供たちが確かに乗ったことの記録として撮影。

20230803_t01台湾での鉄道編は以上とするが、おまけに日本での鉄道関係も記載。時間は遡って旅程初日の8月3日、関西国際空港までのアプローチには特急はるかを利用。

朝早めの時間帯だったので高槻駅に停車するため、高槻から乗り込む。茨木の先で渡り線で貨物列車側の線路に移ったり、新大阪から先は今年開業したばかりの地下大阪駅を経由して環状線合流など、普段お目にかかれないルート取りを満喫。

ただし、特急と名が付いて特急料金を取る割には、大して早くない。特に阪和線に入ってからは待避線のある駅でもない限り先行の通勤電車を蹴散らせないので、結構トロトロと走る。追加料金は、速いことではなく、乗り換えなしで必ず座れる、ということへの対価と理解するしかない。

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時系列がまたぶっ飛んで、台湾からの帰り、8月6日。関空からの帰路には南海特急ラピートを利用。関空アクセスきっぷを購入して天下茶屋で堺筋線乗り換えからの阪急京都線というルートである。

ラピートに乗りたいと前々から子供らからリクエストされていたので、ようやくそれが果たせた。
20230806_t18ラピートの車内はだいぶガラガラ。ここでも確かに乗りましたよという記録のため子供らを撮影。

それにしても関空は遠い。天下茶屋まではまだいいとして、そこから先、堺筋線で高槻市駅行きに乗り、乗り換えが面倒だからとそのまま乗っていたら時間のかかること。ただし、実は乗り換えないつもりだったが途中で子供がトイレと言い出して淡路駅でトイレ休憩、後続の準急に乗ったら結局当初の高槻市行きに茨木市で追いついた。普通が抜かれすぎるのよね阪急は。

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たいわん紀行(総括編・2)

20230805_01総括編・1からの続き)
台湾家族旅行、旅程としては3日目、8月5日分から。この日から有効となった、外国人観光客向け台湾新幹線フリーパスを使って一路台南方面へ。鉄道編は別項にまとめる予定なので、総括編としてはほとんど話が飛んでしまって、高鐵の南側の終点・左營駅。この日の天気は、台北は曇りで、途中台中あたりで雨が降ったが、台南地方は晴れ模様で暑い。

いったんここで早めの昼ごはんということで、左營駅の駅ビルの中にあるマクドナルドへ。日本のそれとは若干メニューが異なるが大体は同じ。子供らはいつもはチーズバーガーのハッピーセットを注文するのだが、何故かダブルチーズバーガーしか置いてなくてノーマルのハンバーガーでのセットに。

20230805_02左營からは地下鉄に乗って高雄の中心部を経由し、台湾の鉄道博物館である哈瑪星台湾鉄道館へ向かう。これも鉄道関係ということで別項にまとめ、ここでは詳細を省略。同博物館に隣接している、かつて高雄港駅があった広場へ。線路の跡や、昔の機関車、客車がボロボロの状態で留置されている。

風が強いこともあってか、広場で凧揚げをしている人が何人かいた。それもその凧がかなりデカイ。凧の形が蛸になっており、正真正銘のタコ揚げをしている人もいた。

20230805_03台北の泊地に戻って時間帯は夜。

この日の晩ごはんも夜市の屋台でいただいて、最寄り駅近くの公園で子どもらが遊ぶ。昼間は暑くて誰も遊んでないのだが、暗くなって幾分過ごしやすくなると、結構遅めの時間にもかかわらずこうして遊ぶ子どもらの姿が多数。地元の子がほとんどだろう。夜でも明るく照らされていて、築山は人工芝できれいに整備されている。

20230806_01翌8月6日、滞在最終日。朝ごはんは宿で食べるというので買い出しに行く最中に通った市場の様子。

コンビニのパンと屋台のまんじゅうが目的なので、さすがにこれらの市場で何かを買うわけではなく、眺めるだけ。

20230806_02こうして街なかの雰囲気を見るに、日本とは違うのだが、何度か訪れている沖縄の街にはだいぶ近いと感じた。

地理的連続性からすれば当然といえば当然ではあるが、環境や文化はグラデーションで変化していくのだなと実感した。

20230806_03帰りの飛行機までちょっとだけ時間があるので、プチ観光で中正紀念堂を訪問。

中正とは、蔣介石の本名だそうで、国民党指導者、初代台湾総統である同氏を顕彰する施設となっている。

20230806_04最上階には蔣介石の巨大な座像が置かれており、それを警備する衛兵の交代式が一種の名物となっているそうだ。

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その交代式の模様。正確には、この日の最初のオープン時に衛兵が配置されるときのセレモニー。その後毎正時ごとに交代する。ちょっと長いが動画でも記録。

同施設の下のフロアには、博物館的な展示物(常設のものや期間限定の企画展など)や、会議室などがある。結構広い。あまり時間もなくゆっくりとは見られなかったが、蔣介石推しがスゴいということはよくわかった。

ただ、台湾が現在のように真に民主化されたのはごく最近の話で、実際は日本による占領時代から始まり、その後国民党による独裁が長らく続いていた。台湾民主化関係と思われる企画展示もあったが、平和裏に民主化できたのは李登輝総統の手腕によるところが大きいのかなと感じた。

またそれとは別の企画展示では台湾の絵本作家の作品が並んでいたが、その中には台湾近海で遭難した日本の船を助けた話とかもあって、係の方からは日本人に見てもらえてうれしいという話を聞き、さすがは親日の台湾であると実感した。
20230806_06台北からはまだ使える台湾新幹線のパスを利用して桃園駅まで行き、そこからMRTで桃園空港に向かう。結構遠い。空港到着時間がギリギリになってしまったが、セキュリティも出国審査もさほど混んでおらずで助かった。慌ただしくお土産を買って、両替していた台湾ドルは全部使い切る。

行きと違って帰りの航空便は平穏そのもの。機材はB787で最新のものだからか、前席の液晶パネルにあるアプリも若干ハイスペックのようだ。航空機の現在位置を示すアプリも、平板な地図上だけでなく色々な視点を選べる。

20230806_07更にはコックピットビューのような視点もあって、ぱっと見フライトシムかと思うほどのクオリティだった。一応、高度や速度は実際の値を示していたようだが、バンク(機体の傾き)までは反映されておらず。また、地上の風景もある程度の高度まではそれなりに再現されていたが、着陸間際で高度ほぼゼロに近づいても滑走路が大写しにはならず、一定の高さから見下ろすだけの表示だった。

隣に座った次男坊は、同じパネルでもゲームに熱中、入れ込みすぎて画面のタップに力が入って前席の客の迷惑とならないかが心配だった。

ちなみに今回往復で利用した航空会社はエバー航空。台湾を本拠とする会社で、トレードカラーの緑は海運のエバーグリーンに似ているなと思ったら実際に同資本系列らしい。行き帰りとも機内食が出てお酒もいただけてなかなか良かった。

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たいわん紀行(温泉編)

20230804_s1台湾家族旅行(冒頭記事はこちら)、旅程2日目、8月4日の後半戦、温泉の話をこの項に記載。台湾にも温泉があって、特に台北では地下鉄に乗って手軽に行ける温泉があるという。それが北投温泉。

台北中心部から地下鉄で30分ほど、一度乗り換えて一駅だけ単線区間の終着駅・新北投駅で降りると、既に温泉街の入口にかかっている。しばらく歩いていくと、北投温泉博物館なる建物があったので、立ち寄る。無料。建物の画像は自身では撮り損ねたのでWikipediaのページから拝借。どうやら、この建物は、かつての日本統治時代に公衆浴場だった建物を改修し、温泉を含む当時の歴史やら風俗やら何やらを伝えるための博物館となっているようである。建物内の随所に、日本の銭湯(それもだいぶレトロなもの)そのままやん、という往時を再現した展示がなされていた。

しかし、温泉に入れると思っていた子供らにとってはこれが不満だったようで、早く温泉に行こう、つまんないと連発。展示内容自体は興味深くもうちょっと見たかったのにせっつく子供ら、先に温泉に行かないからだとなじりだす相方氏と、険悪な雰囲気になってしまった。ただ、そのわずか先にあった温泉は、清掃時間帯に当たってしまい、しばらく入場できず(直接温泉に向かっていたところで、どのみち入れなかった)。仕方なくちょっと時間をつぶすために、温泉の隣ぐらいにあった北投梅園というところに入る。ここも日本統治時代に建てられた和洋折衷の邸宅が、その後紆余曲折を経てこれまた解体を免れ歴史的建造物として改修されたものらしい。周囲が公園のようになっておりそこのベンチで温泉再開まで待つ。

すると、「日本の方ですか」と日本語で話しかけてくる年配紳士の姿。どうやら、近場をジョギングか散歩をし、その後に温泉に入ろうとして我々と同様に時間待ちの地元の方のようだ。温厚そうだしこちらも時間を持て余していたので、なし崩し的に四方山話を日本語で交わす。聞くところによれば、件の紳士は、戦時中に台湾から日本に労働要員として連れていかれた人達が、その後も日本にとどまった人と台湾に帰った人とで離れ離れになったのをつなぎ止め交流を図ってきた団体の役員をボランティアでされており、よく日本を訪れるのだそうだ。道理で日本語が流暢なわけだ。さすがに年配とはいえ実際に戦時中から存命というわけではなく、その団体活動の継続に戦後世代でも参画されているのだと思われる。台湾の歴史を紐解くと日本による占領は避けて通れない話だが、今でもその影響があちこちに残っているということを実感。それ以外にも、同じ台湾内でも北部の台北と南部の高雄では話し方が若干違って、いわゆる方言のようなものはあるとかいろいろな話を伺った。

20230804_s2そうこうしているうちに温泉の再開時間が到来。「千禧湯」という名前の公衆浴場で、入浴料60台湾ドル(子供は30ドル)、何と交通系ICカードのキャッシュレス決済も利用可能。

銭湯というよりもスパリゾートで、水着着用が必須の混浴である。海外の観光客も多く、非常ににぎわっている。貴重品ロッカーは10ドルで返却されないタイプ。プールのように着替えとシャワーをするブース(男女別)がある。

20230804_s3水着着用とはいえ、さすがに浴場内は撮影禁止なので、画像はまっぷる(昭文社)のページから拝借。

やや斜面になった敷地に、上段からあつ湯、だんだん下がるにつれて何段階かに分かれてぬる湯となる構造。基本的にみな露天となっている。夏の日差しを遮るべく上方にワイヤーを渡してカーテン状に日陰を作るようにはしていた。あと、最上段の最も熱い湯のところだけ屋根が設けられている。

一箇所だけ水風呂となっており、なぜか謎ルールとして水風呂利用の際は水着だけでなく水泳キャップ着用が必要とされている。水着は持ってきていたが水泳帽は持ってなかったなあ、と困っていた矢先、先ほどお風呂前に出会った紳士が、温泉施設の係員に掛け合って水泳キャップを借りてきてくれたのであった。何たる親切、台湾の方々は基本親日的と聞いていたが、実際そうなのだなあと体感した。

泉質の方は、無色透明、味は、塩味がしたような気がしたのだが忘れてしまった。そして硫黄臭。聞くところでは、ラジウム泉の青湯で強酸性とのこと。だから長時間浸かってはいけないし、上がる前はしっかりシャワーで洗い流す必要がある。実は次男坊が背中がかゆいかゆいと言い出して、蕁麻疹に似たような症状が出た。肌が弱い人は要注意かもしれない。ちなみに、44℃ぐらいある一番熱い湯と、水風呂を交互浴すればサウナなしでも文句なく整う整う。

★★★★★ いろいろと制約がうるさいところはあるが、台北来たなら一度は寄るべし。

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たいわん紀行(総括編・1)

20230803_018月初頭、俄かに台湾へ家族旅行へ向かうこととなった。というのも、本来は結婚10周年記念で海外旅行をという構想があったのだが、その当該年の2020年には新型コロナが直撃、旅行どころではない情勢で、これを見越して準備していた私と次男坊のパスポート有効期限が今年中に期限切れという事態となり、行くならいま、どこがいいかは近場で魅力もある台湾へ、となったものである。

関西空港へたどり着いたはよいが、飛行機の出発は遅れることとなった。

20230803_02というのも、出発日8月3日時点で台風6号が沖縄あたりを直撃中で台湾に近づきつつあり、台湾の空港自体はまだ稼働しているものの、台風を回避するためか航空路が混雑しており、当初の案内では3時間遅れとのアナウンス、その後は1時間遅れに変更と、ドタバタの状況であった。

20230803_03ちなみにこちらの進路予想図はもうしばらく後のものだが、驚くべきことに台湾に近づきはしたものの直撃はなく、急に方向転換して台湾からは離れていくことになった。

着陸地点の桃園空港も強風域にはかかったものの、不幸中の幸いで風向きがちょうど滑走路正面だったため、空港の閉鎖はなかった。ただし、着陸間際の揺れは相当なもので、子どもたちも顔面蒼白になりながら何とか耐えていた。

降りてしまえばこっちのもので、空港で現地の台湾ドルに両替、台湾で使えるSIMカードの入手(5日間、データ通信のみなら容量無制限で300ドル(約1500円)とかなり安い)、本当は持参したSIMフリーのモバイルルータで拾うつもりだったがうまく行かなかったので自分のスマホのSIMを差し替えて相方のスマホはテザリングでぶら下がる形とした。

また、台湾の交通系ICカード(現地語では「ヨーヨーカ」、日本語なら「ゆうゆうカード」)も入手の上、MRTで台北中心部へ向かう。それにしても、台風接近ということもあり、空港も駅も人は閑散。ホテルにたどり着いたが、その日は何か観光という余力もなく、ホテル近くの中華料理をテイクアウトして夕食となった。
20230804_01翌日8月4日。記事の日付とはずれるがこのまま記載。台北市内は雨は降っていない。さほど強風でもない。

朝食を入手すべくホテル近くのコンビニに向かうまでの間に通りかかった路地を撮影。結構早くから特に食材関係の店が営業している。

20230804_02この日の早朝にネット通販で台湾新幹線の海外旅行客向け乗り放題パスを購入したのだが、引き換えはできても利用は翌日以降でないと不可ということがわかり、この日は台北から北東方向にやや離れたところにある、有名な観光地「九份」を訪れることにした。夜景が特に美しいと言われているが、混雑もその分激しいとのことなので、あえて平日(この日は金曜日)の日中早めの時間帯で裏をかく作戦。

台北から直行バスもあるようだが、ここはあえて鉄道(在来線。台湾では「台鐵」と言われる。なお、鉄道編は別項にてまとめることとする。)を選択、普通電車に1時間弱ほど揺られて瑞芳(ルイファン)駅へ、そこからタクシーで九份老街へ向かった。クネクネの急な山道を登っていく。下から登っていく方向もあるが、おそらく楽だろうということで高い方から降りていくルートに。

20230804_03そもそも九份というのがどういうところなのかもろくに知らずに訪れたのだが、昔々に金鉱山があってその麓で栄えた町並みが、鉱山閉鎖とともに寂れていたところ、当時のレトロな雰囲気が残ったままということが観光資源として再発見されて一大観光地として脚光を浴びているということだそうだ。

狭い路地の両脇に飲食や土産物を中心とした店が居並ぶ様は、京都の錦小路を彷彿とさせる。ただし、山の斜面に展開しているので階段の箇所も多い。時間帯を工夫したこともあってさほどは混雑していない。こんな狭い道だが荷物輸送のバイクが通り抜けたり、何故か店で犬が飼われていることが多く、そうした犬が人に紛れて闊歩するなど、随分と猥雑な雰囲気。

やや昼ごはんには早かったが子どもらがお腹すいたというので飲食店に入る。魯肉飯や肉団子のスープなどをいただく。しばらくしたら客が増えだして満席に。早めに入っといて正解だった。

20230804_04階段を下っていくと、ルートから脇にそれた一角にカメラを構える観光客が立ち並んでいた。何だろうと寄ってみると、その一角から居並ぶ店を眺めると、よく九份の観光ガイドに出てくる風景ズバリのものが現れた。ああ、あれはここから撮っていたのねえということがよくわかった。思ってたのとはだいぶ違ったが、現物を見られて満足、納得。

夜にでもなればなお一層「千と千尋の神隠し」に出てきそうな雰囲気となるのだろう(ちなみに、ジブリ自体は、ここがモデルではないと表明している)。そういえば土産物屋でもジブリグッズ、とりわけカオナシなどの千と千尋系をよく見かけた。
台北に戻ってこの日の後半戦は北投温泉に向かうが、温泉編もまた別項の記事にまとめた。
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滞在2日目の夜は、天候も落ち着いたこともあり、ホテルから歩いて程なくの所にある夜市に出向いて晩ごはんに。これもグルメ編を別項としてまとめている。
総括編・2に続く)

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祇園祭前祭2023曳き初め

20230712_1この年、2023年の祇園祭は、コロナ禍を経てようやく4年ぶりに、コロナ前同様のフル規格での実施内容に復旧した。

この日はたまたま夏休みを取得したので、四条界隈を訪れて曳き初めの様子を見物した。

20230712_2月鉾では囃子方も乗せての曳き初め。地元の小学生たちが引っ張っていた。

20230712_3これは鶏鉾だったか。

20230712_4懸装品を間近で見る。

20230712_5こちらは菊水鉾。ここでも囃子方の音色を聞くことができた。

20230712_6船鉾はまだ製作中だった。

なお、その後の前祭山鉾巡行も大きな事故なく終わったようで何より。

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かながわいちびりツアー・鉄道編

20230622_t1かながわいちびりツアー、鉄道関係を一記事にまとめようと思ったら前項ロマンスカーミュージアムだけでたっぷりになったので、それ以外を本稿で記載。

まずは関東遠征初日の6月22日、泊地である町田駅でたまたま赤いロマンスカーGSEに出くわしたので何とか撮影に成功。できればこれに乗る機会を窺っていたが今回は叶わず。

20230623_t1これ以降翌日6月23日分。相武台前駅だったか小田急相模原駅だったか、通過するロマンスカーEXE。

20230623_t2こちらは小田急の通勤用車両。あまり詳しくはないが白地(というかステンレスの無地)に水色のラインが基本カラー。

普通電車はなぜか「本厚木」行きが多い。なお、読み方は「もとあつぎ」ではなく「ほんあつぎ」。

20230623_t3ロマンスカーミュージアムの最寄り、海老名駅。

なぜか発車メロディーに「いきものがかり」の「SAKURA」がオルゴールで流れる。後で調べたところ、このあたりの出身なのだそうだ。

20230623_t4帰路に場面は移って、同じ海老名駅ではあるが、こちらは相鉄こと相模鉄道の方。相鉄本線の終端駅であり、ここから横浜駅まで本線が貫いている。

ところがつい最近になって新線が追加され、新横浜を経由して東急にそのまま直通して渋谷方面にも行けるようになった。おかげで乗り換えなしの一直線で新横浜にアプローチできる。

実は、本当は小田急ロマンスカーで小田原まで行って新幹線に乗り換えを目論んでいたのだが、小田原駅での接続が絶望的に悪く、線形的には一旦遠ざかる方向となる新横浜経由の方が圧倒的に早く帰れるというオチであった。

20230623_t5相鉄といえばあまり馴染みは無いものの、ニュース等でチラッと見かけるこの20000系というイケメンの車両(2019年ローレル賞受賞)に乗れるものだと楽しみにしていたら、残念ながら行き先が違うので乗れず。っていうかJRの新宿駅行き、と表示されており、いったいどこをどう通って行くのか訳がわからない。

20230623_t6新横浜まで向かうのはこちらの東急の車両に乗ることに。これも行き先が高島平となっており、都営三田線の路線上の駅だ。全くもってどこをどう通ればそうなるのか訳がわからない。

せっかくの機会だからと先頭車運転台後ろにかぶりついて見たが、運転席後ろに最初から遮光カーテンが引かれており、全然前面展望は見られなかった。

20230623_t7そんなこんなで程なくして新横浜駅に到着。だいぶ手前からずっと地下を走っていた。この駅も地下駅だ。

相鉄の管轄はここまでで、ここから先は東急の管轄となる。相鉄区間は「特急」という種別だったが、東急区間では同じ直行列車なのに「急行」に変わる。これも訳がわからない。

20230623_t8訳がわからないトドメがこの列車行先案内。乗ってきた高島平行きは都営三田線乗入れ。

画像がややピンボケで見にくいが、次の列車は赤羽岩淵行き。これは東京メトロの南北線に乗入れ。その次は池袋行きだが、これはおそらく東急から渋谷経由で東京メトロ副都心線に乗入れ。えええ、でも海老名で見かけたJR新宿行きは埼京線経由だからそれでも池袋まで行けるんとちゃうのか、やっぱりサッパリ訳がわからない。

20230623_t9新横浜からは一路西へ。ここは狙いすましてN700Sの車両が当たるようにEX予約済み。

なお、20年近く親しまれた車内メロディ「Ambitious Japan」も翌月からは別の曲に変わることとなったそうで、今回がその聞き納めとなった。来年、機会があれば「会いに行こう」。

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野天湯元 湯快爽快 ざま

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関東遠征の任務翌日は、一足早く夏季休暇1日分を行使して、かながわいちびりツアーを敢行。前段の予定は何も考えていなかったが、移動見込みの経路上に温泉があるとわかったので、行き当たりばったりで訪問。小田急小田原線の相武台前駅から歩くこと20分弱ほど、野天湯元 湯快爽快 ざまに到着。

平日なので料金は800円だが、精算は退出時にまとめて行うらしい(キャッシュレス可)。下駄箱の鍵と交換でバーコードの記されたリストバンドを渡される。

脱衣場を出て内風呂、カラン等はややくたびれた感はある。ボディーソープ等の備え付けあり。人工の高濃度炭酸泉もあるようだがそれはすっ飛ばして露天エリアの天然温泉浴槽へ。おお、黒い。久しぶりのコーヒーだ。黒褐色でダシのような薄めの塩味、わずかに金気臭、若干のヌルヌル感あり。いかにも温泉らしさを感じさせてくれるいい湯、これぞモール泉だ。
20230623_02後で館内に貼ってあった成分表によれば、ナトリウムー塩化物・炭酸水素塩温泉、低張性・弱アルカリ性・温泉ということのようだ。この露天ゾーンの素晴らしいところは、源泉かけ流しの浴槽とその源泉を加温した浴槽がとなりあっており、加温浴槽で温めてはぬる湯からやや水風呂に近い低温の浴槽に移る交互浴が源泉のみで味わえることだ。もちろんサウナや水風呂も内湯に完備されているが、それに頼らずとも、ホットコーヒーとアイスコーヒーのお代わりで整う、極楽仕様なのだ。

★★★★★ 他にも食事処や休憩スペース等あるようだが、それらをチェックするまでもなく露天風呂の冷熱源泉コンボで文句なしの星5つ。

なお、温泉のすぐ近くにイオンモール座間があり、そこから小田急相模原駅とを結ぶバス(直行便)があるので、極力歩きを少なくしたいならその方がベスト。小田急江ノ島線の南林間駅に向かうバスもあるとのこと。

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JAXA相模原キャンパス

20230622_014年ぶりに、某業務で関東方面に出張の予定が入ったので、その経路上に近いJAXA相模原キャンパスを訪問することにした。

最寄駅のJR横浜線淵野辺駅は、発車時のメロディが標準の「Verde Rayo」ではなく銀河鉄道999(ゴダイゴの方)となっている。駅を降りると、「はやぶさの故郷 さがみはら」の看板がお出迎え。

20230622_02徒歩20分弱程で、JAXA相模原キャンパスに到着。施設入り口の看板には「国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 ISAS/JAXA 宇宙科学研究所」という物々しい名称が掲げられている。

この看板、はやぶさ(初代の方)の映画でも映ってたシーンが確かあったな。

20230622_03守衛所に聞いたら、見学の人は交流棟に行って受付をしてください、とのこと。受付といっても、名前を書いて、相模原市内在住か県外在住かを丸付けして、見学者用のワッペンをもらって服に貼っておいてください、という簡単なもの。コロナ禍の最中は事前予約とか色々制限があったようだが、現在は特に何も制約なくふらっと行って入れる状態。

交流棟の建物内はちょっとした博物館のようになっており、宇宙探査機のレプリカなどが展示されている。現在も任務遂行中のはやぶさ2の実物大模型が目を引く。

20230622_04こちらは水星探査計画「ベピ・コロンボ」において、現時点で水星に向かって飛行中の探査機「みお」のミニチュア模型。2018年に打ち上げられ、欧州の探査機ともニコイチで飛んでおり、水星到着は2025年の予定とのこと。結構かかるねえ。

20230622_05はやぶさ2がドッサリとサンプルリターンを果たした小惑星リュウグウの模型。よくもまあこんなにゴツゴツデコボコの表面に降りられたものだ。

画像ではわかりにくいがタッチダウンした地点などに赤い印が付けられている。

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屋外にも展示物があって、これはM-5ロケットの実物大レプリカ。あまりにもデカすぎて画角に収まりきらない。
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キャンパス内には普通に食堂があって見学者も利用可能。大学の学食や企業の社員食堂のようなイメージだ。だからお値段もごくリーゾナブル。

一番高価だったスペシャルメニューですら700円だった。せっかくの機会なのでそれをいただく。このキャンパスで普段から勤務・研究しているであろうスタッフらの中に紛れて昼ごはん。自分の人生でも、世が世ならこういうところで働くというシナリオがあったかもしれないのになあ、としみじみ思う。
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これまた普通に売店があって、大学生協のそれとほとんど変わりはないのだが、ここならではのお土産もいくつか売られていたので買って帰る。フリーズドライの宇宙食で、たこ焼き、プリン、バニラアイス。いずれも、元の形に戻るわけではないが、スカスカの軽いせんべいのような固形ブロックをかじってしばらくすると、それらを食っている際の口の中の状態と同じになった。ネタとしては面白いが、毎日これではちょっと耐え難い。

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京都競馬場&サントリー京都ビール工場見学2023

20230507_1連休最後のこの日、子供の保育所同窓生つながりのイベントで、当初は天王山ハイキングを予定していたが、あいにくの雨のため、傘番組として京都競馬場ツアーに差替えとなった。

阪急西山天王山駅から直行バスで淀川を渡り、案外時間もかからず到着。この京都競馬場、2020年からしばらく改修工事が行われており、先月2023年4月にグランドオープンしたばかりという状況で、連日満員だったそうだが、この日は雨のためだいぶ閑散。

入場料が必要(子供は無料らしい)で、現金払いだと200円だが、会員登録してキャッシュレス決済だと券売機にも並ばず100円で済むとのことでその場でスマホ手続きを(相方らが)したのだが、UIが分かりにくいのかだいぶ手間取る。

20230507_2実は京都競馬場に来ること自体は初めてではなく、2009年に訪れた記録が残っている。それもレース観戦ではなく、人間自身がコース上(ダート)を走る特別イベントに出場したのであった。というわけで、馬券を買ってレースを見るのはこれが初めてとなる。

初心者向けに無料で馬券の種類や買い方をレクチャーしてくれるコーナーがあったので、そこで説明を聞いてからトライ。マークシート式の購入用紙に、レース番号、馬券の種類、投票する馬の番号をマークして、販売機に投入。子供らもめいめいマーク(※当然ながら未成年者が馬券購入はできないので、子供らは予想・マーク塗りつぶしまでで、購入は大人が行う)。

そしていざ外に出てレース観戦。コースはめちゃめちゃ広くて、ゴール地点からだとスタートの様子は全然見えず、巨大なオーロラビジョンに映し出される映像で見る。いったんスタンド前を通過して、向こう側に回るが、第三コーナのあたりはだいぶ坂になって登っているのがわかる。これが淀の坂といわれるこのコースの特徴らしい。そして再びスタンド前に戻ってきてラスト勝負。閑散気味の観客とはいえそれでも周囲から大きな声援、歓声が沸き起こる。
20230507_3何レースか予想して買って観戦して、を繰り返したが、自分は全然当たらず、ビギナーズラックすら無し。まあ、単勝とか簡単な種類ではなく、いきなり三連複とかの難しめの種類をチャレンジしたのが無謀なわけだが。連れの子供らが買った、じゃなかった、予想した馬が勝ったケースもあったようで、えらく大はしゃぎだった。嗜む分には大いに結構だが、どハマリすることの弊害も職業柄よく知っているため、自分はやや冷めた目で見てしまう。やはり馬券よりも株券・証券を買うほうが性に合っているようだ。

イマイチ没入できない理由にはもう一つ思い当たる節があって、かつて自分がマラソン全盛期で入れ込んでいた頃に看破した、(特にタイムを追求するタイプの)マラソンとは、競馬馬を育成するゲームであり、その際ランナーは、馬主・調教師・騎手・馬自身の一人四役をこなしてレースに臨んでいる、という理論である。馬券を買って観戦するのは、そうした努力を他人(他馬?)が行ったことのレース結果を単に予想して見るだけ、ということになり、若干の物足りなさを感じてしまうのであった。

昼食は競馬場建物内のフードコートで購入したが、牛丼もやや高めの観光地価格、スキー場ほどのボッタクリではないというレベル。これで天気が良ければ、きれいだし広々として緑も多いし、屋台も出ていて賑やか(この日は閑散)なのだろうけれど、もし晴れていたら超満員で子供らを引き連れての場内移動は困難を極めただろうし、そもそも好天ならハイキングに行っているわけだから、ここにはいなかっただろう。

20230507_4さて、競馬場を後にして、この日のメインイベントである、サントリービール京都工場へ向かう。ハイキングも競馬場も実は前座だったのだ。競馬場からの直行バスではなく、京阪淀駅から出ている路線バスに乗ると、ビール工場近くのバス停で降りることができる。

これも雨のためか、自分らの予約した時間帯での見学者は少なめで、我々保育所同窓生チームの他に一組のグループ程度であった。
20230507_5ビール工場見学自体は、生涯成績でいえばもうとうに2桁に達しているが、コロナ禍以降の訪問はおそらくこれが初めて。

製造工程の基本は変わらないのだが、展示内容や演出の方法などちょっと以前と変わったなというところがいくつかあった。見せ方も徐々に進化しているということだろう。
20230507_6一通り見学を終えたあとはお楽しみの試飲タイム。これも前と違うなと思ったのは、最初の1杯目はスタンダードのプレモルを受け取って、その次はテイスティング用の小さなグラスが3つセットになった状態で、スタンダード、香るエール、マスターズドリームの3種類を飲み比べた上で、最後に3つの中から一番気に入ったものを1杯リクエスト、という形になっていた。

自分はマスターズドリームを選択。感覚としては、一番最初に香るエール、中盤はスタンダード、終盤にマスターズドリームで締めたいという気がする。ところが、飲み比べ用のシート解説を見ると、アルコール度数がそれぞれ香るエール6.0%、スタンダード5.5%、マスターズドリーム5.0%と、意外にも一番濃くて重いと感じるマスターズドリームが一番度数は少ないのだった。

試飲時間は20分間しかなく、結構ペースを上げないと時間切れとなる。現に同行者でラストの1杯を頼めないまま終わった人がいた。
20230507_7今回の見学で感心したことの一つが、配られる冊子の中に、お酒は適量に控えましょうと呼びかけるものが入っていたこと。以前から私もことあるごとに述べている、アルコール処理能力は遺伝で決まっているのだから飲めない人に飲ませたらアカンということも解説されていた。また、飲める体質だとしても程々の適量に抑えましょうと推奨していた。

お酒を売って儲ける企業でありながら、飲め飲めとけしかけるのではなく、適正量を勧めるという姿勢は好感が持てた。というか、その昔試飲タイムで上限規制が無かった頃、ラン仲間で見学に押しかけて、試飲時は何杯お代わりができたかの数を誇っていたという行為は、今にして思えば恥ずべき蛮行だった。酒量を競い、度数の高さを自慢するのは今や野蛮人である。安酒を浴びるように飲むのではなく、いいお酒を少しずつ嗜むというのが大人というものだ。
20230507_8さて、試飲時の僅かな時間では話足りないということで、河岸を変え、JR山崎駅前のカフェにて二次会に突入。チキン南蛮が評判だそうだが、ここはあえてスタンダード鶏唐揚に角ハイボール。ちょい飲みセットとして加えられた惣菜の一品がまた美味。こうして充実した連休最終日を終えたのであった。

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