旅行・地域

みゃーく紀行(グルメ編)

170223_g1宮古島ツアーのグルメ編をこの項にまとめる。ずいぶん掲載が遅くなってしまった。

まずは2月23日に昼食で訪れたタコ料理の店「すむばり」のメニューから。これはすむばりそば。沖縄そばの中にスライスしたタコの唐揚げがどっさり。

170223_g2これはすみ汁の定食だったか。すみ汁というのはイカ墨で黒くなっただし汁の中にそばとタコが入っているもの。

170223_g3これはタコ丼。タコの唐揚げとキャベツなどの野菜が卵とじ炒めされた具材が丼に乗る。

170224_g2続いて日が変わって、2月24日の昼食。「丸吉食堂」という店がガイドにあったので寄ってみたら、14時前近くと時間が遅かったので「本日終了」の看板が。仕方ないので他を探すかと店の駐車場で調べていると、店の人がやってきて「入っていいですよ」と。いやあ、ありがたや。

170224_g3ソーキそばとてびちそばを注文。いずれも巨大な豚肉の塊が乗っかっていて食べごたえがあった。また、食後におまけで手作りの黒糖アイスキャンディーをいただいた。

170224_g4同24日、宮古島中心部をちまちまと見て回る際についでに立ち寄った、「モンテドール」という店。宮古島のバナナケーキというのも有名だそうで、それの本店がここ。いろいろ試食させてもらって、お土産に購入。簡易包装のバナナケーキは500円とお買い得。それは自宅用にした。

170225_g1さらに日が変わって2月25日、伊良部島の中心部にある天ぷらの店「なかゆくい商店」。すべて天ぷら1つ60円と驚異的なプライス。紅芋ぱんぴん、鶏肉、さかな、やさいをそれぞれ2個ずつ買って昼食代わりとした。

170225_g2こちらがその天ぷらたち。見えにくいが奥の方に紅芋ぱんぴんもある。

170225_g3伊良部島の漁港を通った際に、直売店があるので寄ってみた。ここでマグロの刺身をいただく。壁面に「パヤオ直送」と書いてあったので海外の地名かと思ったが、どうも違うらしい。

170225_g4これは宮古島ドン・キホーテ内の「マンゴーシックス」にて。メニュー名はもう忘れたが、ワッフルが何段にも積み重ねられ、バナナや生クリームなどが挟み込まれているケーキ。栗カボチャのアイスクリームとチョコケーキも周囲に置かれている。

170225_g52月25日、宮古島最後の晩餐となった店は、この日の日中に訪れたマルキヨ味噌で紹介してもらった、「満や」という居酒屋。マルキヨ味噌をふんだんに使ったメニューがあるそうだ。さらに、大将は以前宮古島から大阪に働きに出て、その後島に戻ってきてこの店を開いたのだとか。従って、メニューには串カツも入っている。さらに、大将の奥さんは大阪出身で、大将についていく形で宮古島に移り住むことになったそうだ。人生いろいろだね。

170225_g6いただいた品々の一部がこちら。ナーベラの味噌炒めや味噌和えのほか、魚のマース煮もうまかった。マース煮にするには新鮮な魚でないとだめだそうで、いつも出せるとは限らないそうだ。最初はオリオンビールで、次いで泡盛の水割りでいただく。相方は申し訳ないがハンドルキーパー。

170224_g1ホテルの朝食もよかったので書き留めておく。今回宿泊したのが「ホテルライジングサン宮古島」。比較的最近できたホテルのようで、内装などもきれい。朝食はいわゆるビュッフェ形式だが、特に和食コーナー側に置かれたメニューが、豆腐チャンプルーやグルクン唐揚げなど、沖縄料理のバラエティーに富んでいて毎朝楽しみでテンションが上がった。

また、ホテルの真向かいにイオンモールがあり、夕食から帰りがけに寄って買い込んで部屋で酒盛りするのにもうってつけだった。ただし、位置的に市街中心部からはやや離れたバイパス沿いに建てられたようで、夕食をどこかに食べにいくにはちょっと不便な点はデメリットだろう。

一方で、パックツアーの中身に夕食3回分も含まれており、指定された店に行ってクーポン券を渡す形でそこの料理を出してもらうのだが、残念ながらちょっとガッカリな内容だった。まあこういうところでコストダウンを図っているのであろう。

最後に、宮古島地方の方言で、宮古島のことを「みゃーくじま」、宮古島地方の方言自体を「みゃーくふつ」というのだそうだ。従って今回の紀行文では「みやこ」に相当する「みゃーく」をタイトルに使わせてもらった次第。ちなみに、関西人にとっては、「みやこじま」というと、大阪市都島区を思い浮かべるので、「沖縄の宮古島」といわないといけない、ということを旅行から帰ってきて認識したのであった。

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みゃーく紀行(総括編・3)

170225_01宮古島ツアー実質3日目(2月25日)と、ほとんど帰るだけの最終日(2月26日)のレポート。

まずは宮古島の北西あたりに位置する「マルキヨ味噌」を訪れた。ネットの情報を頼りに行ったら、とんでもない住宅街の中に迷い込んでしまった。やはり公式以外だとあてにならないこともあるので要注意だ。電話で場所を聞いてようやく到着。

ここでは、昔ながらの製法を受け継ぐ「宮古みそ」を製造しているとのこと。製造工程なども見学できるはずだったのだが、あいにくその前日にTVか何かの取材があって、それに合わせて作業日をずらしてしまい、この日は見られなくなってしまった。残念。前日にはお笑い芸人兼作家のピース又吉が来ていたそうだ。

170225_02製造の様子を見る代わりに、いろいろな味噌を試食させてもらった。豚肉を脂を混ぜ込んだ「あぶらみそ」はこれ一つで炒め物などの調味料になるそうだ。これと宮古みそをお土産に買った。

ちなみにここのご主人はマラソンも走られるようで、数々の完走メダルが飾られていた。当然にして宮古島ウルトラマラソンも走っているそうだ。

170225_03次は、伊良部大橋を渡って伊良部島へ向かう。ここは渡口の浜、という海岸だったと思うが、この日も相変わらず悪天候。

170225_04特にこれという目的地を定めていなかったので、適当に車を走らせる。ガイドブックに「帯岩」というスポットがあるそうなので寄ってみた。海岸近くに巨大な岩が鎮座しており、手前には鳥居。何でも、江戸時代の1771年に起きた八重山地震の津波(明和の大津波)で打ち上げられた岩なんだとか。津波の威力を思い知らされる。史跡に指定されているそうだ。

170225_06続いて「通り池」というスポットに寄ってみる。子供が2人とも寝入ってしまったので、駐車場に停めた車に寝かせたまま、親2人だけで見に行く。駐車場からはちょっと歩かねばならなかったので、急ぎ足。海岸近くに丸くて深い池が2つ並んでおり、底の方ではつながっているのだとのこと。ダイビングスポットとしても有名だそうだ。

170225_07下地島空港の端、ほんとに海岸きわきわの道を通って、佐和田の浜と魚垣を見渡せる場所に一時停車。ゴロゴロと<転がっている岩は、前述の八重山地震津波で運ばれてきたものだそうだ。そして、海の中に石垣のように積み上げているのは人工物の魚垣。潮の干満を利用して、干潮時には垣に取り残された魚を捕るのだそうだ。


佐和田の浜と下地島空港をぐるっと望む。

なお、下地島空港は、かつては航空会社のパイロット養成専用の空港であり、宮古島空港よりも長くて立派な滑走路を備えて、バンバンと離発着訓練を繰り返していたそうだが、今ではJAL・ANAとも離発着訓練からは撤退してしまい、うら寂しい限りの宝の持ち腐れに変質している。沖縄は基地問題で揺れており、ここを軍用に転換したらどうかと思いつきそうなものだが、当初この空港を作るのにあたっての地元民への約束が「絶対軍用にはしない」ということだったそうなので、それも難しい。

170225_08お昼ごはんの時間になったが、これという店も見つからなかったので、伊良部島の中心部にある天ぷらの店「なかゆくい商店」で買って食べることにした。これも詳しくは別項にて。

170225_09伊良部島の一番北寄りにある岬、白鳥崎に立ち寄る。ここでさっき買った天ぷらを食べる。一帯をぐるっと周るような遊歩道があったが、風が強くて小雨交じり、寒くてすぐに撤退となった。

170225_10さらに海岸沿いに車を進めると、「サバウツガー」という史跡があるようなので立ち寄った。平易に言えば「サバ沖井戸」という名称。かつて水道ができる前は、崖下にある階段を下りて行って井戸から水を汲んでいたそうだ。上からは急な階段のみ見えて、井戸そのものは見えない。子供を連れて急な階段を行くのはとても無理と判断して、入り口のみで撤退。

170225_11島の小高い丘の上にある牧山展望台までやってきた。駐車場からはちょっと歩かなければならない。2015年に開通したばかりの伊良部大橋を望むことができる。それにしても天気が悪いのが残念。

170225_12伊良部島を後にして、宮古島中心部に戻る。宮古島のドン・キホーテ内にある「マンゴーシックス」というマンゴーをふんだんに使うことが売りのカフェに寄った。これも詳しくは別項グルメ編にて。店内に流れているビデオが全部ハングルというあたりが、韓国系資本であることを表している。

170226_01飛んで翌日最終日(2月26日)。この日はもう朝から帰るだけなので、観光ネタはないのだが、最後に「宮古島まもるくん」を紹介しておく。宮古島島内のところどころに、白塗りの顔の警察官の人形が立っていて、交通安全を啓発している。どうやらまもるくんはその第一号で、他にもたくさん兄弟がいる、という設定だそうで、この時撮った彼はそのいずれかになるのだろうが、さすがに名前まではわからなかった。

お土産のクッキーにもなっていたので購入したが、外箱は面白いものの、個別のクッキーには人形の姿や交通安全標語がプリントされているだけで、これが宮古島のものである、ということが全然わからないのでご注意願いたい。

170226_02帰りの飛行機は宮古→那覇がJTAのB-737、那覇→伊丹がJALのB-777だった。

170226_03JALの機内でも、ANA同様wifiサービスを展開しており、JALでは期間限定でインターネット接続も無料だった。専用のアプリを入れなくても動画が見られるなど、本件サービスの出来具合はJALに軍配か。


そして大阪・伊丹空港へ舞い降りる(着陸時の動画…子供の泣き声が入っているが、これはうちの子ではない)。めっちゃ天気よくて悔しい。これは、もう一度(今度は晴れた時の)宮古島へ行くべしという神の思し召しだろうか。

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みゃーく紀行(温泉編)

170223_s1宮古島ツアーで訪れた温泉をこの項でまとめることとする。まずは2月23日に訪れた「宮古島温泉」から。

宮古島のほぼ真ん中あたりに位置する。駐車場は広く余裕で停められた。子連れゆえ、一般の風呂ではなく家族風呂を利用した。料金は大人2人分(900円×2)と別に部屋代で1000円を払う。子供はいずれも3歳以下だったため無料。フロント前の券売機の1000円札入れがなかなか受け付けずイライラした。

家族風呂は20分ほど待ってと言われ、しばらくロビーで待つ。すると、地元の利用客と思われるおばあさんが話しかけてきた。年頃は自分の親と近いぐらいかと思ったが、話を聞いていると、なんとひ孫が7人もいるのだとか。さすが出生率国内第一位の沖縄である。

170223_s2さて、準備ができたということで2階にある部屋を案内された。家族風呂用には幾つか部屋があるようで、今回は檜風呂のタイプを選択。脱衣場、浴室の広さは旅館の内風呂よりは若干広めといったところ。カラン・シャワーは1つだけ。シャンプー、ボディーソープも備え付けあり。

浴槽横には2つバルブがあって、熱い湯が出るものと水で埋める用になっている。掛け流しにはしないでとの注意書きがあった。さて肝心の温泉の泉質は、茶色く濁りがあって強い塩味にかすかなミネラル味、ほとんど無臭ながらごくわずかな金属臭、ヌルヌル感はほとんどなしだった。いわゆる化石海水であろう。塩の湯だけに、上がってからもしばらくは体がポカポカのまま汗が止まらない。

★★★★★ 太古の海の恵みにたっぷり浸かって大満足。

170224_s1次に、翌日2月24日に訪れた「シギラ黄金温泉」。島の南の底辺真ん中あたりの海沿いにある。かつて西表島に温泉があったときはそうではなかったのだが、そこが廃業となったため、現時点では、この温泉が日本の最南端・最西端の温泉だそうだ。

シギラリゾートいうグループが一帯を開発しているようで、いかにも南国島国リゾートという雰囲気の周囲の中にある。割引になるwebクーポン券があったが、印刷しないとダメとなっていたのを忘れていたものの、ダメ元でスマホ画面を提示したら、大人1200円を1000円におまけしてもらえた。子供は3歳以下なので無料。

170224_s2まずは水着着用・男女共用のプールゾーンへ。広大な露天温泉プールが広がっている。若干肌寒い天候だったが、浸かっていれば大丈夫。洞窟や滝などの作り込みもあった。なお手前は水深65cm程と浅いが、奥の方は水深100cmと深くなっている。看板でその旨も注意喚起していたが、最初そのことに気づかず、長男と一緒に歩いて奥まで行ったら、急に頭までお湯の中に潜っていってちょっと焦った。浮き輪などのフロート系遊具が無料で借りられるので、今度はそれに乗せて奥の方まで探検した。

次いで、男湯・女湯に分かれた温泉ゾーンへ。内湯の湯船はそのまま露天部分につながっている。お湯はうっすらと茶色、味は塩味、かすかにヌルヌル感がある。浴槽はこれ一つだけのようだ。他にサウナがあったが、子連れゆえ入らず。カラン・シャワーはきちんと整備されており、シャンプー、ボディソープも備え付けあり。

2月という時期的にはオフシーズンでもあり、しかも平日だったので利用客はまばら。プールゾーンに至ってはうちの家族とほかにカップルが1組のみという状況だった。プールゾーンには併設されているカフェがあり、水着のままでも利用できるがとてもそんなことができるような気候ではなかった。やはり基本夏であることを前提に作られたリゾートなのであろう。値下げしてでも客に来てもらおうということなのだなと理解した。まあ、この値段であれば、十分お得感はある。

★★★★★ 無料だった子供の分のタオルも貸してくれた心配りにも免じて、星5つ。

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みゃーく紀行(総括編・2)

170224_01宮古島ツアー実質2日目(2月24日)分のレポート。この日も残念ながら小雨が降ったりやんだりのいまいちな天気。まずは来間島に向かった。島にある長間浜という海岸だったか。白い砂浜と、悪天候ながらもかろうじてエメラルドグリーンだとわかる海が広がっている。平日ということもあり、人は閑散としていた。

170224_02来間島の竜宮展望台に上がって、遠景を望む。宮古島と来間島を結ぶ来間大橋が見える。

その後、宮古島に戻って宮古島熱帯果樹園「まいぱり」を訪れるが、たまたま写真を撮ってなかったので画像はなし。園内観光は結構お値段高めだったので回らず、後日宮古島の野菜や果物を届けてくれるサービス(2500円)を注文。

170224_03その次に立ち寄ったのは「仲里熱帯果樹園」だったと思うのだが、後からネットで調べても、観光サイトの口コミはいくつかあれど、当該施設の公式ホームページが見当たらない。この手の観光施設でHPがないというのは致命的だと思うのだが…。ここも先ほどの果樹園と似たような施設だが、園内見学が大人280円とリーゾナブルだったので中も見て回った。南国の果実や花が温室の中にたくさん並んでいる。喫茶スペースもあり、マンゴーソフトクリームなどをいただいたはずだが、その写真は撮っていなかったようで手元にはない。

その後、シギラ黄金温泉で温泉プールに浸かり、丸吉食堂で昼食を摂るが、温泉編・グルメ編はまた別項で。

170224_04次に寄ったのは、泡盛「琉球王朝」で知られる多良川の本社。その本社近くに、泡盛を長期間熟成させるための秘密の洞窟があり、無料で見学させてくれるそうなので見せていただくことにした。「ういぴゃーうぷうす蔵」という、まるで意味のわからない名前の洞窟、普段は入り口が施錠されているが、会社の案内の人に開けてもらって、潜入。

潜入の際の映像はこちら

170224_05階段を下りると、洞窟の壁面に所狭しと並べられた泡盛の甕に瓶。それぞれの甕や瓶に、預けた人が書いたメッセージの木札がかけられており、有名人のものもいくつかあった。基本は5年間預かりなのだが、延長する人が多く、どんどんスペースがなくなっているそうだ。また、天井にぶら下がっているランプにホコリが積もっているように見えたが、これはホコリではなく、コウジカビが降り積もったものだとのこと。

そして我が家も一升瓶を預けることとなったのはいうまでもない。一升瓶だと、5年間貯蔵で10300円(税込み、保管満期後の送料も込み)。ちなみに、泡盛には賞味期限のようなものはなく、普通に買った泡盛でも、長く置けば置くほど熟成して古酒になるそうだ。うちにも結構前に買った泡盛が5、6年以上そのまま置いてあるので、これも大事にしておこう。

170224_06夕食の場所と時間はツアーで決められており、それまでの間、中途半端に時間が余ったので、島内中心部近くにある観光スポットを駆け足で回る。これは、人頭税石という史跡。その昔、住民の背の高さがこの石の高さまで達したら人頭税が課されたというものだそうだ。詳しい解説は適当に検索していただくということで割愛。

170224_07そのすぐ近くにある、島の昔の偉い人のお墓。仲宗根豊見親だったと思うが、他の人のも並んでいたので画像があっているかは不明。ちなみに、ここは巨大な墓だが、普通の人のお墓も、本土とは違って、これのミニチュア版のように要塞みたいな構えをしているのが印象的だった。

170224_08これもその近くにあった、漲水御嶽(はりみずうたけ)と石垣。宮古島の古代の歴史にかかわる史跡だそうだ。これも詳しい解説は他所にお任せ。

ようやく2日目のレポート終了。このペースで書いていたら終わりそうにない。

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みゃーく紀行(総括編・1)

170222_01育児休業期間中のどさくさに紛れて、家族旅行することとなった。親子まとめて休みをとれる時期なんて、子供が小学校入る前、かつこの育休中ぐらいしかチャンスがない。ということで行先は南の島、旅行会社のパッケージツアーで沖縄・宮古島を選んだ。

直通便もあるようだが、ツアーでは伊丹→那覇→宮古と乗り継ぎあり。那覇までの機材はANAのB-787だったが、液晶ブラインドのボタンが擦り切れ始めるなど、早くもくたびれかけている。

170222_02機内の話をもう一つ。最近の流行なのか、機内でもwifiを提供し、有料ではあるがインターネット接続も可能だそうだので、試してみた。専用アプリを入れれば、映像サービスとかは無料。ちょっと前までは座席の前に液晶パネルが設置されていて、そこで映像など見られるのが最新のサービスという感じだったものだが、もはや飛行機の備品としては不要で、客がスマホやタブレットを持っているからそこで見てもらえればいいじゃん、という発想にシフトしたのだろう。時代の移り変わりは速いものだ。

170223_01さて、移動初日は午後からの飛行機で、宮古島着いたら晩御飯食べて寝るだけ、だったので、実質の観光は翌日(2月23日)からとなった。まずは宮古島海中公園を目指す。それにしても天気が悪い。

170223_02ここは、海の中に観察室を作って、水族館で見るような感覚で実際の海の中を眺めることができるようになった施設だ。窓が上になるほど手前に迫るよう少し斜めになっており、細長い縦長で並んでいるので、宇宙戦艦ヤマトの第一艦橋を連想してしまったのは私だけだろうか。

海が荒れていることもあり、魚の姿は若干少なめだそうだ。干潮に近い時間帯だったので、波にもまれやすく、窓から見える魚もぐわんぐわんと左右に流されていた。動画でも記録。

170223_03続いて立ち寄ったのは、雪塩ミュージアム。沖縄土産でも定番の雪塩は、ここ宮古島の海水を用いて作られており、その製造過程を見学できるのだが、残念ながらこの時は作業していなかった。入り口にある大きな雪だるまは、製品に出せなかった雪塩を固めて作られた、文字通り「雪塩だるま」である。

170223_04昼食は「すむばり」というタコ料理がイチオシの店でいただいた。詳細はグルメ編としてまた別項でまとめることとしたい。

170223_05次いで池間島を訪れる。宮古島とは橋でつながっている、2.8平方kmほどの小さな島。観光スポットがよくわからず、とりあえずレンタカーで島を一周していると、「ハート岩」という岩があるそうなので寄ってみた。岩のところに穴が開いており、それがハートの形に見えるんだとか。ところで、このスポットにはカフェらしきものがかつてはあったようなのだが、今はつぶれて土台だけになっていた。

170223_06さらに「池間湿原」という案内看板を見つけたので進んでみた。とんでもない狭い土道に入り込んで、これ大丈夫だろうかと心配になった先にちょっとだけ駐車スペースがあった。展望台が建てられており上がってみる。池間島の真ん中に広がる湿原で、人が入り込まないので野鳥の楽園だそうだ。ただしこの日は鳥の姿が少ない、と展望台に先に一人で来ていたおじさんが教えてくれた。

170223_07さらに車を走らせると、「池間遠見番所」というスポットがナビにあったので近づいてみた。

170223_08石の階段を少し上がると、見晴らしのいいところに出た。宮古島と池間島をつなぐ池間大橋も見渡せる。解説によると、昔々に、近くを通る船を見張り、近辺の島々と狼煙とかたいまつとかで連絡を取るための見張り台だったそうだ。文化財となっている。

この後宮古島温泉でお風呂につかるが、温泉編も別項にまとめることとする。23日の観光はこれでほぼ終了。続編書くのもまた時間かかりそう。

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渡し舟マラニック(後編)

170211_11前編からの続き。大阪市内とは思えないさびれた無人駅が現れた。南海電車汐見橋線の木津川駅だ。

170211_1230分に1本しかない南海電車が走ってきた。一応電化・複線である。ごくわずかだが乗客も乗っている。

170211_13終点の南海汐見橋駅。

170211_14
汐見橋駅の料金表。これを見ると汐見橋線は盲腸線のようだが、実はもともと南海高野線はここが起点で、南海本線と岸里玉出でクロスしていたのだ。地図を見ると一目瞭然。

170211_15大阪ドーム近く、千日前通りが木津川を渡る大正橋のたもとに、津波被害の慰霊碑があった。後で調べると大地震両川口津浪記石碑という文化財にもなっている史跡のようだ。この石碑のほかに、江戸時代にあった津波被害を記した案内板が掲げられているが、書き起こすのも大変なので、これについて詳しく案内しているブログ記事があったので、そちらへリンクさせていただくこととする。

(十三のいま昔を歩こう:「大阪にも大津波・安政大津波(浪)碑」へトラックバック)

170211_16アーチ形の水門が現れた。一般的な水門では、巨大なかまぼこ板をギロチンのように落として閉める形状になっているが、この水門では開いた状態はアーチ形の板が上に凸になっており、それを横倒しにすることで閉まるようになっている。さあ、果たして南海トラフ巨大地震の後にこいつらは無事動いてくれるのか。

他にも、今回のマラニックではいくつもの防潮堤を横目にしてきたが、それらも地震の後は建てつけがズレて閉められなくなるものが続出するんだろうなあと懸念される。また、海抜0mはおろかマイナス2mほどの一帯もあり、地震の後はとりあえず高いビルに逃げるしかないのだろう。

170211_17この日2回目の渡し舟。甚兵衛渡船場。距離も短くすぐ向こうに対岸が見えている。自転車で利用する地元民多し。


170211_18かつて大阪環状線方面から大阪港各工場へ向けて引かれていた貨物線の廃線跡があった。まだ線路が残っている。線路脇は家庭菜園になっていた。

170211_19さらに先の方まで来ると、線路も残っていないが、「無線切替」という看板が残っている。ずっと前方には大阪環状線の高架も見えてきた。

170211_20かつてガード下だった部分の、ガードがなくなって、両端のコンクリート壁だけが痕跡となっている。

170211_21廃線跡が環状線の線路に合流するところ。駅でいうと西九条付近。外回り線だけが高架となっており、そこをくぐって外回り線と内回り線の真ん中に入り込むようになっていたのだ。今見ればこの箇所が高架になっている意味が不明だが、かつては意味があったわけだ。

170211_22なぜかC57が展示されている会社があった。一般開放はしていないので、外のガラス窓からのぞき込むだけ。

170211_23安治川トンネル入り口。エレベーターで地下道に降りる。ここは以前にも通ったことがある。あとはゴールのT氏宅までひた走って今回のマラニックはほぼ終了。

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渡し舟マラニック(前編)

170211_01建国記念の日の休日、T氏主宰の渡し舟マラニックに参加した。すごく寒くなる、各地で大雪警戒との気象情報もあったが、大阪市ベイエリアは晴れ。防寒もしっかりしていれば走る分には支障ない。

170211_02まずは天保山に到着。レゴブロックのキリンがお出迎え。

170211_03あまりにデカいので分かりにくいが、近づいて見ると確かにレゴブロックでできている。

170211_04岸壁になぜか人魚がいる。コペンハーゲンと姉妹都市だから云々という説明書きがあった。

170211_05
かつてレンガ倉庫だったところを改装して、クラシックカーの展示販売をしている。

170211_06
港大橋を望む。この橋は歩行者は渡れない。

170211_07
千歳渡船場という渡し舟もあるのだが、走った方が早いので橋を渡ることに。橋に上がる途中から千歳橋を臨む。

この後、ミスドの飲茶で昼ごはん。

170211_08千島公園の中に体操の具志堅幸司選手をたたえる碑文があった。

170211_09千島公園にある昭和山という山。かつて地下鉄工事をした際に掘った土を積み上げて作られた人工の山だそうだ。

170211_10ようやく本日最初の渡し舟、落合上渡船場に到着。
長くなってきたので続きは後編で。

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東京日帰りツアー

161229_01年末休みに入ったばかりのこの日、以前の東京での職場にいた頃からほぼ10年ということで当時所属していたメンバー有志が同窓会を開くことになっていた。そこで私も参加することとした。ただ、子守りを放っておくのも忍びないので、長男を連れて行って新幹線など色々見せてやるという大義名分を作り出し、父子2人同行の日帰りツアーを敢行した。

新幹線の指定席予約は取れたのだが、残念ながら車両は700系だった。名古屋までは空いていたが、名古屋から先は満席。3歳の子供は無料だが膝の上に乗せざるを得ない。その状態で2人して駅弁を食する。新富士付近で富士山も見えたのだが、反対側のA席だったのでうまく写真に収めること叶わず。

161229_02昼過ぎに東京駅に到着。まずは、関西に居ると直接お目にかかることのできない、東北・上越・秋田新幹線をウォッチ。E6系こまちだけなら長男も2年前の秋田旅行時に現物を見ているが、はやぶさ・こまちの連結状態はこれが初めてだ。息子もテンション上がりまくり。

161229_03さらにホームを移動して北陸新幹線のE7系をウォッチ。

161229_04ひとしきり新幹線を眺めた後は、在来線ホームをいくつか見て回る。中央線ホームに来たが、タイミングがいまいちで特急はおらず。

161229_05その後もツアーは続く。父ちゃんもまだ見たことのない、東京スカイツリーを訪れた。東京駅からは総武線快速で錦糸町へ、そこからは地下鉄でもよかったのだが、若干時間が余り気味だったのであえて都バスに乗った。おお、運賃先払い。でも既に交通系ICカードが全国共通になっているので、ICOCA1枚あれば何ら不便はない。

スカイツリータウンに着くと、相当に見上げないと全貌が入らない東京スカイツリーが迫ってくる。

東京スカイツリーの展望台に登るには、数日前までに日時指定で予約しておくか、当日券だと整理券をまず入手してから改めて入場券を買う、ということが必要になる。当日券は、予約状況によっては発行されないこともあるようなので、今回は事前に予約券を入手しておいた。おかげで入場は極めてスムーズだった。当日券も発行されていたようだが、今から1時間後に入れるという整理券を配っているような状況なので、相当に待たされることになる。もっとも、待っている間に、併設の商業施設などで時間をつぶしてください、となっていて、まあうまいこと考えられているものだ。

161229_06さて、入場すると、今度は展望台に上がるエレベーター待ちの行列に並ぶ。天井が紫色の文様になっているのが印象的だ。エレベーターは大型のものが4基でフル稼働。乗るフロアと降りるフロアを別にしているらしく、乗り込むときは庫内が常に空っぽになっている。帰りの客と動線が交錯しないよう、よく考えられている。

4基のエレベーターにはそれぞれ春夏秋冬のイメージが割り振られているそうで、自分の乗ったエレベーターは「夏」のイメージ。隅田川花火大会をモチーフにした壁飾りがキラキラと輝き、上方の液晶パネルにもCGが投影される。動画で記録しておいた。

161229_07フロア350の展望台(「天望デッキ」というらしい)に到着。高い。高すぎて、かえって恐怖は感じない。大阪空港に着陸するときの窓の風景の方がよっぽど怖い。高さ350mなのですでに東京タワーのてっぺんよりも高いところにいることになる。

この日は晴れていたのだが、惜しいことに遠方が霞んでいて、富士山などは見えなかった。360度見て回ると、太陽が射してくる方向はとてもまぶしい。

161229_08陽が射すということは、当然影ができるわけで、スカイツリーの影ができる方向を見やると、その巨大さが改めて実感できる。

さらにもう一つ上にある展望台を目指して、次のエレベーターに乗る。最初のよりはやや小さくなる。こちらのエレベーターは扉と天井が一部ガラス張りで、外が見えるようになっている。こちらも動画で記録。

161229_09フロア450に到着。「天望回廊」というらしい。高さは450m。さっきよりもさぞや展望が広がるかと思いきや、思ったほどは見た目は変わらなかった。ここはフロア全体が斜めのスロープで徐々に登っていくように作られている。

161229_10十分見たので、エレベーターでまず一旦はフロア345まで降りる。ここには、足元がガラス張りになっている部分があるということで、そこを通る客で若干渋滞気味。ただ、さっきも述べた通り、あまりにも高いのでかえって怖いとは思わない。

次いで地上階に戻るエレベータに乗り換えて下界へ降りる。今度は「春」のエレベータだったようだが、あまり印象には残らず。

161229_11ツアーはまだ続く。スカイツリーを建てた東武鉄道に敬意を表して、東京スカイツリー駅から浅草駅までたった一駅だが乗車。東武浅草駅のえらく急なカーブ、電車とホームの間に誰でも落ちそうなぐらいに隙間が空くのを目撃するのは、ひょっとして小学校6年生の時の林間学校で日光へ行ったとき以来かもしれない。

161229_12浅草駅から、仲見世通りを通って浅草寺へ。浅草観光の、というより、東京、いや、日本に観光に来た際の超ベタなルートをあえて体験。外国人客が非常に多い。

161229_13浅草寺の門と東京スカイツリーの共演。それにしても自撮り棒&スマホで撮影する観光客の多さよ。

とまあ、盛りだくさんのツアーを終えて、父ちゃんにとっては本来の目的であった同窓会会場のある銀座へ向かったが、このあと父子を悲劇が襲う。会場の居酒屋で宴会開始という段になって、突如長男が嘔吐。とても宴会どころではなくなったので、中座して帰ることにした。フラフラになった長男を励ましつつ、新幹線の予約も、時間繰り上げたら普通車指定席はどれも満席だったので、やむなくグリーン車を選択。それも、横に寝かすことが難しいので、11号車にある多目的室を借りて、京都まで長男を寝かせるという、ハチャメチャな終幕劇だった。盛りだくさん過ぎて疲れたのかもしれない。息子よ、申し訳なかった。

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和歌山出張

161213_1この日は和歌山まで出張となった。新大阪から特急くろしお号に乗車。web会員のチケットレス特急券だと和歌山まで720円と、結構お得である。

大阪駅を経由せずに環状線につながる連絡線を通るのは滅多にない経験。この連絡線もあと少しで地下化される予定だ。

161213_2短い旅路ではあるがせっかくなので駅弁で昼ごはん。

161213_3車内を見ていると、津波避難用の道具が置かれているようなのでチェック。避難用はしごと懐中電灯があった。さすがは南海トラフ巨大地震の津波被害想定域をもろに走るくろしおならではの備え。

161213_4和歌山駅からさらに紀勢線で一駅進むので普通電車に乗り換え。意外と言っては失礼だが新品の225系と思われる電車が待ち受けていた。ただ、ドアは半自動設定で、ボタンを押して開閉する。

161213_5車内の行き先表示ディスプレイなどは見慣れた配置なのだが、示される路線図には全く土地勘なし。

161213_6宮前駅で下車。無人だ。

161213_7無人駅だがICOCAが使える。つい最近整備されたようだ。

161213_8目的地の和歌山ビッグ愛というビルまでたどり着く。すると、ここにも「津波避難ビル」との掲示が。この付近、海抜たったの1.6mしかないのね。そりゃ確かに危ない。

161213_9帰りは特急ではなく紀州路快速を利用したが、その車両にも津波避難用のはしごと懐中電灯が備えられていた。というわけでやたら津波が気になった旅路であった。

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えっちゅう紀行(グルメ編)

161029_g1富山の旅路・グルメ編をこの項でまとめた。まずは富山マラソンの前日の晩御飯で立ち寄ったのは、駅前ラーメンひげ・桜町店。富山のラーメンといえば富山ブラックが有名ではあるが、あえてここはブラックではないところを行ってみた。地元の屋台が発祥で、結構歴史は長いそうだ。

161029_g2中華そば、ぎょうざに白えびの素揚げ、そして生ビールを注文。ラーメンは、昔ながらのザ・中華そばであり、最近のいろいろ複雑な味を絡めている進化系ラーメンに比べると、むしろすがすがしくシンプルにうまい。鶏ガラ醤油スープの味に、中太の少し縮れた麺。トッピングはチャーシューにメンマと刻みネギとこちらもシンプル。

ぎょうざと白えびでビールが進む。それから、この記事を書く段になって調べてみて気づいたのだが、卓上にあった揚げ玉をラーメンに入れるのが富山流だったとは知らなかった。入れずに食べきってしまった。

161029_g3ビールがなくなったのでお代わりしようとして、生にしようか、瓶ビールにしようか、迷った結果、瓶の一番搾りを注文。すると出てきたのは「富山づくり」ではないか。ここで生中お代わりや、スーパードライ、サッポロを選んでいたらこの出会いはなかったであろう。このささやかな僥倖で富山の夜は暮れるのであった。

161030_g1時間は飛んで富山マラソン終了後。帰りがけの富山駅の土産物店の一郭に、立ち飲みスポットがあるのでちょっと一杯ひっかける。ビールはもちろん富山づくり。アテにはほたるいかの素干し。

161030_g2富山から北陸新幹線つるぎで金沢まで向かう車中にいただいたのが、テイクアウトで購入した白えびの天丼。ここでも富山づくりがお供する。

161031富山から帰った翌日の晩御飯に、お土産で買ったますのすしが登場。ますのすしにはいろいろなメーカーがあるそうで、メーカーによって味などに特徴があるそうだ。これは、「なかの屋」。甘味・うま味が強めだった。

161101さらに翌々日、2個買っていたますのすしの残る一つが晩御飯。こちらは「味の笹義」だが、開けてびっくりしたのが、表にすし飯が現れたこと。ますの方は底側に張り付いているのだ。製造ミスかと思ったら、そうではなく、この向きに作るのがこのメーカーのこだわりであり特徴なんだとか。味は酸味が強い系列。

とまあ好き勝手食わせてもらったが、今回はきときとのお寿司を食べる機会がないままだった。それは今度のお楽しみということにしておこう。

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