旅行・地域

カネマスの七輪焼き

20231201_1この日を含む2日間、宮津でのお仕事のため泊りがけで滞在。宿は例によって富田屋だが、既に2010年2012年の2回も利用しているので省略。

ここではお昼ご飯に立ち寄った「カネマスの七輪焼き」を紹介したい。宮津駅からやや天橋立方面に向かった国道沿いにある店。以前から存在は知っていたがなかなか入る機会がなく今回初訪問。魚を焼いている大きな看板はあるが店名のそれは小さめなのでうっかりすると見落とす。

20231201_2店内では兄ちゃんが一人で切り盛りしていて、火起こしした七輪を準備していく。客は、メニューに示された魚やイカなどの中から好きなのを選んで焼いてもらう、というスタイル。値段はネタや大きさによってまちまちだが、700円から1000円超ぐらい。

焼く魚介は干物ではなく「一刻干し」と称している。一夜干しの間違いではない。要は一晩とまではいかない程度の短時間だけ干したもので、ほとんど生なのだが、生よりも若干熟成された感じになっている。画像は同行者が注文して先に焼き始めたイカ。

28231201_3自分が注文したのは鰆。画像内で一番デカい魚である。また別の同行者は太刀魚を焼いてもらっている。先に焼き始めたイカは、店の兄ちゃんがハサミで一口サイズに切り刻んでいる。

昼間であればご飯セットも合わせて注文でき、ご飯と味噌汁も付いてくる。ただ、若干気になったのは兄ちゃんの段取りがイマイチで、ご飯と味噌汁が出てくるのにだいぶ時間がかかったこと。また、店内はさほど広くはないものの、先行の一組数名と我々4人の2組しかおらずまだ座れる席もあったのに、あとから来た別の客を満席だとして断ってたこと。もっと効率よく回せばより多くの客を受けられるのにもったいない感じがした。

それよりも何よりも強く思ったことは、ここは昼間ではなく夜来て酒とともにいただくべきである、ということ。魚はめちゃくちゃ美味いので、ご飯だけではもったいない。

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亀岡キャンプ

20230923_01まだ9月の記事も書ききれていないので駆け足で記録。最近のこの時期は舞洲のグランピングに行っていたが、コロナも収まったせいか値段がだいぶ上がったので、別のキャンプにしようということで急遽手配されたのが、京都・亀岡市にある七谷川野外活動センター

亀岡市の郊外にある半官半民のキャンプ場のようで、直前でも空きがあり滑り込み。テント泊のスペースもあるが今回利用したのはツリーハウス。キノコのような形をした簡易ロッジで、下からトラップドアのように押し上げて入るのが秘密基地感満載である。なお、ツリーハウスに装備されていた火災報知器が電池切れか何かで、夜中も一定時間ごとに警告メッセージが流れるのが煩わしくてろくに眠れなかったことを付記しておく。

20230923_02その名のとおり七谷川が敷地内を流れており子供らで川遊び。

食事は持ち込んだ食料でBBQ。今回は二家族合同での利用で、キャンプ慣れしたファミリーにおんぶに抱っこで美味い肉などにありつく。

20230923_03敷地内にはアスレチックゾーンもあって、宿泊者は無料で利用できる。

20230924_01翌日。亀岡市内をぶらり観光。まずは並河駅すぐ近くにある並河鉄道歴史公園。0系新幹線の先頭部分(カットされており1両丸ごとではない)やDD51ディーゼル機関車が静態保存されていた。

かつては北陸新幹線の口丹波ルート(敦賀から先、小浜、場合によっては舞鶴を経由して、亀岡を通って新大阪に至るルート)も候補に上がっていたそうだが、今や誰にも顧みられることはなくなった。

20230924_02続いて立ち寄ったのが亀岡運動公園。広大な敷地で駐車場も周囲に複数ある。

子供らは園内にある噴水で水遊びを始めて、結局ずぶ濡れに。ここまでの着替えは想定しておらず、昨日来ていたものを再登板させる事態に。

20230924_03最後に立ち寄ったのは大石酒造。見学もできるようになっている。

20230924_04酒造りの機材などを展示している部屋に一人場違いなマネキンが。これはだいぶ以前の某探偵ナイトスクープで採り上げられた、一目惚れされたマネキン(後に「フォーマル・ハウト」氏と名付けられる)だそうである。

お土産ここの酒造の地酒を購入して、本件イベントは終了。

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丹後ウルトラ応援ツアー

20230917_01この夏はイベント目白押しで記事掲載が遅れに遅れている。故にダイジェスト版であっさり目の記録に留める。

相方氏が、レースの予定を入れないと走らないから、と、以前無謀にもフルを飛び越し初ウルトラとなる丹後ウルトラマラソンの60kmの部にエントリーしており、この日まで地道に練習を重ね本番の日を迎える。単独で車運転して日帰りではさすがに辛かろうということで、義母も含めた家族総出で応援ツアーとして同行した。日曜日の早朝に出発して、久美浜のスタート地点へ。まだ朝なのにすでに暑い。相方氏を含む60kmの部参加ランナーのスタートをお見送り。

20230917_02釣り道具も持参しており、応援がてら釣りもしようと車を走らせるが、なかなかいい場所が見つからない。画像の箇所では結局何もせず。ただ、いい天気で久美浜湾の風景は美しい。

その後、別の場所で1回だけ釣りを試みたが、何も釣れず。

20230917_03釣り場探しにかまけすぎたのと、コースを勘違いして100kmの部参加者しか通らないところまで行ってしまうなどのミスもあり、まともに応援できたのはレースも後半の道の駅てんきてんき丹後付近のみ。

その後、日も沈んでトワイライトタイムとなった頃に、ゴール直前で再び応援成功、要するに相方氏は何と完走。この日は異様に暑く、完走率もだいぶ低かったようなので、その中で走りきったのは見事。

20230917_04レース後は、その日の泊地、京丹後市網野町の夕日ヶ浦木津温泉街にある民宿へ移動。

民宿のすぐ隣が居酒屋だったのでそこで完走祝い。料理も酒もとても良かった。酒処 たどり月というお店だった。

20230918_01翌朝。宿の温泉で朝風呂。泊まったのは「岬別館 岩城」という民宿。今回は素泊まりでの利用だったがもちろん食事付きのプランもある。

それで肝心の泉質の方はだいぶ時間が過ぎてからの記事執筆で忘れてしまったが、成分表示を撮った画像記録によれば、低張性弱アルカリ性高温泉、無色透明無味微硫化水素臭、ph8.47。

20230918_02次男坊は前日のボウズが不満だったらしく、朝早くからリベンジの釣りで義母らとともに出掛けたが、それには付き合わず戻ってきてからの観光でスタート。

まず立ち寄ったのは丹後ジャージー牧場・ミルク工房そら。ジャージー牛が飼われており、ジャージー牛乳のアイスクリームをいただく。

20230918_03次に立ち寄ったのは丹後王国「食のみやこ」。ここは確か以前は「丹後あじわいの郷」という施設だったはずだが、いろいろ訳あって現在はこのような形になっているようだ。

昼食はこの園内にある卵かけご飯食べ放題の店「KUIYA918」でいただく。卵かけご飯だけにしてはかなり強気の価格設定。店先で延々と流れ続ける卵かけご飯の歌にすっかり毒されてしまった。

20230918_04園内にはほかにゴーカートなどのアトラクションもあり、利用の都度料金を払うというスタイル。若干遊園地的な要素もある感じ。画像の方は斜面でそり滑りをするアトラクション。

この後雷雨に見舞われるが、かろうじて車に乗り込むのに間に合う。そして帰路に就いた。他にもちょこちょこ細かい話があったかもしれないが、割愛。

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東海道・北陸大回りツアー(2)

20230914_01前編から続く)
上野に泊まって翌朝の上野駅。乗車予定の列車まではまだ若干時間があるので、構内を見て回る。

常磐線のホームに止まっていた特急車両は、ひたち・ときわで運用されるE657系のようだ。ずいぶんと吊り目の見慣れないやつである。

20230914_02通勤電車のホームは二段重ねになっており、二階部分の床が線路で切れているので、それをいっぺんに眺めることができる。

上野東京ラインが通っているので直通しているものだと思ったが、上野でこの行き止まりホームを発着する列車もあるのね。

20230914_03新幹線ホームに移動。新幹線の上野駅ホームは地下にある。ずいぶん昔はここが始発駅だったこともあり、確か高校の修学旅行で東北方面に向かった際にここを利用したはずである。

今は東京駅が始発なので、ぶっちゃけ人も少なく寂れている。上野通過の列車もあるぐらいだ。

20230914_04そしてやってきた北陸新幹線かがやき・E7系車両に乗り込む。

20230914_05北陸新幹線は以前に金沢富山間で利用したことがあるので初めてではないが、東京方面はこれが初か。いや、以前長野新幹線と呼ばれていた頃に長野までは乗ったことがあるはずなので、初めて通る線路は、長野から富山まで、ということになろうか。

画像は長野県内、千曲川沿いを走っていたときの車窓風景だと思う。

20230914_06そして終点の金沢に到着。駅名看板のデザインが見慣れたJR西日本仕様に変わっている。

なお、「終点」と呼ばれるのも残りわずかで、来春2024年春には、北陸新幹線は敦賀まで延伸となる。今は空欄のこの看板の右下には、次の駅「こまつ(小松)」が書き足される。

20230914_07超ベタではありますが、金沢駅前の鼓門。

てっきり、北陸新幹線が金沢まで開通した2015年に合わせて作ったものだと思いこんでいたが、鼓門自体は2005年から存在してるらしい。

20230914_08駅から歩いて、これまた超ベタですが近江町市場へ。平日でもそこそこの人出がある。

20230914_09昼食をいただくべく「じもの亭」というお店に入る。平日12時前にもかかわらず既に満席、先客待ちとなっていた。

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ネットで事前リサーチしていた、こに店の数量限定激レアメニュー「本まぐろ中落ち定食」(税込1500円)に幸運にもありつけた。いやあ、超巨大なマグロの骨部分が皿からはみ出している。

スプーンで自ら中落ち部分をすくって食べる。手が脂で汚れるので、ポリエチレンの手袋も支給される。ご飯は普通の白米と酢飯を選べるが、ここは酢飯だろう。だいぶ長時間格闘して無事完食。
20230914_11続いて訪れたのは金沢城公園。金沢城そのものは現存しておらず、城跡であるが、いくつかの門や櫓などは復元したものが建っており、比較的新しくてきれいである。無料で中を見学できるものもあった。

20230914_12公園から敷地が続いている兼六園にも足を伸ばす。言わずとしれた日本三大名園の一つ、よく中継で見かけるのと同じような感じで風景を切り取ってみた。ベタベタのベタであるが、おそらく人生で初訪問なので見ないわけにはいかないだろう。

それで、訪れてみて意外だったのは、兼六園は平地にあるものとばかり思っていたら、周囲の土地より一段高い丘のような地形に位置しているのだった。だがそれだと池の水はいったいどこから調達しているのだろう。

20230914_13駅からはだんだん遠ざかる方向へ歩いて行って、さすがにこの暑い中同じ距離を歩いて戻るのは厳しいので、バスに乗って金沢駅まで戻る。

お土産を買い込んだら、特急サンダーバードで出発。金沢始発で走るのも残り少なくなってきた。金沢発で乗るのはおそらくこれが乗り納め。北陸新幹線が延伸したら、敦賀ー大阪間だけで走るのだろうか。それじゃあサンダーバードというよりも短(タン)ダーバードやな。更には交直両用も要らんがな。いろいろと将来が気がかり。

20230914_14車窓からは、付かず離れずで並行して走る開業前の北陸新幹線の高架が見えた。この風景も間もなく見納め。

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東海道・北陸大回りツアー(1)

20230913_019月某日、東京方面に出張の用事が入った。この機会をとらまえて、以前から一度はやってみたいと思っていた鉄道いちびりツアーを敢行することとした。

端的にいえば画像のきっぷ。京都市内から京都市内となっている。肝心なのは経由の記載。東海・東京・新幹線・金沢・北陸・湖西と記されている。これは、大回りきっぷといって、一筆書きで一度通ったところを再び通らないルートであれば、1枚のきっぷで全区間を通して利用できるという若干マニアックな技である。

ここで重要なのはその運賃。乗車券の運賃は、基本的には距離が長ければ値段が高くなるのは当たり前だが、長距離になるほど、距離の伸び率程には運賃が上がりにくくなるという性質を持っている。具体的には、京都市内から東京都区内までの片道運賃は8360円だが、今回のこの大回りきっぷは、東京から北陸新幹線、北陸本線を経由しておりその総距離は明らかに倍以上になっているにもかかわらず、8360円の倍である16720円よりも安い14080円で済んでいるのである。

ちなみに、JRの場合片道の営業キロが601キロを超えると、往復で切符を買えば1割引となるが、京都ー東京間は600キロに届かないので往復割引の適用はない。

20230913_02前置きが長くなったが旅程初日。京都から東海道新幹線で東京へ向かう。車内メロディは「会いに行こう」に変わっていた。

途中で富士山の姿も拝むことができた。

20230913_03もう一つ果たすべきミッションがこれ。車内販売のワゴンでアイスクリームを買うこと。時代の流れもあり、今年10月いっぱいで東海道新幹線での車内ワゴン販売は終了するのだそうだ。そして新幹線名物とされるこれは「シンカンセンスゴイカタイアイス」(正確には半角カタカナ表記)と呼ばれ、スプーンも折れるほどの硬さが特徴なのだ。

だから購入してすぐに食べてはだめで、しばらく置いてとけて柔らかくなってから食するのが作法らしい。購入するのはこれが最初で最後となってしまった。よく考えれば、車内販売を利用すること自体めったになかったので、終了してしまうとしても仕方がないことなのかも知れない。

20230913_04東京駅に到着。すぐに駅からは出ずに在来線のホームに移る。東海道線の特急サフィール踊り子が止まっていたので御尊顔を拝する。

関西で暮らしているとなかなかお目にかかれない。増してや乗ることは更に難しい。これの先代車両のスーパビュー踊り子も結局一度も乗ることなく引退してしまった。

20230913_05さてその日の仕事を終えて、上野に移動。本当は東京駅近くで泊まりたかったが、どこも高くてやむなく上野のカプセルホテルとしたのである。

先述の大回りきっぷは、東京で一旦途中下車、そして再び東京から再入場して上野東京ラインで上野途中下車。自動改札機を通すのはドキドキだが、切符は回収されず、途中下車と赤字の印字が付け加えられて出てくる。

そしていったん宿に荷物を置いて、トワイライトタイムのジョギング。不忍池あたりをぐるぐる回る。ちなみにこの池、1つではなく3つぐらいに割れているので、トラックみたいな単一の周回路というのがなかった。それで道を間違えたかな、というときに池のほとりで見つけたのがこの石碑。日本の駅伝発祥の地であることを示している。スタート地点が京都・鴨川の三条大橋付近にあるのは何度も見たことがあるが、ゴール地点の不忍池にあるのを見たのはこれが初めてだったのでちょっと感動。

20230913_06今回上野の泊地としたのが、サウナ&カプセル北欧。自分は温泉好きだがサウナーというわけではないので知らなかったが、ここは「サ道」というマンガ・ドラマの舞台となった場所で、いわばサウナーの"聖地"といった存在なのだそうだ。現にそのドラマのポスターが貼られていた。

「トゴールの湯」という準天然温泉(「準」ってなんやねん)の露天風呂も擁しているが、これは天然温泉ではない。温泉評価では星2つ(★★☆☆☆)だな。

聖地と言われるだけあってサウナが2部屋あり、特に広めのサウナが超アツい。にもかかわらず、手練れのサウナーと思われる利用客が、セルフロウリュウで追い打ちをかける。しばらく頑張ったが、耐えきれず脱出。

20230913_07そして聞くところによればこの北欧ではカレーライスをいただくのがお約束らしいので、食堂でいただく。結構並んで待たされることもあるそうだが、このときはちょっと待つだけで済んだ。

おそらく人生二度目のカプセル泊だが、案の定ろくに寝られず。後編へ続く。

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おくひだ・あずみのツアー(グルメ編)

20230812_g1おくひだ・あずみのツアー(総括編はこちら)、グルメ編もようやく遅れに遅れてこの項にまとめて記載。記事の日付は便宜上旅程3日目としているが、中身の時系列とは一致していない。

まずは旅程初日のお昼ごはん。高山市内の国道158号線沿いにある「じねんのむら 茶々」飛騨高山店を訪れる。合掌造りの民家をわざわざ移築してきて食堂や土産物店としている。

20230812_g2ここの売りは自然薯のとろろということで、とろろご飯に刺身とそばの定食をいただく。写真を撮ったときはそばの器を子供の方に回していたので真ん中辺りに隙間ができている。ご飯はお代わり自由。

12時よりやや早めに入店したので難なく席に着けたが、出る頃には待ち行列がだいぶできていた。

20230812_g3続いて初日の夕食。お風呂に入ったひがくの湯に併設されている「登山者食堂」で飛騨牛ホルモン定食をいただく。かなりのボリューム。

ビールもいただきたいところだが、宿までも車で移動があるのでガマン。

20230813_g12日目、乗鞍BASEを訪れている際に昼食も同施設内にある「カフェシヨン」でいただく。チーズ焼きカレーを注文。

20230814_g1最終日3日目、帰路途上の高山市内で立ち寄ったドライブイン「惣市」に高山ラーメンの試食コーナーがあるのでいただく。スープはあっさり醤油系。

ラーメンそのものを提供する食堂もあるのだが、だいぶ早い時間なのでまだ開いていなかった。この日の昼食は高速道路のSAで摂った。

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おくひだ・あずみのツアー(温泉編)

20230812_s1おくひだ・あずみのツアー(総括編はこちら)、温泉関係をこの項にまとめるが、だいぶ時間が経って記憶も薄れてしまったので、概要の記録のみという感じ。

旅程初日の川遊び場所と同じところにあった「新穂高の湯」。文字通りのオープンエアー露天風呂、混浴風呂で、周囲に囲いも何もなく、川遊びしていて、岩を登ってここはなんだと思ったら温泉やんけ、という状態だった。

ちゃんとお風呂に入るスタイルで全裸の利用客と、川遊びの水着のまま浸かる者が混在する、何とも異様な光景だった。泉質は、もう忘れかけだが、無色透明無味無臭だったような気がする。

20230812_s2川遊びのあとに立ち寄った「ひがくの湯」。基本的に内湯はなく洗い場のみで、浴槽はすべて露天風呂、それも男湯ではさらにもう一段先にも露天の浴槽があるが、素っ裸にサンダルのみで移動というかなり癖強めの温泉。

泉質は忘れかけだが無色透明無味硫黄臭だったと思う。源泉温度がかなり高いので熱めの湯はガッツリ熱い、玄人好みのいい湯だった。子連れでなければもっとゆっくり堪能したかったところ。

20230813_s1旅程二日目、長野県側の乗鞍高原「湯けむり館」に立ち寄り。

比較的きれいな施設だったが、利用客数の割には洗い場も浴槽もやや手狭に感じる。サウナも水風呂も無かった。内湯と露天風呂の浴槽があり、泉質は乳白色に濁った硫黄臭、だったと思う。

夕食もここの食堂でいただいたが、特筆するところは無い感じ。

20230813_s2番外編。今回のツアーで利用した泊地のロッジは私有の別荘的な建物で、シャワー程度しかなかった。そこを、すぐ近くの「ペンション山の湯」さんにある外湯の露天風呂をお借りすることができた。

20230813_s3数人入れば一杯になってしまうようなごくこじんまりした露天風呂で、本当に浸かるだけの外湯だが、岩が設えられて一面森が見渡せる開放的な景観。

お湯もひたすら源泉かけ流しの贅沢な設定。泉質は無色透明無味硫黄臭、だったかと。早朝早起きして誰もいない時間帯に独り占め。これは優雅なひとときであった。

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おくひだ・あずみのツアー(総括編)

20230812_018月のお盆期間は飛騨・安曇野方面への家族旅行。その前の週の台湾旅行と立て続けになってしまったが、もともとこちらの方の計画が先にあって、後から急遽海外旅行を入れたので仕方ない。それと、後でブログ記事を書くのが延び延びになってしまい記憶も薄れてしまった。

早朝に大阪を出発して高速道路で名神、東海北陸道と乗り継いでまず訪れたのは白川郷。有名な合掌造り、訪れるのは初めて。写真などで見たイメージからもっと高い建物を想像していたのだが、案外それほどでもなかった。以前に京都・美山のかやぶきの里は訪れており、それとほぼ一緒なのだなと理解。いずれも、発展に取り残されてタイムカプセル状態となったことが、一周回って観光資源になった事例。

20230812_02次いで立ち寄ったのは、高山市内で超人気の「トランブルー」というパン屋。パンを買うためだけで随分と長いこと行列待ちになった。ここで買い込んだパンは翌日の朝食用となる。

20230812_03その次は川遊び。後で調べたところ鎌田川という川が流れているところで、何と川のすぐ横には「新穂高の湯」という温泉が湧いており、混浴露天風呂となっている。

地元の摂津峡に比べるとめちゃめちゃ水が澄んでおり、冷たい。体が冷えたら、先述の温泉から川にお湯が流れ込むところで暖を取ることができる。

20230812_04夕食の前にひと風呂浴びに「ひがくの湯」へ。併設の食堂でご飯。温泉編グルメ編は、掲載がだいぶ後になってしまったが別稿でまとめた。

同施設内になぜか鉄道ジオラマが置かれており、Nゲージ車両も有料で走らせることができる。

20230813_01奥飛騨にあるロッジに寝袋で泊まって、旅程2日目。安房峠を越えて信州安曇野へ移動、「乗鞍BASE(いがやレクレーションランド)」というレクレーション施設を訪問。

キャンプ場やアドベンチャーパークなどがある施設。

20230813_02
この日も好天で、乗鞍岳などを望むことができた。

20230813_03一行の一部メンバーはアドベンチャーパークのZIPラインに挑戦。ZIPラインとは、高い木々の間などを渡してあるワイヤーに、滑車状の器具を取り付けてぶら下がり、命綱替わりとして、あるいは箇所によっては空中をロープウェイのようにわたっていくアドベンチャー。

次男はまだ体が小さく無理だったが、長男の方は果敢に挑戦、かなりの高所だったが案外臆せずズンズンと進んでいった。

20230813_04ワイヤー一本にすべてを委ねて空中滑走。

20230813_05次男坊も含むメンバーでマレットゴルフにも興じた。打数はとんでもない数に積みあがったが、ごくたまにパーやバーディーも出せた。

なお最終ホールで痛恨のロストボール。

20230814_01いろいろすっ飛ばして旅程3日目最終日。台風が接近しているのが気がかりだったので、当初予定を繰り上げて朝からすぐ帰宅する行程とした。

途中、高山市内の「惣市」というドライブインに寄って、高山ラーメンの試食やお土産購入など。高地にいる間は全然意識しなかったのだが、高度が下がるにつれて猛暑の現実へと引き戻された。

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たいわん紀行(グルメ編)

20230803_g01台湾家族旅行(冒頭記事はこちら)、グルメ、飲食関係はこの記事にまとめる。一連の記事のラストとなるよう、旅程最終日(8月6日)付けとするが、実際の内容の日付は初日からバラバラである。というかだいぶ日が経って記憶も薄れてきた。

まずは往路のエバー航空で出された機内食。出発前、飛行機が3時間遅れます、なのでお弁当を配ります、というアナウンスが一時はされたのだが、結局1時間遅れ程度で済んだため無事にありつけた。白ごはんの上に、鶏肉やら厚揚げ豆腐やら煮玉子やらが中華風の味付けにされた具材が乗っている。量的にちょっと物足りないかなと思ったが、子供がほぼ手つかずで残した分も回ってきたので、2食分食べたらさすがにお腹いっぱい。

20230803_g02初日の夜、台風接近中で雨風強かったので、ホテル近くにあるテイクアウトの中華料理店で棒餃子や焼きそばなどを購入。

「八方雲集」というチェーン店のようである。日本で言うならばさしづめ餃子の王将といったところか。どんなメニューかは、漢字を見ればだいたいわかるが、台湾語で注文はようやらんので注文用紙に書き込んで提出。それで、肝心の持ち帰った食事を撮り忘れた。

20230804_g03旅程2日目(8月4日)、九份の路地を練り歩く間に昼食として立ち寄った店。

魯肉飯(ルーローハン)という、ご飯の上に煮込んだ豚肉を載せた台湾ではポピュラーな一品と、魚肉の肉団子が入ったスープ。それと青菜か何かの炒め物。いずれもなかなかに美味だった。

20230804_g042日目の夜、遼寧街夜市という夜市に繰り出した。ホテルから歩いていける近場だったのでここにしたのだが、かなりマイナーでマニアック、台湾の夜市としては小規模なところらしい。

小規模とはいえかなりの数の店が並んでいる。ただ、子供らに意向を確認していっても、あの店もイヤ、この店もイヤと言っていっこうに決まらない。その中でようやく大人しそうな露店を見つけ、ここならOKとなったので着席。どうやら賑やか過ぎてうるさいのがアカンかったっぽい。

黄色ベースの看板に大きく「黒白切」と書かれており、当時は何のことかもわからずお店の名前かと思っていたのだが、後で調べたところ、黒白切とは豚モツのスライスのことだそうだ。知らなかったが台湾ではポピュラーな料理らしい。

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このお店では酒はもちろんドリンクも売ってないとのことで、持ち込み可というおおらかさ。コンビニで買ってきた台湾ビールと、汁なし麺や豚モツをいただく。青菜の炒め物もうまかった。

子供らはデザートということでこの店の隣の店で売られているかき氷を買うことに。隣の店でも露天のテーブルがあり現地の中学生か高校生ぐらいの男の子の集団がかき氷を食べていて、それと同じものを注文しようとしたが伝えるのに苦労。すると、その男の子らがそれを察したのか、台湾語で店に伝えてくれた。少しなら日本語がわかっているような感じであった。ここでも、台湾文化の中に少し交じる日本、そして基本的に親日という雰囲気を垣間見た。
20230805_g063日目の朝は、ホテル近くにあった、饅頭などを売る軽食店で朝食。台湾では朝食ですら外食で済ませることも多いそうだが、この店もそうした需要に応えるところのようだ。小籠包や肉まんなどをいただいた。

で、最終日は、帰路のエバー航空での機内食を撮ったつもりだったが、画像が残っていないようだ。記事の日付と中身が全然合っていないが、まあよしとしよう。それで、帰宅してから気付いたことだが、台湾には「味噌汁」がないのだ。台湾料理には、日本食と似ているところ、共通点もあっておいしいのだが、日本人のソウルフード、味噌汁がない。久々に味噌汁を飲んでほっとするのであった。

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たいわん紀行(鉄道編)

20230803_t02台湾家族旅行(冒頭記事はこちら)、鉄道関係はこの記事にまとめる。旅程初日(8月3日)からの話ではあるが、新幹線等メインの話題がある旅程3日目、8月5日付けの記事としておく。

台北の空の玄関口、桃園空港に降り立ったあとは、MRT、あるいはメトロと呼ばれる鉄道(現地の正式名称は「台北捷運」)に乗って台北中心部を目指す。空港駅のホームは地下にあるが、程なくして地上に出てしばらく地上を走る。

20230803_t03実は桃園空港は台北からは結構離れたところにあり、そもそも台北市ではなく北隣の桃園市に位置し、台北市街まではそこそこ時間がかかる。まあ、関空や成田空港も似たようなものか。

それで、肝心の車両や車内の様子を撮りそこねてしまった(言い訳すると、ホームドア完備のため、車両撮影が難しい)ので、Wikipediaの掲載画像でも代わりに見てもらえればと思うが、車両の形態は裾を絞ることが多い日本とは違って、上方部分を欠いた台形に近い断面となっている。また、車内の座席が、クッションも布カバーもない、硬いプラスチック状のベンチとなっている。手すりが車内中央部に立っていて、木の枝のように3本に分かれた形になっているのも特徴的だ。それから、ドアの戸袋が無くて、ドアが開く際は車両の外側をドアがむき出しのままでスライドしていく。ホームドア完備だからこそそれでも特に支障ないのか。

ちなみにMRT車内はもちろんのこと、駅構内も含め飲食厳禁、違反すると高額な罰金がある。一方で車内での携帯電話での通話は特段お咎めなしのようで、所変わればルールも違うものである。あと、MRTは右側通行であった。ちなみに台湾では自動車も右側通行だ。

台北車站という、おそらくは台北中心のターミナル駅で降りて地下鉄に乗り換え。空港駅で乗る際に購入した交通系ICカードが全部共通で使える。ちなみに自動改札のバーの形状が日本とは違って、扇子や孔雀の羽根のように開いたり閉じたりする形。また、日本ではICカードタッチ時に「ピッ」という電子音がするが、台湾ではピアノの「ピーン」という音が鳴る。ICカードの残額が減ってくると同じピアノだが「ピピーン」と2打音になり、さらに残額が少ないと「ピロリロリーン」と非常に細かいピアノ打音が鳴る。合わせて、残額いくらです、と言っていると思われる音声が台湾語で流れているようだが、聞き取れない。

20230804_t04旅程2日目・8月4日。その日の早朝にスマホでネット購入した台湾新幹線の外国人用乗り放題パスを引き取りに台北車站まで出向くが、入手はできたものの、利用可能期間は購入日の翌日からとなるため、この日は新幹線以外の利用で観光をすることになった。

九份を目指すべく乗り込んだのは、通称「台鐵」と呼ばれる、台湾の在来線。日本で言えばJRの在来線に相当。花蓮などの東部方面行き特急列車もホームにいたが、特急は特急料金と座席予約が必要なので見送って、普通列車トコトコと向かうことに。やってきた車両は、普通にしてはなかなかに精悍なデザイン。「區間車」との表示は、日本語で言うところの「普通(各駅停車)」の意味。

車内の銘板を見ると、2023 HYUNDAI Rotemと書かれている。今年出来立て、ヒュンダイ(現代)ロテム社製の新型車両「EMU900」というものらしい。車両番号はED948 2と記されていた。新車ではあるが、座席は相変わらず硬いプラスチックである。

20230804_t05普通列車に揺られること50分ほどで、瑞芳(ルイファン)駅に到着。

駅前にはなぜか日本の香川県・金比羅山の社殿のミニチュアが設置されていて、何でやと思い説明を読むと、ここ新北市瑞芳区と香川県琴平町が友好都市を提携しているそうで、それを記念して置かれたモニュメントらしい。

瑞芳駅からはタクシーで九份へ向かうが、それ以降のお話は既に総括編1の後段で記述済み。帰路もこの瑞芳から台北に向かうが、区間快速が来て速そうだったので乗ったものの、途中駅で終点となり別の列車に乗り換えるべきところ、ホームを変わらないといけないことがわからず乗りそこねてしまい、結局は後に来た全区間各駅に停まる普通列車に乗ることとなった。やはり慣れない土地での鉄道をスマートに乗りこなすのは難しい。

20230805_t06旅程3日目、8月5日。メインイベントとも言える台湾新幹線乗車。外国人旅行者向けの乗り放題パスは入手したが、土日祝は自由席しか乗れないそうだ(この日は土曜日)。そこで、台湾新幹線の北側の始発駅である南港駅まで地下鉄で目指す。

これが正解で、12両編成のうち3両ある自由席にバラバラにはなったが何とか全員座れた。その次の台北駅で多数の乗客が乗り込んできて通路にも立っている乗客が大勢、帰省ラッシュ並の状態となっていた。なお、日本語では「自由席」だが、台湾語での表記は「自由座」と微妙に異なる。

20230805_t07台湾新幹線(地元では「台湾高鐵」)の車両T700系は、日本の新幹線700系をベースとしているので、あらやゆる部分が東海道・山陽新幹線に似ている。前座席背面のテーブルとそこに書かれた何号車ですの案内もそっくりだ。

なお、日本の新幹線のような「のぞみ」「ひかり」といった列車名称は無く、121番列車、といった数字の番号が振られただけの無機質な設定。また、速達タイプと各駅タイプ(時刻表を見る限り3段階ぐらい)に分かれており、今回乗ったのは最速タイプだったので余計に混んでいたのかもしれない。

20230805_t08画像は車内出入口上の案内表示。これも日本の新幹線そっくり。さらには、車内案内のメッセージが、台湾語、英語の順で流れるのだが、英語のメッセージを読み上げる女性の声は日本の東海道・山陽新幹線のそれと一緒だっだ。

次に、車窓を見ると、あれっ、列車が左側通行になってんでねえか。調べたところ、台湾新幹線に関しては、車両は日本、線路や設備・運行システムはイギリスからの導入のため、新幹線は左側通行なのだそうだ。そんなのありか。ちなみに台湾メトロの方はフランスの技術導入のため右側通行なのだとか。わけがわからない。

20230805_t09新幹線走行音に関してもう少し述べる。「板橋」という駅を出たあたりから速達タイプは途中駅をガンガン通過し始めるが、疑似ジョイント音(「疑似」なのは、ロングレール化でレールのつなぎ目は溶接し基本的になくしているのだが、それでも若干の音が出るため)の「カコッ、カコッ」という音が結構鮮明に聞こえてくるのだ。これぞ、昔の東海道新幹線で聞こえていた音だ。

日本ではロングレールの技術が向上してしまったためか、いまでは新幹線はもちろん一部在来線でも聞かれることが少なくなったジョイント音が、ここ台湾では健在だったのだ。在来線の場合はスピードが遅いので「ガタンゴトン」と聞こえるが、新幹線ぐらいにスピードが上がると「カコッカコッ」という感じに聞こえる。これは、幼少期に夏休みの帰省で東海道新幹線に乗った時に聞いていた音と同じ。ただし、当時は時速210kmだったが、台湾新幹線は最高速度300km/hで走るので、その音も当時よりだいぶ早回しで聞こえた。

車内の混雑は台中あたりでだいぶ解消、さすがに立ち席の客はいなくなった。途中で雨が降っていたが、終点の左營に到着。乗り込む際の南港では余裕がなく車両先頭部の撮影ができなかったが、降りてからようやくその時間を得た。まあ、そのフォルムは700系新幹線とそっくりである。

20230805_t10左營からは高雄メトロ(MRT)、現地での正式名「高雄捷運」に乗って移動。路線名の正式な名称はわからなくても、路線シンボルカラーと駅番号で何とか理解できる。赤色がおそらくはメインの路線(例えば大阪なら御堂筋線)というのは世界共通なのだろうか。

駅から鉄道博物館に向かっていると、路面電車を発見。これも同じ高雄メトロが市内を環状に走らせているライトレール(LRT)のようだ。

20230805_t11程なくしてハマセン台湾鉄道館に到着。元倉庫だったような建物だ。

現地台湾では「哈瑪星台灣鐵道館」と表記されており、この「哈瑪星」は、ハマセン、あるいはハマシンと発音するようで、その語源は、日本統治時代の俗称「濱線(はません)」が由来だそうだ。2016年の開業と比較的まだ新しい。

20230805_t12鉄道館の周囲にミニトレインが走れる軌道が敷かれており、入館料とは別に乗車料金を払うと乗車できる。子供らだけ乗せようとしたが、一人は大人の付き添いが必要ということで私が一緒に乗る。

走っていく車両は先程見かけたライトレールのミニチュアであった。経路の引き方が工夫されていて、会場一帯を2周するので結構長いこと乗車できた。

20230805_t13前置きが長くなったが、ようやく館内展示を見学。そもそも、こうした鉄道博物館が台北ではなくなぜ高雄、という話からになるが、台湾での鉄道建設はここ高雄から始まったのだそうだ。高雄に港があり、そこからの物資を運ぶ手段としての鉄道だった。その始まりはこれまた日本の統治時代。台湾の近現代史を紐解くに、日本の介在は避けて通れないマターとなっている。

展示内容は台湾の鉄道の歴史や車両といった様々なテーマがあったが、基本館内撮影禁止ということで画像での記録を残せなかった。代わりに、Wikipediaの台湾鉄道館ページから、ジオラマの画像を拝借。台湾の鉄道を適度デフォルメして、台鐵、高鐵はもちろん、各地の鉄道が走る様子を表現していた。

20230805_t14鉄道館のすぐ近くに、昔は高雄港駅だった駅舎を「舊打狗驛故事館」として博物館的に保存している施設もあったので、そちらも見学。無料。ごく小さい造りになっている。

こちらでもうっかり写真を撮りそこねたので、Wikipedia掲載の画像から拝借。

20230805_t15旧高雄港駅周辺はかつて操車場だったからか、広い範囲が公園となっている。一部分は当時の線路もそのまま残っており、いくつかの車両がそのまま静態保存されている。

その中の一つ、CK58という形式の蒸気機関車が鎮座している。ただし、野天の雨ざらしで放置されているせいか、だいぶ腐食が進んでいた。

20230805_t16この日の帰路、左營からの新幹線(高鐵)自由席(自由座)は、始発ということもあり余裕で座れて家族4人で向かい合わせの座席。子供たちが確かに乗ったことの記録として撮影。

20230803_t01台湾での鉄道編は以上とするが、おまけに日本での鉄道関係も記載。時間は遡って旅程初日の8月3日、関西国際空港までのアプローチには特急はるかを利用。

朝早めの時間帯だったので高槻駅に停車するため、高槻から乗り込む。茨木の先で渡り線で貨物列車側の線路に移ったり、新大阪から先は今年開業したばかりの地下大阪駅を経由して環状線合流など、普段お目にかかれないルート取りを満喫。

ただし、特急と名が付いて特急料金を取る割には、大して早くない。特に阪和線に入ってからは待避線のある駅でもない限り先行の通勤電車を蹴散らせないので、結構トロトロと走る。追加料金は、速いことではなく、乗り換えなしで必ず座れる、ということへの対価と理解するしかない。

20230806_t17
時系列がまたぶっ飛んで、台湾からの帰り、8月6日。関空からの帰路には南海特急ラピートを利用。関空アクセスきっぷを購入して天下茶屋で堺筋線乗り換えからの阪急京都線というルートである。

ラピートに乗りたいと前々から子供らからリクエストされていたので、ようやくそれが果たせた。
20230806_t18ラピートの車内はだいぶガラガラ。ここでも確かに乗りましたよという記録のため子供らを撮影。

それにしても関空は遠い。天下茶屋まではまだいいとして、そこから先、堺筋線で高槻市駅行きに乗り、乗り換えが面倒だからとそのまま乗っていたら時間のかかること。ただし、実は乗り換えないつもりだったが途中で子供がトイレと言い出して淡路駅でトイレ休憩、後続の準急に乗ったら結局当初の高槻市行きに茨木市で追いついた。普通が抜かれすぎるのよね阪急は。

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