日記・コラム・つぶやき

まくら更新

1000004190海の日の三連休の最終日、茨木のイオンモールへ家族でお出かけ。こんなときに行ったら激混みなのは明白で、案の定車で向かう道中は大渋滞、着いてから昼ご飯にしようとしてもフードコートは大混雑。結局フードコートではなく、食料品スーパーの横にあるイートインで慌ただしく食べる。

そんな無理をしてまで出向いた理由は、相方氏たっての希望であるオーダーメイドの枕の店に行きたかったからとのこと。体の背面の凹凸を測って、それにぴったりな高低差をつけた枕を用意してくれるんだとか。

試着、というか試し枕を行うマットレスもオーダーメイドできるようで、相方氏興味津々ではあったが、結構なお値段のため今回は当初の目論見どおり枕のみご購入。で、フルオーダーメイドにしたのは相方氏のみで、残りの3人は既製品の枕。

1000004191その枕たちがこちら。肝心の寝心地はどうかというと、うーん、劇的によくなったというほどでもないか。そもそも、それまで不眠で困ってるというようなことも特になかったもので。

で、一つ問題があって、高さをしっかり合わせているが故に、枕の上下も決まっているのだが、カバーを掛けてしまうとどちらを上にするのが正しいのか分からなくなってしまう。上下を入れ替えてみたところで、違いはよくわからない。それって、結局はその程度ということなのだろうか。

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ダブルタブレット体制

10000040342年ほど前に、タブレットから大きめのスマホに乗換えて以降の状況変化について、この機会に記録しておく。

お役御免となった8インチタブレットのASUS ZenPad3 8.0は、その後子供らのYoutube動画鑑賞、ゲーム用のお下がりとなっていたが、バッテリーのヘタリ具合が酷くなり、相方氏が驚異的技術力でバッテリー交換をやり遂げて延命はしたものの、ついに本体もイカれて使えなくなってしまった。

その代替機として昨年10月頃購入したのが、画像左側のaiwa tab AB8。もはや台湾のASUSは格安タブレットから撤退し、かと言って中華製は避けたかったところで見つけたもの。8インチでAndroid12、RAM 4GB、ストレージ64GB、Wifiのみ。文字フォントとかがややシャープさに欠けるような気もするが、子供のお遊びで使う分には十分だろう。

それで、さらにもう一台、画像には写っていないがASUS ZenPad10という10インチのタブレットもあって、かつて母上殿に慣れてもらうためにプレゼントしたものが、その後母上自体ガラケーからスマホに乗り換えたのでお役御免となって帰ってきてたのだが、いかんせんAndroid7という古さ、スペック的にもやや厳しく、上記のaiwaタブレットからあぶれた方に使わせていたのもさすがに限界と思い、また買い足したタブレットが右側。

TECLAST P85T、つい値段の安さに負けて中華製タブレットの軍門に下ってしまった。8インチAndroid14、RAM 10GB、ストレージ64GB、Wifiモデルで驚きの9k円台。これで兄弟ともほぼ同等スペックのタブレットをそれぞれ1台ずつ利用できるようになった。

なお、セキュリティとしては、それぞれに子供用のGoogleアカウントを付与した上で、Googleファミリーリンクで管理している。一日あたりの使用時間を制限し、勝手にはアプリをインストールできないようにし、Webサイト閲覧も許可制にしている。もちろん決済紐付けは一切してないので、ゲーム内でいくら課金ボタンを押そうが何も買えない状態にしている。これが出来ずに子供が廃課金してしまうトラブルが後をたたない。親の側にもこうしたリテラシーは必須だろう。

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恩師、神になる

1000004028このブログ記事内でも時折「恩師」として言及のあった、小学生の時の担任の先生が亡くなられた。享年92とのことで、大往生とまではいかないものの、長生きはされた方だろう。

小学生時代の同級生で構成されたLINEグループにも加わっていたおかげで、訃報を早々に受け取ることができ、急遽仕事はお休みをいただいて告別式に参列すべく、一路東京へ向かった。

1000004029式場は江戸川区船堀。最寄りは都営新宿線船堀駅となるので、慣れない乗り継ぎ。東京から丸ノ内線で淡路町、そこで都営新宿線の小川町に乗り換えができる。

千代田線の新御茶ノ水も含め3駅乗り換え可能というのはずいぶん昔から地下鉄路線図で目にしていたが、実際に利用するのは生涯初かもしれない。

1000004030相応の御年での逝去ということで、参列者は御親戚一同以外はさほど多くはなかったが、その中でも自分を含む小学生時代の教え子が5人ほどは集まっていたというのはすごいことだ。卒業から38年は経過しているのだから。前日の通夜にも複数名参列していたらしい。

というわけで、最後にお棺を車に乗せる際、教え子さんもどうぞということで一緒に担がせていただいた。いよいよこれでお別れである。先生、お世話になりました。

1000004031式を終え、地元に残っている同級生が車で来ていたのに便乗させてもらい、小学生時代の思い出の地・西葛西へ。移動前、船堀の街なかにひときわ高いタワーがあったのであれは何と聞くと、タワーホール船堀という江戸川区の複合文化施設で、通称「船堀タワー」だそうだ。

後で調べてみるとできたのは1999年ともう既に20年は軽く超えているが、自分が江戸川区を去ったのは1986年のことだから、まだ影も形もない頃だ。そもそも都営新宿線が船堀までやってきたのが1983年、これはかすかに覚えているが、そこから篠崎までの延伸が1986年で既にいなくなった直後の話。その後1989年に本八幡まで延伸され現在に至る。当時は田舎の未開の地だった船堀も、その後は発展して今度は江戸川区役所がこの船堀に移転する予定だそうだから聞いてびっくりした。

さて西葛西の駅前に移って、悲しいけれどお腹はすくということで、同級生らとともに献杯の飲み会。これまでは、先生の誕生日を期に同級生らからお花を渡しに行っていたそうだが、もはやそれもできなくなった。では今後どうしようかということで、これからは先生の命日を鍵として来れるメンツで集まろうということになった。その時一人が言った言葉が心にストンと刺さった。

「先生は、神様になったから」

なるほど、納得だ。大阪からだとそう頻繁には来られないが、機会があればまた西葛西を訪れたいものだ。神となった恩師を偲びながら。

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逆風キックバック

外出た瞬間 終わったわ
届けりゃいいのに書いてない
逆風強すぎて お亡くなり
定期定期的にキックバック

密かにもらいたいな って思いました
規制さえ無くなれば やりやすいのに
ずっともらいたいな って思いました
いやいやと外出たら
安倍派と二階派大乱闘

そっと出た瞬間 終わったわ
届けりゃいいのに書いてない
逆風強すぎて お亡くなり
定期定期的にキックバック
パー券収入 キックバック
Money_yuchaku

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おくひだ・あずみのツアー(総括編)

20230812_018月のお盆期間は飛騨・安曇野方面への家族旅行。その前の週の台湾旅行と立て続けになってしまったが、もともとこちらの方の計画が先にあって、後から急遽海外旅行を入れたので仕方ない。それと、後でブログ記事を書くのが延び延びになってしまい記憶も薄れてしまった。

早朝に大阪を出発して高速道路で名神、東海北陸道と乗り継いでまず訪れたのは白川郷。有名な合掌造り、訪れるのは初めて。写真などで見たイメージからもっと高い建物を想像していたのだが、案外それほどでもなかった。以前に京都・美山のかやぶきの里は訪れており、それとほぼ一緒なのだなと理解。いずれも、発展に取り残されてタイムカプセル状態となったことが、一周回って観光資源になった事例。

20230812_02次いで立ち寄ったのは、高山市内で超人気の「トランブルー」というパン屋。パンを買うためだけで随分と長いこと行列待ちになった。ここで買い込んだパンは翌日の朝食用となる。

20230812_03その次は川遊び。後で調べたところ鎌田川という川が流れているところで、何と川のすぐ横には「新穂高の湯」という温泉が湧いており、混浴露天風呂となっている。

地元の摂津峡に比べるとめちゃめちゃ水が澄んでおり、冷たい。体が冷えたら、先述の温泉から川にお湯が流れ込むところで暖を取ることができる。

20230812_04夕食の前にひと風呂浴びに「ひがくの湯」へ。併設の食堂でご飯。温泉編グルメ編は、掲載がだいぶ後になってしまったが別稿でまとめた。

同施設内になぜか鉄道ジオラマが置かれており、Nゲージ車両も有料で走らせることができる。

20230813_01奥飛騨にあるロッジに寝袋で泊まって、旅程2日目。安房峠を越えて信州安曇野へ移動、「乗鞍BASE(いがやレクレーションランド)」というレクレーション施設を訪問。

キャンプ場やアドベンチャーパークなどがある施設。

20230813_02
この日も好天で、乗鞍岳などを望むことができた。

20230813_03一行の一部メンバーはアドベンチャーパークのZIPラインに挑戦。ZIPラインとは、高い木々の間などを渡してあるワイヤーに、滑車状の器具を取り付けてぶら下がり、命綱替わりとして、あるいは箇所によっては空中をロープウェイのようにわたっていくアドベンチャー。

次男はまだ体が小さく無理だったが、長男の方は果敢に挑戦、かなりの高所だったが案外臆せずズンズンと進んでいった。

20230813_04ワイヤー一本にすべてを委ねて空中滑走。

20230813_05次男坊も含むメンバーでマレットゴルフにも興じた。打数はとんでもない数に積みあがったが、ごくたまにパーやバーディーも出せた。

なお最終ホールで痛恨のロストボール。

20230814_01いろいろすっ飛ばして旅程3日目最終日。台風が接近しているのが気がかりだったので、当初予定を繰り上げて朝からすぐ帰宅する行程とした。

途中、高山市内の「惣市」というドライブインに寄って、高山ラーメンの試食やお土産購入など。高地にいる間は全然意識しなかったのだが、高度が下がるにつれて猛暑の現実へと引き戻された。

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たいわん紀行(総括編・2)

20230805_01総括編・1からの続き)
台湾家族旅行、旅程としては3日目、8月5日分から。この日から有効となった、外国人観光客向け台湾新幹線フリーパスを使って一路台南方面へ。鉄道編は別項にまとめる予定なので、総括編としてはほとんど話が飛んでしまって、高鐵の南側の終点・左營駅。この日の天気は、台北は曇りで、途中台中あたりで雨が降ったが、台南地方は晴れ模様で暑い。

いったんここで早めの昼ごはんということで、左營駅の駅ビルの中にあるマクドナルドへ。日本のそれとは若干メニューが異なるが大体は同じ。子供らはいつもはチーズバーガーのハッピーセットを注文するのだが、何故かダブルチーズバーガーしか置いてなくてノーマルのハンバーガーでのセットに。

20230805_02左營からは地下鉄に乗って高雄の中心部を経由し、台湾の鉄道博物館である哈瑪星台湾鉄道館へ向かう。これも鉄道関係ということで別項にまとめ、ここでは詳細を省略。同博物館に隣接している、かつて高雄港駅があった広場へ。線路の跡や、昔の機関車、客車がボロボロの状態で留置されている。

風が強いこともあってか、広場で凧揚げをしている人が何人かいた。それもその凧がかなりデカイ。凧の形が蛸になっており、正真正銘のタコ揚げをしている人もいた。

20230805_03台北の泊地に戻って時間帯は夜。

この日の晩ごはんも夜市の屋台でいただいて、最寄り駅近くの公園で子どもらが遊ぶ。昼間は暑くて誰も遊んでないのだが、暗くなって幾分過ごしやすくなると、結構遅めの時間にもかかわらずこうして遊ぶ子どもらの姿が多数。地元の子がほとんどだろう。夜でも明るく照らされていて、築山は人工芝できれいに整備されている。

20230806_01翌8月6日、滞在最終日。朝ごはんは宿で食べるというので買い出しに行く最中に通った市場の様子。

コンビニのパンと屋台のまんじゅうが目的なので、さすがにこれらの市場で何かを買うわけではなく、眺めるだけ。

20230806_02こうして街なかの雰囲気を見るに、日本とは違うのだが、何度か訪れている沖縄の街にはだいぶ近いと感じた。

地理的連続性からすれば当然といえば当然ではあるが、環境や文化はグラデーションで変化していくのだなと実感した。

20230806_03帰りの飛行機までちょっとだけ時間があるので、プチ観光で中正紀念堂を訪問。

中正とは、蔣介石の本名だそうで、国民党指導者、初代台湾総統である同氏を顕彰する施設となっている。

20230806_04最上階には蔣介石の巨大な座像が置かれており、それを警備する衛兵の交代式が一種の名物となっているそうだ。

20230806_05
その交代式の模様。正確には、この日の最初のオープン時に衛兵が配置されるときのセレモニー。その後毎正時ごとに交代する。ちょっと長いが動画でも記録。

同施設の下のフロアには、博物館的な展示物(常設のものや期間限定の企画展など)や、会議室などがある。結構広い。あまり時間もなくゆっくりとは見られなかったが、蔣介石推しがスゴいということはよくわかった。

ただ、台湾が現在のように真に民主化されたのはごく最近の話で、実際は日本による占領時代から始まり、その後国民党による独裁が長らく続いていた。台湾民主化関係と思われる企画展示もあったが、平和裏に民主化できたのは李登輝総統の手腕によるところが大きいのかなと感じた。

またそれとは別の企画展示では台湾の絵本作家の作品が並んでいたが、その中には台湾近海で遭難した日本の船を助けた話とかもあって、係の方からは日本人に見てもらえてうれしいという話を聞き、さすがは親日の台湾であると実感した。
20230806_06台北からはまだ使える台湾新幹線のパスを利用して桃園駅まで行き、そこからMRTで桃園空港に向かう。結構遠い。空港到着時間がギリギリになってしまったが、セキュリティも出国審査もさほど混んでおらずで助かった。慌ただしくお土産を買って、両替していた台湾ドルは全部使い切る。

行きと違って帰りの航空便は平穏そのもの。機材はB787で最新のものだからか、前席の液晶パネルにあるアプリも若干ハイスペックのようだ。航空機の現在位置を示すアプリも、平板な地図上だけでなく色々な視点を選べる。

20230806_07更にはコックピットビューのような視点もあって、ぱっと見フライトシムかと思うほどのクオリティだった。一応、高度や速度は実際の値を示していたようだが、バンク(機体の傾き)までは反映されておらず。また、地上の風景もある程度の高度まではそれなりに再現されていたが、着陸間際で高度ほぼゼロに近づいても滑走路が大写しにはならず、一定の高さから見下ろすだけの表示だった。

隣に座った次男坊は、同じパネルでもゲームに熱中、入れ込みすぎて画面のタップに力が入って前席の客の迷惑とならないかが心配だった。

ちなみに今回往復で利用した航空会社はエバー航空。台湾を本拠とする会社で、トレードカラーの緑は海運のエバーグリーンに似ているなと思ったら実際に同資本系列らしい。行き帰りとも機内食が出てお酒もいただけてなかなか良かった。

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たいわん紀行(総括編・1)

20230803_018月初頭、俄かに台湾へ家族旅行へ向かうこととなった。というのも、本来は結婚10周年記念で海外旅行をという構想があったのだが、その当該年の2020年には新型コロナが直撃、旅行どころではない情勢で、これを見越して準備していた私と次男坊のパスポート有効期限が今年中に期限切れという事態となり、行くならいま、どこがいいかは近場で魅力もある台湾へ、となったものである。

関西空港へたどり着いたはよいが、飛行機の出発は遅れることとなった。

20230803_02というのも、出発日8月3日時点で台風6号が沖縄あたりを直撃中で台湾に近づきつつあり、台湾の空港自体はまだ稼働しているものの、台風を回避するためか航空路が混雑しており、当初の案内では3時間遅れとのアナウンス、その後は1時間遅れに変更と、ドタバタの状況であった。

20230803_03ちなみにこちらの進路予想図はもうしばらく後のものだが、驚くべきことに台湾に近づきはしたものの直撃はなく、急に方向転換して台湾からは離れていくことになった。

着陸地点の桃園空港も強風域にはかかったものの、不幸中の幸いで風向きがちょうど滑走路正面だったため、空港の閉鎖はなかった。ただし、着陸間際の揺れは相当なもので、子どもたちも顔面蒼白になりながら何とか耐えていた。

降りてしまえばこっちのもので、空港で現地の台湾ドルに両替、台湾で使えるSIMカードの入手(5日間、データ通信のみなら容量無制限で300ドル(約1500円)とかなり安い)、本当は持参したSIMフリーのモバイルルータで拾うつもりだったがうまく行かなかったので自分のスマホのSIMを差し替えて相方のスマホはテザリングでぶら下がる形とした。

また、台湾の交通系ICカード(現地語では「ヨーヨーカ」、日本語なら「ゆうゆうカード」)も入手の上、MRTで台北中心部へ向かう。それにしても、台風接近ということもあり、空港も駅も人は閑散。ホテルにたどり着いたが、その日は何か観光という余力もなく、ホテル近くの中華料理をテイクアウトして夕食となった。
20230804_01翌日8月4日。記事の日付とはずれるがこのまま記載。台北市内は雨は降っていない。さほど強風でもない。

朝食を入手すべくホテル近くのコンビニに向かうまでの間に通りかかった路地を撮影。結構早くから特に食材関係の店が営業している。

20230804_02この日の早朝にネット通販で台湾新幹線の海外旅行客向け乗り放題パスを購入したのだが、引き換えはできても利用は翌日以降でないと不可ということがわかり、この日は台北から北東方向にやや離れたところにある、有名な観光地「九份」を訪れることにした。夜景が特に美しいと言われているが、混雑もその分激しいとのことなので、あえて平日(この日は金曜日)の日中早めの時間帯で裏をかく作戦。

台北から直行バスもあるようだが、ここはあえて鉄道(在来線。台湾では「台鐵」と言われる。なお、鉄道編は別項にてまとめることとする。)を選択、普通電車に1時間弱ほど揺られて瑞芳(ルイファン)駅へ、そこからタクシーで九份老街へ向かった。クネクネの急な山道を登っていく。下から登っていく方向もあるが、おそらく楽だろうということで高い方から降りていくルートに。

20230804_03そもそも九份というのがどういうところなのかもろくに知らずに訪れたのだが、昔々に金鉱山があってその麓で栄えた町並みが、鉱山閉鎖とともに寂れていたところ、当時のレトロな雰囲気が残ったままということが観光資源として再発見されて一大観光地として脚光を浴びているということだそうだ。

狭い路地の両脇に飲食や土産物を中心とした店が居並ぶ様は、京都の錦小路を彷彿とさせる。ただし、山の斜面に展開しているので階段の箇所も多い。時間帯を工夫したこともあってさほどは混雑していない。こんな狭い道だが荷物輸送のバイクが通り抜けたり、何故か店で犬が飼われていることが多く、そうした犬が人に紛れて闊歩するなど、随分と猥雑な雰囲気。

やや昼ごはんには早かったが子どもらがお腹すいたというので飲食店に入る。魯肉飯や肉団子のスープなどをいただく。しばらくしたら客が増えだして満席に。早めに入っといて正解だった。

20230804_04階段を下っていくと、ルートから脇にそれた一角にカメラを構える観光客が立ち並んでいた。何だろうと寄ってみると、その一角から居並ぶ店を眺めると、よく九份の観光ガイドに出てくる風景ズバリのものが現れた。ああ、あれはここから撮っていたのねえということがよくわかった。思ってたのとはだいぶ違ったが、現物を見られて満足、納得。

夜にでもなればなお一層「千と千尋の神隠し」に出てきそうな雰囲気となるのだろう(ちなみに、ジブリ自体は、ここがモデルではないと表明している)。そういえば土産物屋でもジブリグッズ、とりわけカオナシなどの千と千尋系をよく見かけた。
台北に戻ってこの日の後半戦は北投温泉に向かうが、温泉編もまた別項の記事にまとめた。
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滞在2日目の夜は、天候も落ち着いたこともあり、ホテルから歩いて程なくの所にある夜市に出向いて晩ごはんに。これもグルメ編を別項としてまとめている。
総括編・2に続く)

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6年ぶりの甲子園

20230716_16年ぶりぐらいで、阪神甲子園球場を訪れる。ブログを振り返ると2017年にも訪問していたことをすっかり忘れていた。

長らくのブランクとコロナ禍を経て、すっかり様相が変わってしまったことに驚く。以前は、缶ビール持ち込みは禁止ではあったが、入場の際申し出ると紙コップに移し替えてなら持ち込める、となっていたのだが、2年前から紙コップ提供サービスは終了し、缶ビールは、その場で飲みきってしまうか、"自身で購入した"紙コップに移し替えて持ち込むのでないとアカンそうだ。それで甲子園最寄りのスーパーでペットボトル入りのビールを売っていたのか、と合点が行った(∵ペットボトル飲料は持ち込み可のため)。

また、ジェット風船買うの忘れた!と思ったのだが、コロナ禍以降禁止されており、未だに禁止状態なのだそうだ。そういえば先のスーパーでも一切売られていなかったな。

確保した席は三塁側、アウェーの中日ドラゴンズ応援団が後ろに陣取る。試合開始の18時になっても、西日はまだ高く、暑い。

20230716_2長男坊はおそらく3回めぐらいの甲子園になるが、以前のことはよく覚えていないらしい。そりゃ当時4歳だものな。次男坊はこれが初めての甲子園。

たまたまこの3連戦は子ども向けキャンペーンをやっていて、入場時に小学生以下の子どもにはタイガースの法被がプレゼントされ、スコアボードの選手名も全てひらがな(このパターンは以前にもあったな)、そして選手登場時には、それぞれの選手の子どもの頃の口ぐせが紹介されていた。

それにしても、各選手のプロフィールの生年月日を見るに、自分が大学生の頃やん、就職してからの年やん、と、自分が随分歳をとったことを痛感させられた。

20230716_3試合の方は、中日の先発メヒアが好調で、阪神打線は無得点での完敗。今シーズンは首位を走っててチームは好調だったんじゃないのと思ってたのにこの有り様。

翌日の同カードでは阪神勝利だったそうなので、ツイてないねえ。

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JAXA相模原キャンパス

20230622_014年ぶりに、某業務で関東方面に出張の予定が入ったので、その経路上に近いJAXA相模原キャンパスを訪問することにした。

最寄駅のJR横浜線淵野辺駅は、発車時のメロディが標準の「Verde Rayo」ではなく銀河鉄道999(ゴダイゴの方)となっている。駅を降りると、「はやぶさの故郷 さがみはら」の看板がお出迎え。

20230622_02徒歩20分弱程で、JAXA相模原キャンパスに到着。施設入り口の看板には「国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 ISAS/JAXA 宇宙科学研究所」という物々しい名称が掲げられている。

この看板、はやぶさ(初代の方)の映画でも映ってたシーンが確かあったな。

20230622_03守衛所に聞いたら、見学の人は交流棟に行って受付をしてください、とのこと。受付といっても、名前を書いて、相模原市内在住か県外在住かを丸付けして、見学者用のワッペンをもらって服に貼っておいてください、という簡単なもの。コロナ禍の最中は事前予約とか色々制限があったようだが、現在は特に何も制約なくふらっと行って入れる状態。

交流棟の建物内はちょっとした博物館のようになっており、宇宙探査機のレプリカなどが展示されている。現在も任務遂行中のはやぶさ2の実物大模型が目を引く。

20230622_04こちらは水星探査計画「ベピ・コロンボ」において、現時点で水星に向かって飛行中の探査機「みお」のミニチュア模型。2018年に打ち上げられ、欧州の探査機ともニコイチで飛んでおり、水星到着は2025年の予定とのこと。結構かかるねえ。

20230622_05はやぶさ2がドッサリとサンプルリターンを果たした小惑星リュウグウの模型。よくもまあこんなにゴツゴツデコボコの表面に降りられたものだ。

画像ではわかりにくいがタッチダウンした地点などに赤い印が付けられている。

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屋外にも展示物があって、これはM-5ロケットの実物大レプリカ。あまりにもデカすぎて画角に収まりきらない。
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キャンパス内には普通に食堂があって見学者も利用可能。大学の学食や企業の社員食堂のようなイメージだ。だからお値段もごくリーゾナブル。

一番高価だったスペシャルメニューですら700円だった。せっかくの機会なのでそれをいただく。このキャンパスで普段から勤務・研究しているであろうスタッフらの中に紛れて昼ごはん。自分の人生でも、世が世ならこういうところで働くというシナリオがあったかもしれないのになあ、としみじみ思う。
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これまた普通に売店があって、大学生協のそれとほとんど変わりはないのだが、ここならではのお土産もいくつか売られていたので買って帰る。フリーズドライの宇宙食で、たこ焼き、プリン、バニラアイス。いずれも、元の形に戻るわけではないが、スカスカの軽いせんべいのような固形ブロックをかじってしばらくすると、それらを食っている際の口の中の状態と同じになった。ネタとしては面白いが、毎日これではちょっと耐え難い。

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京都ハンナリーズ応援

20230423_1某筋より、京都ハンナリーズの応援に行くべしということでチケットが流れてきて、すごく久しぶりの西京極総合運動公園にある京都市体育館を家族で訪れた。

そろいの応援Tシャツが支給されるので着用。プロ野球の観戦はかつて何度も経験しているが、プロバスケットボールはこれが初めて。甲子園球場でも某ホーム球団びいきのイベント進行はよく承知しているので似たようなことがあるかなと思ったらまさにその通りだった。相手チームの入場は淡々と進めるが、ハンナリーズ選手入場は、さながらプロレスのそれのように一人ずつ鳴り物入りで登場。音の大きい演出で次男坊は怖いと泣き出す有様。

20230423_2この日の対戦相手は島根スサノオマジック。全然バスケに詳しくないので後追いで調べたら、西地区の1位(試合当日時点)でCS進出も決めている強豪チームだった。道理でシュートの精度とかも一枚上手で、前半はハンナリーズ劣勢で折り返したわけだ。

しかしそこは地元の地の利を生かして後半から追い上げて同点に追いつき、終盤で逆転に成功。そりゃあ会場は盛り上がるさ。最初怖がっていた次男も、最後の方では「Go!京都!ハンナリーズ!!」と大声を出していた。

20230423_3というわけで試合結果は京都ハンナリーズの勝利。この前日は同カードで負けていたそうだからいいところを見られてよかった。

ちなみに、バスケでは、防御側に回る際も、「ディーフェーンス!」と大声と手拍子で応援しないといけないというお作法だ。某有名バスケ漫画でちらっと見たことのある「ディーフェーンス!」とのセリフはこれだったのねと初めて現場を体験した。プロ野球の場合は守備の際は静かに休めるので、それと比べるとかなりしんどい話だ。バスケでは長くても24秒で攻守が入れ替わるのでそれも目まぐるしい。スポーツによっていろいろ特徴があるのねということも実感した。

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