日記・コラム・つぶやき

逆風キックバック

外出た瞬間 終わったわ
届けりゃいいのに書いてない
逆風強すぎて お亡くなり
定期定期的にキックバック

密かにもらいたいな って思いました
規制さえ無くなれば やりやすいのに
ずっともらいたいな って思いました
いやいやと外出たら
安倍派と二階派大乱闘

そっと出た瞬間 終わったわ
届けりゃいいのに書いてない
逆風強すぎて お亡くなり
定期定期的にキックバック
パー券収入 キックバック
Money_yuchaku

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おくひだ・あずみのツアー(総括編)

20230812_018月のお盆期間は飛騨・安曇野方面への家族旅行。その前の週の台湾旅行と立て続けになってしまったが、もともとこちらの方の計画が先にあって、後から急遽海外旅行を入れたので仕方ない。それと、後でブログ記事を書くのが延び延びになってしまい記憶も薄れてしまった。

早朝に大阪を出発して高速道路で名神、東海北陸道と乗り継いでまず訪れたのは白川郷。有名な合掌造り、訪れるのは初めて。写真などで見たイメージからもっと高い建物を想像していたのだが、案外それほどでもなかった。以前に京都・美山のかやぶきの里は訪れており、それとほぼ一緒なのだなと理解。いずれも、発展に取り残されてタイムカプセル状態となったことが、一周回って観光資源になった事例。

20230812_02次いで立ち寄ったのは、高山市内で超人気の「トランブルー」というパン屋。パンを買うためだけで随分と長いこと行列待ちになった。ここで買い込んだパンは翌日の朝食用となる。

20230812_03その次は川遊び。後で調べたところ鎌田川という川が流れているところで、何と川のすぐ横には「新穂高の湯」という温泉が湧いており、混浴露天風呂となっている。

地元の摂津峡に比べるとめちゃめちゃ水が澄んでおり、冷たい。体が冷えたら、先述の温泉から川にお湯が流れ込むところで暖を取ることができる。

20230812_04夕食の前にひと風呂浴びに「ひがくの湯」へ。併設の食堂でご飯。温泉編グルメ編は、掲載がだいぶ後になってしまったが別稿でまとめた。

同施設内になぜか鉄道ジオラマが置かれており、Nゲージ車両も有料で走らせることができる。

20230813_01奥飛騨にあるロッジに寝袋で泊まって、旅程2日目。安房峠を越えて信州安曇野へ移動、「乗鞍BASE(いがやレクレーションランド)」というレクレーション施設を訪問。

キャンプ場やアドベンチャーパークなどがある施設。

20230813_02
この日も好天で、乗鞍岳などを望むことができた。

20230813_03一行の一部メンバーはアドベンチャーパークのZIPラインに挑戦。ZIPラインとは、高い木々の間などを渡してあるワイヤーに、滑車状の器具を取り付けてぶら下がり、命綱替わりとして、あるいは箇所によっては空中をロープウェイのようにわたっていくアドベンチャー。

次男はまだ体が小さく無理だったが、長男の方は果敢に挑戦、かなりの高所だったが案外臆せずズンズンと進んでいった。

20230813_04ワイヤー一本にすべてを委ねて空中滑走。

20230813_05次男坊も含むメンバーでマレットゴルフにも興じた。打数はとんでもない数に積みあがったが、ごくたまにパーやバーディーも出せた。

なお最終ホールで痛恨のロストボール。

20230814_01いろいろすっ飛ばして旅程3日目最終日。台風が接近しているのが気がかりだったので、当初予定を繰り上げて朝からすぐ帰宅する行程とした。

途中、高山市内の「惣市」というドライブインに寄って、高山ラーメンの試食やお土産購入など。高地にいる間は全然意識しなかったのだが、高度が下がるにつれて猛暑の現実へと引き戻された。

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たいわん紀行(総括編・2)

20230805_01総括編・1からの続き)
台湾家族旅行、旅程としては3日目、8月5日分から。この日から有効となった、外国人観光客向け台湾新幹線フリーパスを使って一路台南方面へ。鉄道編は別項にまとめる予定なので、総括編としてはほとんど話が飛んでしまって、高鐵の南側の終点・左營駅。この日の天気は、台北は曇りで、途中台中あたりで雨が降ったが、台南地方は晴れ模様で暑い。

いったんここで早めの昼ごはんということで、左營駅の駅ビルの中にあるマクドナルドへ。日本のそれとは若干メニューが異なるが大体は同じ。子供らはいつもはチーズバーガーのハッピーセットを注文するのだが、何故かダブルチーズバーガーしか置いてなくてノーマルのハンバーガーでのセットに。

20230805_02左營からは地下鉄に乗って高雄の中心部を経由し、台湾の鉄道博物館である哈瑪星台湾鉄道館へ向かう。これも鉄道関係ということで別項にまとめ、ここでは詳細を省略。同博物館に隣接している、かつて高雄港駅があった広場へ。線路の跡や、昔の機関車、客車がボロボロの状態で留置されている。

風が強いこともあってか、広場で凧揚げをしている人が何人かいた。それもその凧がかなりデカイ。凧の形が蛸になっており、正真正銘のタコ揚げをしている人もいた。

20230805_03台北の泊地に戻って時間帯は夜。

この日の晩ごはんも夜市の屋台でいただいて、最寄り駅近くの公園で子どもらが遊ぶ。昼間は暑くて誰も遊んでないのだが、暗くなって幾分過ごしやすくなると、結構遅めの時間にもかかわらずこうして遊ぶ子どもらの姿が多数。地元の子がほとんどだろう。夜でも明るく照らされていて、築山は人工芝できれいに整備されている。

20230806_01翌8月6日、滞在最終日。朝ごはんは宿で食べるというので買い出しに行く最中に通った市場の様子。

コンビニのパンと屋台のまんじゅうが目的なので、さすがにこれらの市場で何かを買うわけではなく、眺めるだけ。

20230806_02こうして街なかの雰囲気を見るに、日本とは違うのだが、何度か訪れている沖縄の街にはだいぶ近いと感じた。

地理的連続性からすれば当然といえば当然ではあるが、環境や文化はグラデーションで変化していくのだなと実感した。

20230806_03帰りの飛行機までちょっとだけ時間があるので、プチ観光で中正紀念堂を訪問。

中正とは、蔣介石の本名だそうで、国民党指導者、初代台湾総統である同氏を顕彰する施設となっている。

20230806_04最上階には蔣介石の巨大な座像が置かれており、それを警備する衛兵の交代式が一種の名物となっているそうだ。

20230806_05
その交代式の模様。正確には、この日の最初のオープン時に衛兵が配置されるときのセレモニー。その後毎正時ごとに交代する。ちょっと長いが動画でも記録。

同施設の下のフロアには、博物館的な展示物(常設のものや期間限定の企画展など)や、会議室などがある。結構広い。あまり時間もなくゆっくりとは見られなかったが、蔣介石推しがスゴいということはよくわかった。

ただ、台湾が現在のように真に民主化されたのはごく最近の話で、実際は日本による占領時代から始まり、その後国民党による独裁が長らく続いていた。台湾民主化関係と思われる企画展示もあったが、平和裏に民主化できたのは李登輝総統の手腕によるところが大きいのかなと感じた。

またそれとは別の企画展示では台湾の絵本作家の作品が並んでいたが、その中には台湾近海で遭難した日本の船を助けた話とかもあって、係の方からは日本人に見てもらえてうれしいという話を聞き、さすがは親日の台湾であると実感した。
20230806_06台北からはまだ使える台湾新幹線のパスを利用して桃園駅まで行き、そこからMRTで桃園空港に向かう。結構遠い。空港到着時間がギリギリになってしまったが、セキュリティも出国審査もさほど混んでおらずで助かった。慌ただしくお土産を買って、両替していた台湾ドルは全部使い切る。

行きと違って帰りの航空便は平穏そのもの。機材はB787で最新のものだからか、前席の液晶パネルにあるアプリも若干ハイスペックのようだ。航空機の現在位置を示すアプリも、平板な地図上だけでなく色々な視点を選べる。

20230806_07更にはコックピットビューのような視点もあって、ぱっと見フライトシムかと思うほどのクオリティだった。一応、高度や速度は実際の値を示していたようだが、バンク(機体の傾き)までは反映されておらず。また、地上の風景もある程度の高度まではそれなりに再現されていたが、着陸間際で高度ほぼゼロに近づいても滑走路が大写しにはならず、一定の高さから見下ろすだけの表示だった。

隣に座った次男坊は、同じパネルでもゲームに熱中、入れ込みすぎて画面のタップに力が入って前席の客の迷惑とならないかが心配だった。

ちなみに今回往復で利用した航空会社はエバー航空。台湾を本拠とする会社で、トレードカラーの緑は海運のエバーグリーンに似ているなと思ったら実際に同資本系列らしい。行き帰りとも機内食が出てお酒もいただけてなかなか良かった。

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たいわん紀行(総括編・1)

20230803_018月初頭、俄かに台湾へ家族旅行へ向かうこととなった。というのも、本来は結婚10周年記念で海外旅行をという構想があったのだが、その当該年の2020年には新型コロナが直撃、旅行どころではない情勢で、これを見越して準備していた私と次男坊のパスポート有効期限が今年中に期限切れという事態となり、行くならいま、どこがいいかは近場で魅力もある台湾へ、となったものである。

関西空港へたどり着いたはよいが、飛行機の出発は遅れることとなった。

20230803_02というのも、出発日8月3日時点で台風6号が沖縄あたりを直撃中で台湾に近づきつつあり、台湾の空港自体はまだ稼働しているものの、台風を回避するためか航空路が混雑しており、当初の案内では3時間遅れとのアナウンス、その後は1時間遅れに変更と、ドタバタの状況であった。

20230803_03ちなみにこちらの進路予想図はもうしばらく後のものだが、驚くべきことに台湾に近づきはしたものの直撃はなく、急に方向転換して台湾からは離れていくことになった。

着陸地点の桃園空港も強風域にはかかったものの、不幸中の幸いで風向きがちょうど滑走路正面だったため、空港の閉鎖はなかった。ただし、着陸間際の揺れは相当なもので、子どもたちも顔面蒼白になりながら何とか耐えていた。

降りてしまえばこっちのもので、空港で現地の台湾ドルに両替、台湾で使えるSIMカードの入手(5日間、データ通信のみなら容量無制限で300ドル(約1500円)とかなり安い)、本当は持参したSIMフリーのモバイルルータで拾うつもりだったがうまく行かなかったので自分のスマホのSIMを差し替えて相方のスマホはテザリングでぶら下がる形とした。

また、台湾の交通系ICカード(現地語では「ヨーヨーカ」、日本語なら「ゆうゆうカード」)も入手の上、MRTで台北中心部へ向かう。それにしても、台風接近ということもあり、空港も駅も人は閑散。ホテルにたどり着いたが、その日は何か観光という余力もなく、ホテル近くの中華料理をテイクアウトして夕食となった。
20230804_01翌日8月4日。記事の日付とはずれるがこのまま記載。台北市内は雨は降っていない。さほど強風でもない。

朝食を入手すべくホテル近くのコンビニに向かうまでの間に通りかかった路地を撮影。結構早くから特に食材関係の店が営業している。

20230804_02この日の早朝にネット通販で台湾新幹線の海外旅行客向け乗り放題パスを購入したのだが、引き換えはできても利用は翌日以降でないと不可ということがわかり、この日は台北から北東方向にやや離れたところにある、有名な観光地「九份」を訪れることにした。夜景が特に美しいと言われているが、混雑もその分激しいとのことなので、あえて平日(この日は金曜日)の日中早めの時間帯で裏をかく作戦。

台北から直行バスもあるようだが、ここはあえて鉄道(在来線。台湾では「台鐵」と言われる。なお、鉄道編は別項にてまとめることとする。)を選択、普通電車に1時間弱ほど揺られて瑞芳(ルイファン)駅へ、そこからタクシーで九份老街へ向かった。クネクネの急な山道を登っていく。下から登っていく方向もあるが、おそらく楽だろうということで高い方から降りていくルートに。

20230804_03そもそも九份というのがどういうところなのかもろくに知らずに訪れたのだが、昔々に金鉱山があってその麓で栄えた町並みが、鉱山閉鎖とともに寂れていたところ、当時のレトロな雰囲気が残ったままということが観光資源として再発見されて一大観光地として脚光を浴びているということだそうだ。

狭い路地の両脇に飲食や土産物を中心とした店が居並ぶ様は、京都の錦小路を彷彿とさせる。ただし、山の斜面に展開しているので階段の箇所も多い。時間帯を工夫したこともあってさほどは混雑していない。こんな狭い道だが荷物輸送のバイクが通り抜けたり、何故か店で犬が飼われていることが多く、そうした犬が人に紛れて闊歩するなど、随分と猥雑な雰囲気。

やや昼ごはんには早かったが子どもらがお腹すいたというので飲食店に入る。魯肉飯や肉団子のスープなどをいただく。しばらくしたら客が増えだして満席に。早めに入っといて正解だった。

20230804_04階段を下っていくと、ルートから脇にそれた一角にカメラを構える観光客が立ち並んでいた。何だろうと寄ってみると、その一角から居並ぶ店を眺めると、よく九份の観光ガイドに出てくる風景ズバリのものが現れた。ああ、あれはここから撮っていたのねえということがよくわかった。思ってたのとはだいぶ違ったが、現物を見られて満足、納得。

夜にでもなればなお一層「千と千尋の神隠し」に出てきそうな雰囲気となるのだろう(ちなみに、ジブリ自体は、ここがモデルではないと表明している)。そういえば土産物屋でもジブリグッズ、とりわけカオナシなどの千と千尋系をよく見かけた。
台北に戻ってこの日の後半戦は北投温泉に向かうが、温泉編もまた別項の記事にまとめた。
20230804_05
滞在2日目の夜は、天候も落ち着いたこともあり、ホテルから歩いて程なくの所にある夜市に出向いて晩ごはんに。これもグルメ編を別項としてまとめている。
総括編・2に続く)

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6年ぶりの甲子園

20230716_16年ぶりぐらいで、阪神甲子園球場を訪れる。ブログを振り返ると2017年にも訪問していたことをすっかり忘れていた。

長らくのブランクとコロナ禍を経て、すっかり様相が変わってしまったことに驚く。以前は、缶ビール持ち込みは禁止ではあったが、入場の際申し出ると紙コップに移し替えてなら持ち込める、となっていたのだが、2年前から紙コップ提供サービスは終了し、缶ビールは、その場で飲みきってしまうか、"自身で購入した"紙コップに移し替えて持ち込むのでないとアカンそうだ。それで甲子園最寄りのスーパーでペットボトル入りのビールを売っていたのか、と合点が行った(∵ペットボトル飲料は持ち込み可のため)。

また、ジェット風船買うの忘れた!と思ったのだが、コロナ禍以降禁止されており、未だに禁止状態なのだそうだ。そういえば先のスーパーでも一切売られていなかったな。

確保した席は三塁側、アウェーの中日ドラゴンズ応援団が後ろに陣取る。試合開始の18時になっても、西日はまだ高く、暑い。

20230716_2長男坊はおそらく3回めぐらいの甲子園になるが、以前のことはよく覚えていないらしい。そりゃ当時4歳だものな。次男坊はこれが初めての甲子園。

たまたまこの3連戦は子ども向けキャンペーンをやっていて、入場時に小学生以下の子どもにはタイガースの法被がプレゼントされ、スコアボードの選手名も全てひらがな(このパターンは以前にもあったな)、そして選手登場時には、それぞれの選手の子どもの頃の口ぐせが紹介されていた。

それにしても、各選手のプロフィールの生年月日を見るに、自分が大学生の頃やん、就職してからの年やん、と、自分が随分歳をとったことを痛感させられた。

20230716_3試合の方は、中日の先発メヒアが好調で、阪神打線は無得点での完敗。今シーズンは首位を走っててチームは好調だったんじゃないのと思ってたのにこの有り様。

翌日の同カードでは阪神勝利だったそうなので、ツイてないねえ。

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JAXA相模原キャンパス

20230622_014年ぶりに、某業務で関東方面に出張の予定が入ったので、その経路上に近いJAXA相模原キャンパスを訪問することにした。

最寄駅のJR横浜線淵野辺駅は、発車時のメロディが標準の「Verde Rayo」ではなく銀河鉄道999(ゴダイゴの方)となっている。駅を降りると、「はやぶさの故郷 さがみはら」の看板がお出迎え。

20230622_02徒歩20分弱程で、JAXA相模原キャンパスに到着。施設入り口の看板には「国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 ISAS/JAXA 宇宙科学研究所」という物々しい名称が掲げられている。

この看板、はやぶさ(初代の方)の映画でも映ってたシーンが確かあったな。

20230622_03守衛所に聞いたら、見学の人は交流棟に行って受付をしてください、とのこと。受付といっても、名前を書いて、相模原市内在住か県外在住かを丸付けして、見学者用のワッペンをもらって服に貼っておいてください、という簡単なもの。コロナ禍の最中は事前予約とか色々制限があったようだが、現在は特に何も制約なくふらっと行って入れる状態。

交流棟の建物内はちょっとした博物館のようになっており、宇宙探査機のレプリカなどが展示されている。現在も任務遂行中のはやぶさ2の実物大模型が目を引く。

20230622_04こちらは水星探査計画「ベピ・コロンボ」において、現時点で水星に向かって飛行中の探査機「みお」のミニチュア模型。2018年に打ち上げられ、欧州の探査機ともニコイチで飛んでおり、水星到着は2025年の予定とのこと。結構かかるねえ。

20230622_05はやぶさ2がドッサリとサンプルリターンを果たした小惑星リュウグウの模型。よくもまあこんなにゴツゴツデコボコの表面に降りられたものだ。

画像ではわかりにくいがタッチダウンした地点などに赤い印が付けられている。

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屋外にも展示物があって、これはM-5ロケットの実物大レプリカ。あまりにもデカすぎて画角に収まりきらない。
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キャンパス内には普通に食堂があって見学者も利用可能。大学の学食や企業の社員食堂のようなイメージだ。だからお値段もごくリーゾナブル。

一番高価だったスペシャルメニューですら700円だった。せっかくの機会なのでそれをいただく。このキャンパスで普段から勤務・研究しているであろうスタッフらの中に紛れて昼ごはん。自分の人生でも、世が世ならこういうところで働くというシナリオがあったかもしれないのになあ、としみじみ思う。
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これまた普通に売店があって、大学生協のそれとほとんど変わりはないのだが、ここならではのお土産もいくつか売られていたので買って帰る。フリーズドライの宇宙食で、たこ焼き、プリン、バニラアイス。いずれも、元の形に戻るわけではないが、スカスカの軽いせんべいのような固形ブロックをかじってしばらくすると、それらを食っている際の口の中の状態と同じになった。ネタとしては面白いが、毎日これではちょっと耐え難い。

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京都ハンナリーズ応援

20230423_1某筋より、京都ハンナリーズの応援に行くべしということでチケットが流れてきて、すごく久しぶりの西京極総合運動公園にある京都市体育館を家族で訪れた。

そろいの応援Tシャツが支給されるので着用。プロ野球の観戦はかつて何度も経験しているが、プロバスケットボールはこれが初めて。甲子園球場でも某ホーム球団びいきのイベント進行はよく承知しているので似たようなことがあるかなと思ったらまさにその通りだった。相手チームの入場は淡々と進めるが、ハンナリーズ選手入場は、さながらプロレスのそれのように一人ずつ鳴り物入りで登場。音の大きい演出で次男坊は怖いと泣き出す有様。

20230423_2この日の対戦相手は島根スサノオマジック。全然バスケに詳しくないので後追いで調べたら、西地区の1位(試合当日時点)でCS進出も決めている強豪チームだった。道理でシュートの精度とかも一枚上手で、前半はハンナリーズ劣勢で折り返したわけだ。

しかしそこは地元の地の利を生かして後半から追い上げて同点に追いつき、終盤で逆転に成功。そりゃあ会場は盛り上がるさ。最初怖がっていた次男も、最後の方では「Go!京都!ハンナリーズ!!」と大声を出していた。

20230423_3というわけで試合結果は京都ハンナリーズの勝利。この前日は同カードで負けていたそうだからいいところを見られてよかった。

ちなみに、バスケでは、防御側に回る際も、「ディーフェーンス!」と大声と手拍子で応援しないといけないというお作法だ。某有名バスケ漫画でちらっと見たことのある「ディーフェーンス!」とのセリフはこれだったのねと初めて現場を体験した。プロ野球の場合は守備の際は静かに休めるので、それと比べるとかなりしんどい話だ。バスケでは長くても24秒で攻守が入れ替わるのでそれも目まぐるしい。スポーツによっていろいろ特徴があるのねということも実感した。

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皆既月食&天王星食2022

221108_12022年11月8日、皆既月食となり、この日晴天が多かった日本各地でも観察することができた。国立天文台によれば、皆既食となるのが19:16、皆既食の終了が20:42と、地球本影のかなり真ん中近くを通るので長めである。

1年前のほぼ皆既日食でも用いた一眼レフカメラ・ニコンD5600に今回も出動させ、まだ部分食の状態のときに撮ってみたら、イマイチ。まだ明るい部分は白飛びし、逆に欠けてきた部分は真っ黒で、肉眼での見た感じとだいぶ違う。

肉眼での観察には、こういう時ぐらいしか出番のない双眼鏡、ニコン・エスパシオ10*40を用いた。

221108_2しかし、皆既食となってから改めて撮ってみると、結構よく撮れている。肉眼での見た目よりはだいぶ明るめに写っているが、クレーターなどもよくわかる。

それで、今回の皆既月食で特筆すべきは、この皆既食中の月の後ろに天王星が隠れる天王星食が同時に起こることである。過去同じ現象が起きたのは何と442年前の1580年とのこと。そして今後同じ現象が起きるのは322年後の2344年と、一生に一度どころではない超激レアイベントなのだ。

天王星の潜入開始時刻は観測地によって異なり、国立天文台サイト情報によれば京都で20:32。大阪でもこれとほぼ同じ時刻だろうということで待ち構える。双眼鏡で見れば、確かに天王星も月のすぐそばに見えている。というか、これが天王星だとまじまじと観るのは生まれて初めてかもしれない。

双眼鏡で見れば天王星はわかるが、カメラのファインダーでは確認できない。というわけで大体の時刻で当てずっぽうに何枚か撮ったうちのワンショットがこれ。奇跡的に潜入開始の瞬間が撮れていた。(画像クリックで、トリミングしたのみの、生の解像度画像を表示)

それにしても、月食の時刻に関しては観測地がどこであっても違いはない(ただし、月の見かけの高度や方位は異なる)一方、天王星食の時刻は観測地でだいぶ差が出るというのは面白い。位置関係を考えれば当然ではあるが、いい地学の問題に使えそうだ。

さて、約300年後の同イベントを、我ら人類の子孫は平和裏に眺めているだろうか。

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新型コロナウイルスに感染

8月1日、夕方ぐらいからだったか、喉の痛みと若干の鼻水、だるさを感じるようになった。そして仕事帰りの電車で、明らかに体調がよくないなと自覚。帰宅して体温を計ると何と38℃台の高熱。即座に自宅2階の一室に幽閉された。風呂も他の家族が全員入ってからの最後に入る。お湯をかけても暖かいと感じず、水をかぶっているような感覚と悪寒。これはヤバい。とにかく寝ようと床に就くも、体が火照って眠れない。たまらず自宅にあった解熱剤を服用して、その後ようやく眠れた。

翌2日、朝体温を計ると36℃台後半に下がっている。仕事は休みにして、隔離継続。食欲も味覚も嗅覚も問題なし。ところが夕方頃からまた熱が上がり始めた。37℃台後半から38℃近く。解熱剤の効果でいったん下がっていただけのようだ。こりゃダメだ、観念して明日はコロナかどうかの検査を受けようと決断する。既に世間では新型コロナ第7波が押し寄せており、発熱外来はどこもパンクしているため、大阪府ではちょうどこの日に報道発表で、発熱外来以外でも検査する体制を明日3日からスタートすると表明した。ちょうどいい、これを使おう。

8月3日、大阪府のホームページに新検査態勢で検査を受けられる施設が掲載された。要は、これまで無症状の人を相手に無料でPCR検査等を行っていた各施設で、有症状の人(ただし若年者に限る)も検査を受けられるようにし、その検査結果をもってオンライン診療でコロナ感染かどうかの診断をする、というスキームである。

しかし、導入初日、検査可能な施設の数は少なく、居住する自治体内には該当なし。ちょっと離れた市にある施設に電話してみても全くつながらない。予約はホームページから受けると示された施設でも、ホームページ上にそんな申し込みページは一切なし。何というグダグダぶり。仕方ないので、従前のスキームである発熱外来を予約しようとしたが、一件目では既に満杯ですと断られ、次の医療機関でこの日の夕方遅くならかろうじて空きがあるとのことで予約。

夕方遅く、予約した内科クリニックへ車で向かう。受付は部屋には入らず、外の廊下部分。やがて防護服を着たクリニックの担当者が、細長いこよりで鼻の穴にブスリ。検査結果は電話で伝えるので、車の中で待つようにと告げられた。1時間弱ほど待って、携帯に電話がかかってきた。陽性だった。保健所への報告等は当該クリニックが行う、保健所からの連絡は(パンク状態のため)無いので、体調に不安があればクリニックに電話することとして、10日間(発症日は8月1日でのカウント)の自宅療養となった。薬も処方され、車でそのまま待っているよう言われた。さらにしばらく待って、薬局の人が車まで薬を持ってきてくれる。料金はと聞くと、公費対応だから自己負担無しだそうだ。そういえばクリニックでの検査でも、初診料3000円は支払ったが、検査代そのものは払わなくて済んだ。処方された薬を飲んで寝る。

8月4日、熱は36℃台。この日以降は平熱のままだった。携帯に保健所からのSMSが届く。厚生労働省のシステム「ハーシス」に登録せよ、そして体温や体調などを入力せよと記載されていた。接触者の検出アプリ「COCOA」にも入力せよと記載があったが、このアプリはそもそも使っていなかった。手持ちのタブレットのAndroidバージョンがやや古く、Bluetoothの脆弱性が回避できないので、Bluetooth付けっぱなしが前提のこのアプリを使うわけにはいかなかったのだ。

というよりも、今回のこの発症、感染経路に全く身に覚えが無かった。先日の箱根旅行が真っ先に疑われるが、長時間車の中で一緒だった家族には発症者皆無。職場でもコロナ陽性となった人はいたが、タイミング的にずれているし、そもそも職場でクラスターは発生していない。実は7月31日から、普段の職場とは異なる場所に、まさにコロナ関係業務支援のため派遣となっていたので、こちらの方がむしろ疑わしい。しかし、その派遣先でその後他の陽性者等は出なかったそうである。

以降、「座敷牢」状態の隔離生活が続く。食事は相方氏が用意して部屋のドアの前に置かれる。風呂は常に私が最後、トイレは我が家に2つあったので、1階のトイレを他の家族、2階のトイレは私専用で他者使用禁止。これだけ厳格にやったおかげで、ついに家族間での感染拡大は防がれた。実は、子供の保育所つながりで他の家庭でも感染事例は複数出ており、そのほとんどが家族間でも感染して一家全滅のパターンだったのだが、唯一家族間感染をさせなかった家庭があり、そこはママが医療従事者だった。そこの隔離策を参考にしたということらしい。

濃厚接触者となる家族の場合、発症者の発症日または隔離を開始した日のいずれか遅い方の日をゼロとして5日間(以前は7日間だったが社会的支障が大きいためその後短縮された)、外出制限を求められる。この間は宅配サービスの利用や義母に買い物代行してもらってしのいだようだ。

私の方は8月1日をゼロとして10日間のため、8月11日までが自宅療養期間、8月12日で解除となった。お盆の週末には家族旅行第二弾の予定が入っていたのだが、台風が接近したため中止となった。ちなみに仕事の方は、在宅勤務ができる端末を持ち出しており、メールでのやりとりはできたため、復帰後未読メールの山に埋もれるということは無かった。こうして、コロナ感染という「罰ゲーム」は終了した。

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免許更新2022

220615_15年ぶりに運転免許更新の年が巡ってきた。午後休みを取って地元の警察署へ赴く。

ありがたいことにずっと5年置きをキープしているが、その間にコロナ禍が勃発したため、運転免許試験場だろうが警察署だろうがWebで事前予約をして、その際発行するQRコードをスクショして持って来い、という運用になっていた。時間指定もされているのだが、少し早く着いても特に待たされず手続き開始。

警察署の建物は相変わらずのボロさながら、手続き自体はかなりIT化が進んでいるようで、従前の免許を何かの機械に通して暗証番号2種類を登録したら、申請用紙に既に氏名住所等が印字された状態で出てきて、住所変更が無ければ、手書きで書き足すのは電話番号のみであった。また、手数料も、以前は収入証紙を買う必要があったが、証紙が廃止になって、会計窓口で現金を払えばそれで終わり(支払い済みを証明するバーコードの印刷された紙切れを渡される)となっていた。残念ながらキャッシュレス決済は不対応のようだ。

さて交通課の窓口に戻って更新時の視力検査。これについては以前から視力の衰えを痛感していたので、2020年に一度眼鏡を更新したのだが、尻餅で踏んづけて壊れ、フレームのみ買い直したのにまた壊れてコストコで一から買い直すというなかなかに悲惨な経過があった。

その甲斐もあって視力検査は難なくパス。ところが、大型免許では追加で必要な深視力検査で大苦戦。全然合わない。中腰の姿勢もツラいしマスクで眼鏡が曇る。少し休憩してから再挑戦でもいいですよといわれたので、ありがたくそうさせてもらって、周りに外の更新手続き者がいなくなったタイミングでゆっくり時間をかけてどうにかクリア。

220615_2後は交通安全協会で30分の講習受講。5年も経てば道路交通法もいろいろ改正され、あおり運転やスマホ見ながら運転の厳罰化、自転車でも交通違反は講習対象、高齢者の更新時手続き厳格化、準中型免許区分の新設など様々あった。

「中型免許」という区分自体、10年前の免許更新で初登場だった。普通免許を持っていても、古参ドライバーだともはや「普通」の文字が記載されない。ちなみに、5年前の更新時に本ブログでは何も記事を書いていないようだ。

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