日記・コラム・つぶやき

平成30年大阪府北部地震(1)

平成30年6月18日午前7時58分、大阪府北部を震源とするM6.1の地震が発生した。
その時は家族全員がまだ家にいて、息子二人はダイニングテーブル脇の椅子に座っており、自分は掃除機をかけているところだった。最初にグラッと来て、普段なら初期微動継続時間を計るのだが、そんな暇もなく瞬時に大きな揺れが襲う。「地震だ、デカい!」と叫ぶと、ダイニングテーブル脇で座っていた次男坊がギャーッと悲鳴を上げたので、相方がそばに飛んで行って抱きあげた。自分は何をしていたのかよく覚えていないが、ようやくブザーが鳴った携帯の緊急地震速報に「遅いっ!」とツッコミつつ、揺れが収まる頃になって食器棚の開放防止ロックをかけていた。ちなみに食器棚は転倒も中の食器の飛び出しもなかった。突っ張り棒をしていたおかげだろう。幸いにして部屋の中で落下物はなく、パントリーのワインボトルが倒れていた(割れていはいない)のと、外の自転車が倒れていた程度。

急いで携帯のワンセグでテレビを見る。余談だが我が家ではちょっと前からテレビを撤去してしまったので、普段はテレビのない生活で、朝にラジオのネット放送を聴いている。報じられている震源地は、大阪府北部…って、直下ではないか。震源地の高槻市やその周辺で震度6弱。でも我が家の近所では、家が倒れたとかはなさそうだ。

180618_1こんな状況ではあるが、とりあえず相方が次男を保育所に預けに行く。預け終わって家に戻った相方が言うには、保育所に行く途中の幾つかの家では瓦が落ちていたり、石灯籠が倒れているところもあったとのこと。

なお、いったんは子供を預かってくれた保育所だったが、結局この日は臨時休所となり、再び子供を引き取ることとなった。親の仕事の都合ですぐには迎えに来られない、長男坊の同クラスの子供もついでに我が家で過ごしてもらうこととなった。

180618_2やがて上空には複数のヘリが飛び交う音が聞こえてきた。それらの空撮映像が臨時モードに切り替わったテレビで生中継されている。地元民がよくわかっていない周囲の光景が、テレビではいち早く報道されており、それを見て状況を知る、という何だか滑稽な状況だ。新幹線が止まっている映像、水道管が破裂して水が吹きあがっている映像などが流れてきた。これは結構ひどい被害になっているのか。そして、小学校のブロック塀が倒れて児童が心肺停止と速報が流れる。ああ、ついに、犠牲者が出てしまった。

鉄道は完全にマヒした。近所の阪急京都線でも、快速急行が途中で止まったままで動かない。踏切をまたいだ状態で停車しているので、通行にも支障が出ている。掲載画像は地震からだいぶ時間が経った後の様子。ドアを開け、乗客が線路に降りはじめている。それでもまだたくさんの乗客が車内に残ったまま。通勤時間帯だったので車内も込み合っており、中には長時間立ちつくして気分が悪くなったのか、線路脇にぐったりと座り込んでいる人もいた。結局この日は深夜になるまで鉄道が動き出すことはなかった。

JR、阪急とも動きそうな気配は微塵もなく、とても通勤できる状況ではなかった。むしろ通勤のために電車に乗っていなかったのは幸運で、たまたまこの日は子供を保育所に送る当番の曜日だったから遅くまで家にいたのであり、そうでなければ地震発生時は既に電車に乗っている時間帯だった。午後になってから、地震当時既に梅田近辺に出勤しており、歩いてこちら方面に向かい帰宅中だった義母を回収すべく、車に乗って出かけたのだが、ごく近所でさえかなり渋滞気味であり、これはとても無理だろうとすぐに引き返した。その後、相方が自転車で迎えに行って、合流後義母に自転車に乗ってもらい、当人は走って一緒に帰るという形で救援した。

なお、地震直後も、我が家のライフラインについては、電気・ガス・水道・ネットとも一切途切れることなく健在なのは強運だった。茨木市内の親戚宅も含むかなりの軒数が数日間ガスが不通だったり、同じ高槻市内のマンションにある実家では給水タンクが損傷を受け数日間断水した。ちなみに地震当日の夕方頃に、高槻市内で広範囲にわたって断水するとの情報が一時流れたのだが、他の自治体からの応援給水を確保して辛くも免れたそうだ。こうした情報が、相方も参加している、保育所のママ友LINEグループで飛び交っていたようだ。

情報関連で言えば、地震直後は当然輻輳するだろうから携帯電話は掛けなかったのだが、実家に安否確認のつもりで送ったキャリアメール(ドコモ)も送信できない状態だった。一方、ネット上のSNSは、Twitter、Facebook、LINEとも問題なく送信・閲覧できるようだった。振り返ってみればLINEグループが安否確認には一番便利だったという状況。昼過ぎになってから、小学校時代の恩師から電話がかかってきた。それまでずっと電話をかけてもつながらない状態だったそうだ。というか、だからこそ輻輳が起きてしまうわけなのだが。

長くなってきたので、一旦ここで切って、今回の地震の検証等は別記事で改めることとする。

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さらばANAカード

180525自分の持っているクレジットカードのうち、メインで使うものは、数年前からJR西日本のJ-WESTカードにSmartICOCAの電子マネーとなっている。その昔は、JCBのANAカード(&電子マネーはEdy)をメインにして、いわゆる「陸(おか)マイラー」として、カードの利用ポイントを貯めてANAマイレージに変換し無料航空券をゲットするという戦略を採ったものだが、航空機に乗る機会が激減し、使われなくなっていた。

そして久しぶりにそのANAカードの利用記録をWEBで調べたところ、引き落としは0円かと思ったら2160円の記録が見つかった。何じゃこりゃ、と思ったら、カードの年会費だった。そう、ANAカードのクレジットカード連携型には、年会費0円というものはないのである。

アホらしい、カード退会や、と思ったが、今後もまれには航空機に乗ることもあるだろうし、わずかだがマイレージ残高もある。そこで調べたところ、クレジット連携なしの、単なるマイレージだけが貯められる、いわば素うどんのようなANAマイレージカードもあり、それは年会費無料ということがわかった。新規でこのカードを使うタイプのマイレージ会員を登録し、従前のカードの会員番号と「マイレージを統合する」という手続きをマイレージの会員サイトで行い、メインのカードをこの新規の方にすれば、従前のクレジットカードは退会してもマイレージは引き継がれる。これで晴れて年会費だけが取られ続けるクレジットカードを退会することができた。カード退会もWEB上で手続き可能だが、退会手続きの入り口がわかりにくいのと、手続きを始めても、「まだ止めないでー、こんなにメリットあるしー」という説明ページを3つぐらい延々見せられて辟易した。そんな引き留め策が私に通用すると思っているのか。

新たな「素うどん」マイレージカードは、まだ手元に届いていないが、Edy機能もない安っぽいプラカードになるそうだ。まあ年会費無料だし、めったに使わないだろうから、そんなもんでいいだろう。それにしても、数年間年会費を無駄に払ったことが悔やまれる。


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いちごのツブツブが外側にある理由

Strawberry長男(4歳)がデザートのいちごを食べていると、「何でいちごの種は外側に付いているの?」と聞いてきた。「それはなあ、いちごが進化してくる中で、それがいちばんいいと判断したからや」と言いつつも、ネットで調べてみたら、びっくりした。

「種」だと思っていた、いちごの外側にあるツブツブこそが本来の「果実」であり、赤い(内部は白い)部分(要は食用となるメイン部分)は、「花托(かたく)」という、萼(がく)とか茎の方が発生学的には近い部位だそうである。こういった、果実のように見えて本当は果実ではない果実のことを「偽果(ぎか)」と呼ぶのだそうだ。
(参考例:JAさがのページより
従って、質問に正確に答えるのなら、いちごの「種」も内側にある(「実」であるツブツブの中心に「種」があり、その周りには果肉がほとんどない→そういうのを「痩果(そうか)」というそうだ)。実のように見える赤い部分は、花托が肥大化したもの。が正解であろう。

…と、これで一件落着かと思いきや、さにあらず。よくよく考えれば、長男にとって、いちごが偽果でありツブツブが本来の果実であることはどうでもいい話であり、当初の質問を言い換えた「なぜいちごのツブツブは(中心部ではなく)外側に配置されているのか」には何ら答えていないではないか。

そこで改めてネットで調べてみると、地方独立行政法人北海道総合研究機構が掲載しているページが最も正面から答えているようだ。

 いちごは、受精後、種子をのせている、種子の内側にある花床が肥大して食べる果実となります。ですから、花床の外側にある種子は果実の外側にあるわけです。
 一方、りんごは種子の外側にある花たくが肥大して食べる部分となりますから、種子は食べる部分の内側にあるのです。つまり、肥大して食べる部分が種子の内側か外側にあるかによって種子のある場所が違うのです。
地方独立行政法人北海道総合研究機構のページより

話は逸れるがりんごも「偽果」だった(りんごの芯の部分が本来の果実相当箇所)。今度こそこれで決着だろうか。いやまだだ。メカニズムとしては上記のとおりだが、何故外側にしなければならなかったか、には答えられていない。

さらにネット検索を続けると、いちごを種から育てることについて書かれた記事を見つけた。そこでは、「イチゴは、好光性種子…日が当たらないと、芽が出ません」と記されている。これだ。もし種がいちごの中心部分にあると、日光が当たりにくく、発芽しない。

いよいよ決着か。残念、まだ足りない。何故花托が肥大化する必要があったのか、に答えていない。ここで、Wikipediaのイチゴの項目や、イチゴの原種は当初ケーキの装飾用として使われていたと述べるページ、さらには、植物全般に言える、種子を移動させる戦略(参考ページ)について合わせて考えていくと、おぼろげながら答えが浮かび上がってきた。以下、それを文章にしてまとめてみた。

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植物は、自らは移動できないため、その種子をいかに様々なところへ散布させるかということが生き残り戦略上一つの大きな課題となる。風に乗って飛んでいくもの、水に浮かんで流れていくものなどもあるが、種子ごとその実を動物に食べてもらい、その動物が移動した先で糞として出てくることで、離れたところでの発芽を果たすというものも少なくない。いちごの祖先も、そのような選択をした。

さて、動物に食べてもらうためには、自身の実を動物に見つけてもらわなければならない。緑の葉が生い茂る中で、緑の補色となる「赤」は目立ち、見つけてもらいやすい。また、動物にとってのインセンティブとなるよう、大きく膨らみ、栄養ある食べものとなるよう変化することが、より好んで食べてもらえるので有利となる。そこで、いちごの祖先もそのような「実」を作ることとした。だが、膨らませる部分を、一般的な果実における「子房」ではなく、「花托」とすることを選んだ。それは、いちごが「好光性種子」であるため、子房を膨らませると、果実の中の方に種子が取り込まれる形となり、その後の発芽で不利となるからであろう。かくして、実(ただし正確には「偽果」)の外周部に種子(ツブツブ)があるという構造の原型が出来上がった。この頃のいちごの祖先は、野イチゴのような実をならせていたのだろう。

その後、動物の中でも特に高い知能を持ったヒト(人類)が現れ、他の動物と同様にいちごの祖先の実を食べた。あるいは、鮮やかな赤色の実を、食材の装飾として用いた。ところが、突然変異や種の交雑等で、たまたま甘い実がなったり、大きな実がなることもあった。人類はそうした実を特に好んで選りすぐるようになり、さらには品種改良で、人為的に人類が気に入るような種へとどんどん作り変えていった。それが、今の「いちご」に至るのだ。もはやこうなると自然に種で発芽して、と言う増え方ではなく、株分けしたものを次々植える、言わばクローンによる増殖、しかも、いちご独力での自身の種の維持はもはや不可能で、大部分が人の手助けで維持しているという状態である。
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ここまで書いてみると、最初に苦し紛れで「イチゴが進化してくる中で、それがいちばんいいと判断したから」と返したのが、ざっくり言えば当たっていたということに気が付いた。

そして、上記の見解の趣旨を、なるべく平易な言葉で長男に説明してやった。ところが、長男の感想は「よくわからない」だった。何でやねん。

とまあ、壮大な徒労に終わってしまったが、大人では当たり前過ぎて疑問にも思わないことを、素直に「なぜ?」と問える、子供の純真さには驚かされる。おかげでこれだけのたくさんのことを考える機会を得られた。昔の人はうまく言ったものである。「一期一会」と。(違)

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パラダイス☆文書

ようこそここへ 稼ごうよパラダイス
祖国(くに)の年貢抜いて

マルサは見えない しゃかりきバミューダ
夢の島までは捜せない

租税惜しがるセレブ達
さもしそうだねその瞳 Ah ついておいで
しけったままの税制じゃ 欲の深さを計れない Ah
ましてカネは稼げない
スーツケースの中に
財の限りを詰めて 詰めて行こう

ご機嫌いかが ガメろうよパラダイス
欲望の性質(さが)ギラリ

マルサは追えない しゃかりきケイマン
夢の島まではガサ入れ無い

Okanemochi


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永遠の0(ゼロ)

Zero百田 尚樹 著、講談社 刊。

(版元の紹介文より:)「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、1つの謎が浮かんでくる――。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。(ここまで)

「探偵!ナイトスクープ」の放送作家としても有名な百田氏は、小説作家としてもヒット作を連発しているが、そのデビュー作がこれ。今更、遅ればせながらで読了。

「必ず生きて帰る」「命を失いたくない」。当時の帝国海軍パイロットとしては異例の意思を持つ、主人公の実の祖父・宮部。主人公は、祖父のかつての戦友達に次々とインタビューしていくが、片やいつも臆病で周りを気にしてばかりいた、まともに戦おうとしていなかったという証言があるかと思えば、一方で操縦技術はずば抜けていた、ひとたびドッグファイトとなれば無敵だった、僚機を一度も失うことなく、何度も命を助けられた、理不尽な上官には昂然と異論を唱えた、など、矛盾する人物像が錯綜する。複数の伏線が最後には主人公のルーツにも関わって一つとなり、真相が明らかに。

家族への愛を貫いたある一人の戦闘機パイロットのドラマ。一見するとそうにも見えるが、私の思いはもう一つ別のところにある。筆者は、劇中で主人公やその姉に語らせているとおり、当時の軍部首脳の作戦立案の無能さ、人命軽視の風潮、官僚主義的な発想による組織の機能不全、これらを痛烈に批判しているのである。更に言えば、現代社会でも、この時と同じことが平然と繰り返されているだろう、という強いメッセージだと受け止めた。

振り返っても見るがいい。業績をよく見せんがために、会計書類の改竄を平然と行う企業、商品のカタログ数値の偽装を行う企業、社員を残業漬けの勤務に就かせ、自殺者が出ても迷惑なことが起きたぐらいにしか考えていない企業。戦時中の話ではなく、どれもつい最近の話である。民間でも役所でも、トップ・幹部のええカッコしいやメンツのために立案された無駄な作戦・目標によって、振り回されるのはいつも末端の兵隊である。

かつて不景気によるリストラの嵐が吹き荒れた。それによってV字回復を遂げたともてはやされた企業や、コストカッターと崇められる経営者もいたが、会計の基本を知っていれば、リストラして一時的に会計状況がよく見えるのは当たり前のことである。しかし、クビを切られた従業員の持つ技術が海外に流出して、我が国の技術的優位性を揺らがせ、また、賃金カットや非正規雇用で低収入にあえぐ労働者は、当然余計なモノを買わないので国内消費は冷え込んだまま、いつまでたっても景気が回復しない。一企業の業績を糊塗するがために国全体は傾く。業績悪化は、兵隊の働きが悪いからではなく、経営者たる将校が無能だからだ。斬るべきは兵隊のクビでなく、将校のハラであるのだ。

一方で、兵隊たる労働者に対しても痛烈なメッセージが投げかけられていると思う。祖父・宮部の言動は、人間としてごくまっとうな感情だった。しかし、当時の社会ではそれが異端の扱いを受ける。今の社会でも、理不尽なまでに要求される仕事量の多さ、サービスを含む残業時間の多さ、家庭にも影響するような無体な異動命令などにあふれているのではないか。にもかかわらず、それはおかしい、と昂然と反発する機運はほぼ皆無である。端的に言うならば、昔特攻、今社畜である。おいお前ら、本当にそれでいいのか、との声が、この小説から発せられているのだと感じた。

なお、劇中に出てくるエリート新聞記者については、筆者の最近のSNS等での過激な発言等を見ていると、ああなるほどねと合点のいく役回りであった。その思想、是非についてはいろいろ厄介な問題をはらんでいるので、今回の記事ではあえて触れないでおくことにする。

それにしても、主人公の年代はだいぶ自分に近いところだと思われる。私の祖父は父方・母方ともに出征したそうだが、父方の祖父は自分が小学生低学年ころに、母方の祖父は高校生ぐらいのころに亡くなっており、大人となった状態で戦争の実体験を聞くことはないままに終わってしまった。実は、父方の大おじが100歳ぐらいまでの長命で、十分話を聞ける可能性はあったのだが、シベリア抑留を経験しており、周囲にも経験談を話したくない様子だったそうなので、これも聞けないままだった。小説内では終戦後60年だったが、今や70年を超えてしまった。そのとき大人だった人の話を実際に聞ける機会は、ほとんど失われようとしている。

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死都日本

Shitonippon石黒 耀 著、講談社 刊。

(版元の紹介文より:)西暦20XX年、有史以来初めての、しかし地球誕生以降、幾たびも繰り返されてきた“破局噴火”が日本に襲いかかる。噴火は霧島火山帯で始まり、南九州は壊滅、さらに噴煙は国境を越え北半球を覆う。日本は死の都となってしまうのか?
火山学者をも震撼、熱狂させたメフィスト賞、宮沢賢治賞奨励賞受賞作。(ここまで)

だいぶ以前から読もう読もうと思いながらその機会がなく、ようやく先日読了できた。SF小説では小松左京氏の「日本沈没」があまりにも有名だが、それよりも破局的噴火へと至る科学的メカニズムや火砕流、火砕サージの動き、ラハール(火山噴出物による土石流)などの説明が実際にありそうな精緻な描写なので、どんなホラーよりも戦慄を覚える内容だった。主人公らの逃避行がダイ・ハード過ぎるとか首相のK作戦とかがスマートすぎるというツッコミを補って余りあるSFパニック小説の傑作である。著者の本業は医師だそうだが、あまりにも衝撃的な内容が、実際の火山学者にも影響を与えたというのもうなずける。

小説内の個々にコメントしても切りがないので、個人的に感じたことをつらつらと。霧島連山や阿蘇山は実際に訪れたこともあり、その雄大な景色や豊かな温泉など数々の恵みを満喫したのだが、いざ噴火となると、かくも豹変するものなのだと恐れ慄いた。まさに神の意思を感じる世界だ。小説内でも、度々に古事記と火山の関連性について言及されているが、実はかなり当たっているのかもしれない。個人的には、旧約聖書の最初のくだりだって、まさに宇宙誕生・ビックバン以降の流れを示唆しているものと考えている。後の人々には理解しようがないので、神話にして語り継ぐしかなかったのだろう。

そうした先人たちの思いも虚しく、今に至っても噴火や地震で命を落とすことはなくならない。58人が亡くなった2014年の御嶽山噴火ですら、既に記憶が風化しかけてはいないだろうか。このことでもう一つ思ったのが、誰かは忘れたがプロ野球選手で名バッターだった人の話していた内容である。曰く、ヒットを打つために、どのようなコースで投球が来るかなどをいつも考える一方で、頭の片隅には、もしデットボールが飛んできたらどう避けるかも残しておかなければならない、ということだ。

噴火や地震はいつ起きるか分からない。また、その規模が大きい程、そのための備えは特に費用面において現実的ではなくなる。でも、普段の生活もあるので、デッドボールが怖いからといってバッターボックスに入らない訳にはいかない。しかし、だからと言って常にヒットを打つことだけを考えていると、まさかのデットボールが飛んできても、避けられずに当たって死ぬ。災害への備えとは、そういうことではないのかなと思った。

最後に、これを読んでいると(日本列島の)土地にこだわることの虚しさを感じざるを得ない。地球にとっては鼻息程度の噴火でも、日本ぐらいの土地ならば軽く一瞬で無価値になってしまう。もちろん、そのような噴火は我々の一生程度では起きないかもしれないし、明日起きてもおかしくはない。土地を買う時点で、生きている間にはそのような噴火はない、という方に賭けているギャンブルなんだなと思った。出来ることなら、一生遊んで暮らせるだけの資金を得たうえで、超安定陸塊のオーストラリアあたりに移住したいものだ。バッターボックスに立たなくて済むのが一番だ。

(くりりんの問わず語り「『地震と噴火は必ず起こる』」にトラックバック)

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二人目は難産

161208_12016年12月7日深夜、相方が、何となく痛みが周期的に来ると言い始めた。当人も陣痛とまでは認識していないようだったが、かかりつけの助産師に連絡すると、すぐ病院へ行きましょう、ということで、寝ていた息子ももろともに連れて産婦人科へ車で向かった。

診てもらうと、もう産まれてくるということで分娩室にスタンバイ。前回のお産とは違って、今回は助産師が基本的にサポートして、何か問題があったときだけ産婦人科医にお出ましいただくという体制になっている。子宮口は順調に開いており、定期的に訪れる陣痛もそんなに痛いと感じない(相方談)とのことで、5時ごろには出産かなとの見立て。経産婦ということもあり、今回も楽勝だろうと、この時は楽観していた。

ところが、終盤になって徐々に目算が狂い始める。どうやら一番狭いところを頭が通る段階で、停滞しているらしかった。出産予想時刻はとっくに過ぎた。すまぬ、頭のデカいのは父ちゃんの遺伝だ。そのうち陣痛も弱くなって押し出す力が足りないため、7時ごろから陣痛促進剤を点滴で投与しはじめる。一緒に起きて待っていた息子も、ついに力尽きて寝入ってしまった。

そこからも長かった。朝食のパンを買いに走り、休憩を取りつつ進展を待つ。上半身を起き上がる体勢にしたり、横を向いたり、ちょっとでも陣痛を強くできる方法をいろいろ探す。幸いなことに、モニターしている胎児の心拍数は、いきむことで一時的に低下してもすぐに回復してくる。丈夫な子だと助産師も感心。こいつはマラソンランナーになっても強いかもしれない。

再び息子が起きてきたが、あやすにも限界があったので、部屋を出て産院のキッズスペースで一緒に遊んでやりながらその時を待つ。10時ごろになって、もうすぐ産まれるとの知らせを受け、分娩室に戻るも、相方は痛いと絶叫するかなり凄惨な状況。息子は耐えられなかったようで、また二人して部屋を出る。そして、産まれましたとの連絡を受けてからようやく部屋に戻った。

161208_212月8日10時43分、第二子誕生。3060グラム、男児。10時間を超える大苦戦となったが、母子ともに正常。息子は弟ができ、お兄ちゃんになった。

二人目以降の出産は楽、と一般的には言われているが全く違った。まあ、前回に比べて、運動不足、体力の低下といった要素があったかもしれないが、とかく出産育児はケース・バイ・ケースの塊でマニュアルがあてにならない。

ともあれ、無事に生まれてきて一安心。ただし、この子が成人するときは自分はとっくに還暦越え。ここから先もまた長い苦難の道のりである。お互い、がんばろうな。

(くりりんの問わず語り「超安産を振り返る」にトラックバック)

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リオ五輪雑感

リオデジャネイロオリンピックが終了して、早くも1週間が過ぎた。今回もまた雑感を述べたいと思う。

まず、我らが日本選手団の活躍である。金メダルは12個と、アテネには及ばないものの前回ロンドン五輪の7個から大きく回復した。さらに特筆すべきは、銀・銅合わせた数では41個と過去最多を記録したことだ。以前から強かった競技以外にも、何十年ぶりとか、五輪史上初のメダル獲得となった競技が複数あり、このような成果につながっている。

もちろんメダルが取れるかどうか、その色が何かは単なる結果であり、結果だけを求めることには意味がないのだが、一つ思うには、全体的に日本がより多くの競技でメダル争いに絡めるだけの底上げがなされてきたことの表れなのかなと感じることができた。勝負事の世界だから、個々の競技で「絶対に勝つ」ということは不可能だ。ただ、勝てる可能性を3割から5割、5割から7割と高めていくことと、その可能性のある競技数を増やせば、多少の取りこぼしがあっても、全体での成果は当然に向上するという、数学で説明ができる話である。ナショナル・トレーニングセンターも一定の成果はあったと言えるだろう。

現に、金メダルが取れた種目も、余裕で圧勝というのは皆無で、ほんのわずかの差で勝てただけのことであり、例えばもし体操男子で内村選手が着地で一歩よろめき、ウクライナの選手がよろめかなかったら、結果は逆であった。女子レスリングで終盤残り何秒での逆転ポイントも、ほんの一瞬の出来事で決まった。お互い全力を出し切ってでの結果であれば、勝った方も決して奢らず、負けた方も、悔いはあっても納得はできるはずだ。

もう一つ考えられるのは、これは残念な話なのだが、ドーピング疑惑のロシア選手が多数不出場となったためライバルが減ったこと、ドーピング規制が厳しくなったために、ロシア以外でも今まで(バレないまでも)ドーピングで上乗せしてきたような国々は相対的に不利になってきたことが挙げられる。さらには、微妙なシーンではビデオ判定など客観的な証拠を採用するようになったので、審判による恣意的な操作がしにくくなってきたことがある。名指しこそ避けるが、審判を買収しているという疑惑のある国がメダルを減らした分が、日本をはじめ不正を行わず正々堂々と戦ってきた国々に回っているということも考えられる。時間はかかったが、ようやく正義は勝つという土壌に向かいつつあるようだ。

さて、オリンピックは終わったものの、リオデジャネイロパラリンピックはこれからである。相変わらずマスコミの取り上げ方には大きく差があるが、もはやマスコミには頼らず、ネットで情報入手というのも最近の大きな流れだろう。パラ出場の友人らの活躍を期待したい。

表彰台に乗る選手のイラスト(女性) by「いらすとや」

〔関連記事:「倫敦五輪雑感」(2012/8/12)、「銀・銅凱旋」(2010/3/3)、「北京オリンピック雑感」(2008/8/25)、「五輪で勝たねばならないか」(2006/02/24)、「ゴールド・ラッシュ2」(2004/8/23)〕

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熊本震災支援業務を振り返る(4)

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災害避難とアウトドアとの親和性について。

今現在はもう撤収されてしまったが、支援に向かった当時は、避難所の隣の陸上競技場内にテント村が設営されていた。これは行政の公式なものではなく、アルピニストの野口氏らがいわば勝手連的に立ち上げたものだ。このテント村設置は、野口氏の呼びかけと、その支援を申し出た岡山県・総社市長との連携により、恐るべきスピードで出来上がった。余談にはなるが、野口氏、総社市長の片岡氏、またこれとは別に迅速で鮮やかな震災支援を行った福岡市長の高島氏などは、先の記事で触れた、宇宙飛行士の高い危機対処能力と同等のスキルを持っているなと感じた。まあ、エベレストに登るのも、宇宙へ行くのと似たようなものだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

さて、今回の熊本震災に限らず、東日本大震災をはじめその他の災害でも問題となった、避難者の車中泊だが、テント泊にすることでQOLは劇的に向上する。やはり、足を存分に伸ばせ、(シートよりは)広い平面に横になれるのは睡眠の快適さが格段に違う。避難所に全ての避難者を収容しきれないのが現実である以上、もっとテント泊を積極的に取り入れてもいいのではなかろうか。

さらに言えば、一家に一張りはテントを常備、万が一震災等で家が潰れた、あるいは潰れないまでも怖くて家では寝られない、という場合に、家の前の駐車場でテント泊ができることを普及させれば、避難所の混雑緩和にも役立つだろう。

160513_2ここで若干問題となるのは、災害用の備えというものは往々にして普段使われず、いざというとき使えないことがしばしばあるということである。テントも普段から使えるようにしておかなければならない。その答えは簡単だ。アウトドアを趣味にすればよいのである。

思うに、アウトドアでは、外部電源もなく、都市ガスもなく、水道もない状態で寝起きと飲食をする。これはまさに災害時の状態と非常に似ている。その意味では、自動車も、外部電源等に頼らず独立して稼働する道具であるため、災害時に「救命ボート」として使われたのもこれと同様だろう。最近ではオートキャンプ場も普及しているので、車+テントという宿泊方法に習熟すれば、いざというときもとても役立つであろう。

避難訓練はつまらないことが多いが、アウトドアで泊まりに行くのも訓練と位置付ければ、こんなに楽しい訓練はない。早くうちもテント買わねば。

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熊本震災支援業務を振り返る(3)

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今回は避難所運営で感じたことを記述。

支援業務のもう一つの柱は避難所運営の補助であった。避難所には「受付」のようなブースが設けられ、水やお茶のサーバーがあり紙コップに入れて飲んでもらったり、ティッシュやオムツなどの衛生用品を渡したり、また食事の配給を行ったりした。これ、何かに似ているなあと思ったら、24時間リレーマラソンでテントサイトに設けるエイドと一緒だと気が付いた。未経験者には何のことかわからないかもしれないが、24時間リレーマラソンでは参加チームのうち誰か1人がタスキを持って周回路を走っており、待機中の他のランナーは自陣のテントサイトで休憩、食事、睡眠を取るのである。そこで飲み物や食べ物を提供するのがエイドステーションである。避難所の場合は、被災者がランナーで、避難所受付はエイドのスタッフということになる。また、トイレやシャワーが仮設だったり、寝るときは雑魚寝というのも実に似ているなと思った。

160508_2しかし似ているようで若干違うのは、リレーマラソンの場合はランナーとエイドスタッフが交代・兼務することがしばしばあるのに対して、避難所では基本的にそのような(被災者自身がスタッフもする)ことは一切ないということ。また、決定的に違うのは、リレーマラソンでは24時間後には確実にゴールがやってくるのに対し、避難所では、ゴールが見えないということであった。

160511_3また、ホテルのフロントのような雰囲気もありつつ、厳然として異なる点があった。それは、お客様は神様です、何でもご注文を承ります、ということはできない、という点であった。具体例でいうと、ティッシュをくださいとかトイレットペーパーをください、と頼まれても、1箱、1巻ずつしか渡さない。もっとまとめてくれよ、といわれることがたまにあるのだが、際限がなくなるので応じない。無くなった時点でまた取りに来てもらう。

また、パンの配給の際はパック入り牛乳を配り、そのストックは普段から備えられているのだが、全員に配る時以外は、個別にリクエストがあっても応じない。堅いこと言うなよ、融通利かせてやれよ、と思われるかもしれないが、一人でも応じてしまって、じゃあ俺も俺もと次々来られてしまうと、あっという間に在庫がなくなるのである。待遇を平等にしなければならない以上、止むをないルールであった。

160513_1被災者用に届けられた物資はバックヤードにストックされているのだが、中にはバラバラの内容物を一箱に詰め込んだものとかもあり、これは正直迷惑かなと思われるものもあった。ただ、一方で、大量にはいらないけどちょっとあると助かる、でもそれだけ頼むのもどうかな、と思われる品物類(例えば、乾電池や、洗濯ばさみなどのリクエストがあった)は、今これだけネットでの情報処理がやりやすくなっているのだから、もうちょっと工夫できるのではないかなとも思った。

私が避難所を去ってから1ヶ月経っても、まだなお避難され続けている方々を思うと、気の毒でならない。心よりお見舞い申し上げます。

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