日記・コラム・つぶやき

永遠の0(ゼロ)

Zero百田 尚樹 著、講談社 刊。

(版元の紹介文より:)「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、1つの謎が浮かんでくる――。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。(ここまで)

「探偵!ナイトスクープ」の放送作家としても有名な百田氏は、小説作家としてもヒット作を連発しているが、そのデビュー作がこれ。今更、遅ればせながらで読了。

「必ず生きて帰る」「命を失いたくない」。当時の帝国海軍パイロットとしては異例の意思を持つ、主人公の実の祖父・宮部。主人公は、祖父のかつての戦友達に次々とインタビューしていくが、片やいつも臆病で周りを気にしてばかりいた、まともに戦おうとしていなかったという証言があるかと思えば、一方で操縦技術はずば抜けていた、ひとたびドッグファイトとなれば無敵だった、僚機を一度も失うことなく、何度も命を助けられた、理不尽な上官には昂然と異論を唱えた、など、矛盾する人物像が錯綜する。複数の伏線が最後には主人公のルーツにも関わって一つとなり、真相が明らかに。

家族への愛を貫いたある一人の戦闘機パイロットのドラマ。一見するとそうにも見えるが、私の思いはもう一つ別のところにある。筆者は、劇中で主人公やその姉に語らせているとおり、当時の軍部首脳の作戦立案の無能さ、人命軽視の風潮、官僚主義的な発想による組織の機能不全、これらを痛烈に批判しているのである。更に言えば、現代社会でも、この時と同じことが平然と繰り返されているだろう、という強いメッセージだと受け止めた。

振り返っても見るがいい。業績をよく見せんがために、会計書類の改竄を平然と行う企業、商品のカタログ数値の偽装を行う企業、社員を残業漬けの勤務に就かせ、自殺者が出ても迷惑なことが起きたぐらいにしか考えていない企業。戦時中の話ではなく、どれもつい最近の話である。民間でも役所でも、トップ・幹部のええカッコしいやメンツのために立案された無駄な作戦・目標によって、振り回されるのはいつも末端の兵隊である。

かつて不景気によるリストラの嵐が吹き荒れた。それによってV字回復を遂げたともてはやされた企業や、コストカッターと崇められる経営者もいたが、会計の基本を知っていれば、リストラして一時的に会計状況がよく見えるのは当たり前のことである。しかし、クビを切られた従業員の持つ技術が海外に流出して、我が国の技術的優位性を揺らがせ、また、賃金カットや非正規雇用で低収入にあえぐ労働者は、当然余計なモノを買わないので国内消費は冷え込んだまま、いつまでたっても景気が回復しない。一企業の業績を糊塗するがために国全体は傾く。業績悪化は、兵隊の働きが悪いからではなく、経営者たる将校が無能だからだ。斬るべきは兵隊のクビでなく、将校のハラであるのだ。

一方で、兵隊たる労働者に対しても痛烈なメッセージが投げかけられていると思う。祖父・宮部の言動は、人間としてごくまっとうな感情だった。しかし、当時の社会ではそれが異端の扱いを受ける。今の社会でも、理不尽なまでに要求される仕事量の多さ、サービスを含む残業時間の多さ、家庭にも影響するような無体な異動命令などにあふれているのではないか。にもかかわらず、それはおかしい、と昂然と反発する機運はほぼ皆無である。端的に言うならば、昔特攻、今社畜である。おいお前ら、本当にそれでいいのか、との声が、この小説から発せられているのだと感じた。

なお、劇中に出てくるエリート新聞記者については、筆者の最近のSNS等での過激な発言等を見ていると、ああなるほどねと合点のいく役回りであった。その思想、是非についてはいろいろ厄介な問題をはらんでいるので、今回の記事ではあえて触れないでおくことにする。

それにしても、主人公の年代はだいぶ自分に近いところだと思われる。私の祖父は父方・母方ともに出征したそうだが、父方の祖父は自分が小学生低学年ころに、母方の祖父は高校生ぐらいのころに亡くなっており、大人となった状態で戦争の実体験を聞くことはないままに終わってしまった。実は、父方の大おじが100歳ぐらいまでの長命で、十分話を聞ける可能性はあったのだが、シベリア抑留を経験しており、周囲にも経験談を話したくない様子だったそうなので、これも聞けないままだった。小説内では終戦後60年だったが、今や70年を超えてしまった。そのとき大人だった人の話を実際に聞ける機会は、ほとんど失われようとしている。

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死都日本

Shitonippon石黒 耀 著、講談社 刊。

(版元の紹介文より:)西暦20XX年、有史以来初めての、しかし地球誕生以降、幾たびも繰り返されてきた“破局噴火”が日本に襲いかかる。噴火は霧島火山帯で始まり、南九州は壊滅、さらに噴煙は国境を越え北半球を覆う。日本は死の都となってしまうのか?
火山学者をも震撼、熱狂させたメフィスト賞、宮沢賢治賞奨励賞受賞作。(ここまで)

だいぶ以前から読もう読もうと思いながらその機会がなく、ようやく先日読了できた。SF小説では小松左京氏の「日本沈没」があまりにも有名だが、それよりも破局的噴火へと至る科学的メカニズムや火砕流、火砕サージの動き、ラハール(火山噴出物による土石流)などの説明が実際にありそうな精緻な描写なので、どんなホラーよりも戦慄を覚える内容だった。主人公らの逃避行がダイ・ハード過ぎるとか首相のK作戦とかがスマートすぎるというツッコミを補って余りあるSFパニック小説の傑作である。著者の本業は医師だそうだが、あまりにも衝撃的な内容が、実際の火山学者にも影響を与えたというのもうなずける。

小説内の個々にコメントしても切りがないので、個人的に感じたことをつらつらと。霧島連山や阿蘇山は実際に訪れたこともあり、その雄大な景色や豊かな温泉など数々の恵みを満喫したのだが、いざ噴火となると、かくも豹変するものなのだと恐れ慄いた。まさに神の意思を感じる世界だ。小説内でも、度々に古事記と火山の関連性について言及されているが、実はかなり当たっているのかもしれない。個人的には、旧約聖書の最初のくだりだって、まさに宇宙誕生・ビックバン以降の流れを示唆しているものと考えている。後の人々には理解しようがないので、神話にして語り継ぐしかなかったのだろう。

そうした先人たちの思いも虚しく、今に至っても噴火や地震で命を落とすことはなくならない。58人が亡くなった2014年の御嶽山噴火ですら、既に記憶が風化しかけてはいないだろうか。このことでもう一つ思ったのが、誰かは忘れたがプロ野球選手で名バッターだった人の話していた内容である。曰く、ヒットを打つために、どのようなコースで投球が来るかなどをいつも考える一方で、頭の片隅には、もしデットボールが飛んできたらどう避けるかも残しておかなければならない、ということだ。

噴火や地震はいつ起きるか分からない。また、その規模が大きい程、そのための備えは特に費用面において現実的ではなくなる。でも、普段の生活もあるので、デッドボールが怖いからといってバッターボックスに入らない訳にはいかない。しかし、だからと言って常にヒットを打つことだけを考えていると、まさかのデットボールが飛んできても、避けられずに当たって死ぬ。災害への備えとは、そういうことではないのかなと思った。

最後に、これを読んでいると(日本列島の)土地にこだわることの虚しさを感じざるを得ない。地球にとっては鼻息程度の噴火でも、日本ぐらいの土地ならば軽く一瞬で無価値になってしまう。もちろん、そのような噴火は我々の一生程度では起きないかもしれないし、明日起きてもおかしくはない。土地を買う時点で、生きている間にはそのような噴火はない、という方に賭けているギャンブルなんだなと思った。出来ることなら、一生遊んで暮らせるだけの資金を得たうえで、超安定陸塊のオーストラリアあたりに移住したいものだ。バッターボックスに立たなくて済むのが一番だ。

(くりりんの問わず語り「『地震と噴火は必ず起こる』」にトラックバック)

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二人目は難産

161208_12016年12月7日深夜、相方が、何となく痛みが周期的に来ると言い始めた。当人も陣痛とまでは認識していないようだったが、かかりつけの助産師に連絡すると、すぐ病院へ行きましょう、ということで、寝ていた息子ももろともに連れて産婦人科へ車で向かった。

診てもらうと、もう産まれてくるということで分娩室にスタンバイ。前回のお産とは違って、今回は助産師が基本的にサポートして、何か問題があったときだけ産婦人科医にお出ましいただくという体制になっている。子宮口は順調に開いており、定期的に訪れる陣痛もそんなに痛いと感じない(相方談)とのことで、5時ごろには出産かなとの見立て。経産婦ということもあり、今回も楽勝だろうと、この時は楽観していた。

ところが、終盤になって徐々に目算が狂い始める。どうやら一番狭いところを頭が通る段階で、停滞しているらしかった。出産予想時刻はとっくに過ぎた。すまぬ、頭のデカいのは父ちゃんの遺伝だ。そのうち陣痛も弱くなって押し出す力が足りないため、7時ごろから陣痛促進剤を点滴で投与しはじめる。一緒に起きて待っていた息子も、ついに力尽きて寝入ってしまった。

そこからも長かった。朝食のパンを買いに走り、休憩を取りつつ進展を待つ。上半身を起き上がる体勢にしたり、横を向いたり、ちょっとでも陣痛を強くできる方法をいろいろ探す。幸いなことに、モニターしている胎児の心拍数は、いきむことで一時的に低下してもすぐに回復してくる。丈夫な子だと助産師も感心。こいつはマラソンランナーになっても強いかもしれない。

再び息子が起きてきたが、あやすにも限界があったので、部屋を出て産院のキッズスペースで一緒に遊んでやりながらその時を待つ。10時ごろになって、もうすぐ産まれるとの知らせを受け、分娩室に戻るも、相方は痛いと絶叫するかなり凄惨な状況。息子は耐えられなかったようで、また二人して部屋を出る。そして、産まれましたとの連絡を受けてからようやく部屋に戻った。

161208_212月8日10時43分、第二子誕生。3060グラム、男児。10時間を超える大苦戦となったが、母子ともに正常。息子は弟ができ、お兄ちゃんになった。

二人目以降の出産は楽、と一般的には言われているが全く違った。まあ、前回に比べて、運動不足、体力の低下といった要素があったかもしれないが、とかく出産育児はケース・バイ・ケースの塊でマニュアルがあてにならない。

ともあれ、無事に生まれてきて一安心。ただし、この子が成人するときは自分はとっくに還暦越え。ここから先もまた長い苦難の道のりである。お互い、がんばろうな。

(くりりんの問わず語り「超安産を振り返る」にトラックバック)

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リオ五輪雑感

リオデジャネイロオリンピックが終了して、早くも1週間が過ぎた。今回もまた雑感を述べたいと思う。

まず、我らが日本選手団の活躍である。金メダルは12個と、アテネには及ばないものの前回ロンドン五輪の7個から大きく回復した。さらに特筆すべきは、銀・銅合わせた数では41個と過去最多を記録したことだ。以前から強かった競技以外にも、何十年ぶりとか、五輪史上初のメダル獲得となった競技が複数あり、このような成果につながっている。

もちろんメダルが取れるかどうか、その色が何かは単なる結果であり、結果だけを求めることには意味がないのだが、一つ思うには、全体的に日本がより多くの競技でメダル争いに絡めるだけの底上げがなされてきたことの表れなのかなと感じることができた。勝負事の世界だから、個々の競技で「絶対に勝つ」ということは不可能だ。ただ、勝てる可能性を3割から5割、5割から7割と高めていくことと、その可能性のある競技数を増やせば、多少の取りこぼしがあっても、全体での成果は当然に向上するという、数学で説明ができる話である。ナショナル・トレーニングセンターも一定の成果はあったと言えるだろう。

現に、金メダルが取れた種目も、余裕で圧勝というのは皆無で、ほんのわずかの差で勝てただけのことであり、例えばもし体操男子で内村選手が着地で一歩よろめき、ウクライナの選手がよろめかなかったら、結果は逆であった。女子レスリングで終盤残り何秒での逆転ポイントも、ほんの一瞬の出来事で決まった。お互い全力を出し切ってでの結果であれば、勝った方も決して奢らず、負けた方も、悔いはあっても納得はできるはずだ。

もう一つ考えられるのは、これは残念な話なのだが、ドーピング疑惑のロシア選手が多数不出場となったためライバルが減ったこと、ドーピング規制が厳しくなったために、ロシア以外でも今まで(バレないまでも)ドーピングで上乗せしてきたような国々は相対的に不利になってきたことが挙げられる。さらには、微妙なシーンではビデオ判定など客観的な証拠を採用するようになったので、審判による恣意的な操作がしにくくなってきたことがある。名指しこそ避けるが、審判を買収しているという疑惑のある国がメダルを減らした分が、日本をはじめ不正を行わず正々堂々と戦ってきた国々に回っているということも考えられる。時間はかかったが、ようやく正義は勝つという土壌に向かいつつあるようだ。

さて、オリンピックは終わったものの、リオデジャネイロパラリンピックはこれからである。相変わらずマスコミの取り上げ方には大きく差があるが、もはやマスコミには頼らず、ネットで情報入手というのも最近の大きな流れだろう。パラ出場の友人らの活躍を期待したい。

表彰台に乗る選手のイラスト(女性) by「いらすとや」

〔関連記事:「倫敦五輪雑感」(2012/8/12)、「銀・銅凱旋」(2010/3/3)、「北京オリンピック雑感」(2008/8/25)、「五輪で勝たねばならないか」(2006/02/24)、「ゴールド・ラッシュ2」(2004/8/23)〕

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熊本震災支援業務を振り返る(4)

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災害避難とアウトドアとの親和性について。

今現在はもう撤収されてしまったが、支援に向かった当時は、避難所の隣の陸上競技場内にテント村が設営されていた。これは行政の公式なものではなく、アルピニストの野口氏らがいわば勝手連的に立ち上げたものだ。このテント村設置は、野口氏の呼びかけと、その支援を申し出た岡山県・総社市長との連携により、恐るべきスピードで出来上がった。余談にはなるが、野口氏、総社市長の片岡氏、またこれとは別に迅速で鮮やかな震災支援を行った福岡市長の高島氏などは、先の記事で触れた、宇宙飛行士の高い危機対処能力と同等のスキルを持っているなと感じた。まあ、エベレストに登るのも、宇宙へ行くのと似たようなものだから、当然と言えば当然なのかもしれない。

さて、今回の熊本震災に限らず、東日本大震災をはじめその他の災害でも問題となった、避難者の車中泊だが、テント泊にすることでQOLは劇的に向上する。やはり、足を存分に伸ばせ、(シートよりは)広い平面に横になれるのは睡眠の快適さが格段に違う。避難所に全ての避難者を収容しきれないのが現実である以上、もっとテント泊を積極的に取り入れてもいいのではなかろうか。

さらに言えば、一家に一張りはテントを常備、万が一震災等で家が潰れた、あるいは潰れないまでも怖くて家では寝られない、という場合に、家の前の駐車場でテント泊ができることを普及させれば、避難所の混雑緩和にも役立つだろう。

160513_2ここで若干問題となるのは、災害用の備えというものは往々にして普段使われず、いざというとき使えないことがしばしばあるということである。テントも普段から使えるようにしておかなければならない。その答えは簡単だ。アウトドアを趣味にすればよいのである。

思うに、アウトドアでは、外部電源もなく、都市ガスもなく、水道もない状態で寝起きと飲食をする。これはまさに災害時の状態と非常に似ている。その意味では、自動車も、外部電源等に頼らず独立して稼働する道具であるため、災害時に「救命ボート」として使われたのもこれと同様だろう。最近ではオートキャンプ場も普及しているので、車+テントという宿泊方法に習熟すれば、いざというときもとても役立つであろう。

避難訓練はつまらないことが多いが、アウトドアで泊まりに行くのも訓練と位置付ければ、こんなに楽しい訓練はない。早くうちもテント買わねば。

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熊本震災支援業務を振り返る(3)

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今回は避難所運営で感じたことを記述。

支援業務のもう一つの柱は避難所運営の補助であった。避難所には「受付」のようなブースが設けられ、水やお茶のサーバーがあり紙コップに入れて飲んでもらったり、ティッシュやオムツなどの衛生用品を渡したり、また食事の配給を行ったりした。これ、何かに似ているなあと思ったら、24時間リレーマラソンでテントサイトに設けるエイドと一緒だと気が付いた。未経験者には何のことかわからないかもしれないが、24時間リレーマラソンでは参加チームのうち誰か1人がタスキを持って周回路を走っており、待機中の他のランナーは自陣のテントサイトで休憩、食事、睡眠を取るのである。そこで飲み物や食べ物を提供するのがエイドステーションである。避難所の場合は、被災者がランナーで、避難所受付はエイドのスタッフということになる。また、トイレやシャワーが仮設だったり、寝るときは雑魚寝というのも実に似ているなと思った。

160508_2しかし似ているようで若干違うのは、リレーマラソンの場合はランナーとエイドスタッフが交代・兼務することがしばしばあるのに対して、避難所では基本的にそのような(被災者自身がスタッフもする)ことは一切ないということ。また、決定的に違うのは、リレーマラソンでは24時間後には確実にゴールがやってくるのに対し、避難所では、ゴールが見えないということであった。

160511_3また、ホテルのフロントのような雰囲気もありつつ、厳然として異なる点があった。それは、お客様は神様です、何でもご注文を承ります、ということはできない、という点であった。具体例でいうと、ティッシュをくださいとかトイレットペーパーをください、と頼まれても、1箱、1巻ずつしか渡さない。もっとまとめてくれよ、といわれることがたまにあるのだが、際限がなくなるので応じない。無くなった時点でまた取りに来てもらう。

また、パンの配給の際はパック入り牛乳を配り、そのストックは普段から備えられているのだが、全員に配る時以外は、個別にリクエストがあっても応じない。堅いこと言うなよ、融通利かせてやれよ、と思われるかもしれないが、一人でも応じてしまって、じゃあ俺も俺もと次々来られてしまうと、あっという間に在庫がなくなるのである。待遇を平等にしなければならない以上、止むをないルールであった。

160513_1被災者用に届けられた物資はバックヤードにストックされているのだが、中にはバラバラの内容物を一箱に詰め込んだものとかもあり、これは正直迷惑かなと思われるものもあった。ただ、一方で、大量にはいらないけどちょっとあると助かる、でもそれだけ頼むのもどうかな、と思われる品物類(例えば、乾電池や、洗濯ばさみなどのリクエストがあった)は、今これだけネットでの情報処理がやりやすくなっているのだから、もうちょっと工夫できるのではないかなとも思った。

私が避難所を去ってから1ヶ月経っても、まだなお避難され続けている方々を思うと、気の毒でならない。心よりお見舞い申し上げます。

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熊本震災支援業務を振り返る(2)

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今回はトイレ掃除で思ったことを述べたいと思う。

我々派遣部隊の任務はあらかじめ決まっているのではなく、とにかく益城町が困っていることなら何でも手伝ってこい、というミッションであった。というわけで、派遣初期の部隊の任務は、誰も手をつけられずに困っていた、避難所の仮設トイレ掃除が最大のウエイトを占めることとなった。

トイレ掃除は重労働でなおかつスピードも求められるハードな作業だった。何十基もあるトイレを相手に、朝イチで取りかかる。単に掃除だけでなく、汚物入れ用のゴミ袋交換、夜間点灯用のランタン回収、そして流し用や手洗い用の水の補給を同時並行に行わなければならない。なぜ朝イチかというと、夜中は暗くてよく見えずに便器周りを汚されてしまうことが多く、すぐに取りかからないと苦情が出ること、水の補給は軽トラックに積んだタンクから行うのだが、1回では到底足りないので途中追加補給のため避難所敷地外へ取りに行くのだが、日中になると渋滞して時間がかかるのと、敷地内で出歩く人が増え出すと危険なので動けなくなってしまうことなどがあるため、この時間帯以外選択の余地がなかったのだ。

160510_1特に大変だったのが水の補給である。軽トラの巨大タンクから、手運び用ポリ容器に移して各トイレまで運ぶのだが、タンクの蛇口から出る水が勢いがありすぎてびしょ濡れとなった。さらにはタンクの一つは蛇口が故障して単に栓を外すだけの状態だったので、噴き出す水をうまく容器に移すことが困難だった。

そこで、翌日はホースを買ってきてサイフォンの原理で水を吸い出すやり方に変えた。これでびしょ濡れになることはほとんどなくなり、QOLが一気に向上した。しかしまだ課題が残っていて、ホースが全部タンク内に沈んでしまうと、取り出すときにタンクの底深くに手を入れなければならず、そうするとゴム手袋の中に水が入り込んでしまう、また、サイフォン中に吸い込む側のホースが水面に浮いてしまうと水が止まってしまうという問題があった。ならば今度はホースの片方には空のペットボトルに蓋をして紐でくくり付け、もう一方にはガラス瓶をくくり付けた。こうすれば常にホースの片方の端は水面に浮き、もう片方の端は水底に沈むこととなる。

160511_1上記はほんの一例だが、他にもいろいろ細かい工夫・改善を加えることで、トイレ掃除の所要時間は日に日に短縮された。この経験から、ふと何かに似ているなと気づいたことがある。脈絡のない話だが、最近読んだ漫画作品「宇宙兄弟」で描かれる宇宙飛行士の振舞い、特にトラブル発生時の対応に似ていると思った。

宇宙飛行士は、平常時でも多くの複雑・困難なミッションを遂行しているが、トラブルが発生した際は特に迅速に事態の収拾と解決を図らなければならない。それも、宇宙に行っていたら資材はそう簡単に追加できないので、今手元にあるものでいかに速く、上手に解決するかを考えなければならない。実際にかつてのアポロ13号で起きた事故の際は、月着陸船と司令船の二酸化炭素除去カートリッジの口の形が合わず酸欠になりかけたところを、船内のあり合わせの材料でつなげることで危機を回避した。また、「宇宙兄弟」の中では、月面移動車にカーナビを付けるとか、太陽光を鏡で反射させて基地内の照明に使うことで電力消費を抑えつつ明るさを確保する、といった、あまり金をかけずにQOLを改善するといったアイデアが随所に出てきた。

160511_2宇宙飛行士のミッションとトイレ掃除を比べるのは余りにもおこがましいが、レベルの差こそあれ、常に何か改善できることはないかを考え、迅速に取り組む、なるべく費用をかけずに、既に周りにあるものをうまく活用する、という点は共通しているのだ。さらに言うなら、災害応援のトイレ掃除に限らず、普段の業務でも同じことは言えるのだ。ただ、普段の業務では災害のように逼迫した状況にないため、そこまで考えが及ぶことは少ないのかもしれない。また、さらに話は飛ぶが、トヨタ自動車の「カイゼン」だってこれと同じ発想の下にあるのだ。これが理解できただけでも、今回のトイレ掃除は大いに意義があるものだったと思う。

ちなみに、行政職員にいつまでトイレ掃除をやらせるのだ、ということで槍玉にあがり、我々の後任の班の途中からトイレ掃除は担当業務から外れて、民間事業者への委託になった(そもそも最初からそうなっているべきなのだが、益城町の手配がそこまで回っていなかった)。その後の派遣部隊の主力業務は、罹災証明の受付補助、支援制度の説明など、行政職員が得意とする本来の姿にようやく近づいたわけだが、その中でもこの常に改善できることはないかを考える精神は受け継いでもらえたらなと思う次第である。

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熊本震災支援業務を振り返る(1)

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早いもので熊本県益城町に震災支援業務で赴いてから1ヶ月が経過しようとしている。その時に見たもの、感じたことを体系的にまとめて記録せねばと思いつつ、なかなかじっくりと腰を据えて取り組む時間がなくて困る。1つの記事ではとても語りつくせないので、細切れで今後ちょくちょくと出していくつもりだ。

まずは地震による建物被害を目の当たりにして考えたこと。直下型地震ということもあり、1995年の阪神・淡路大震災時の神戸のことが記憶にあったので、それに近いイメージであった。熊本市内でも、外見上被害が何ともなく既に正常に動いているところもあれば(むしをそれがほとんど)、酷いダメージを受けてどうしようもない建物が混在していた。これが益城町では、ある一定の区域においてはほぼ建物全滅、それも耐震基準は満たしていそうな新しめの家でさえやられている状況であった。

今後も分析が進むのだろうが、昔は河床だった土地、池や沼だったところを埋め立てた土地などについて、地盤が緩いために局所的に揺れが大きくて、新しい家ですら耐えられなかったということが一つ考えられる。これについては、かつての阪神・淡路大震災でも、倒壊した家が多い区域にはそうした因果関係があったと聞き及んでいる。言いたいことは要するに、そういう土地には本来人の住む家を建てるべきではなかったのではないか、ということである。

これは地震に限らず、水害や土砂災害でも一緒の話であり、そういうリスクのある土地は、いにしえの知恵で家を建てていなかったのに、人口が増え住宅が足りないということで、どこかしこでも住宅地にしてしまったことが新たな被害を生む要因になったのではないだろうか。住宅用の土地を買う際に、駅からの距離、学校、スーパーの位置やローンの計算はしきりに気にするが、ハザードマップを見る人がどれだけいるだろうか、ましてや古地図や地質図と照らし合わせる人などほぼ皆無であろう。ただ、地震の活動期に入ったこの日本列島においては、これからはそういう要素を優先して行かないと自らの命にかかわりかねないだろう。

残念ながら不動産業者が自発的にそうした情報を開示することは望むべくもないので、買う側が意識を高め、リスクが高い土地には見向きもしないようにならなければ、業者側にそういう住宅地を開発させない圧力は働かないであろう。

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もう一つ気になる点は、住宅の耐震基準である。建築基準法上の耐震基準は定められているが、地域によって係数があり、要するに地震が多そうな地域ではより厳しめに、そうでない地域はすこし緩めてもよい的なルール(地域係数Z)があるそうなのだ。

これについて、熊本県では、0.9または0.8が設定されており、1.0の東京や大阪より緩めても構わないとなっているのである。しかし、厳しくするのは静岡県の1.2のみ、これはいわゆる東海地震を想定しての話だったのだろうが、前提自体が既に崩れているのではなかろうか。海溝プレート型の地震のうち、順番がまだ来ていない東海地震が近々来るかもしれないと以前に騒がれ出したが、おそらく明治ごろの濃尾地震がその代わりを果たしたので、東海地震だけが直近に来るという考え方は今では無意味である。にもかかわらずこの地域係数はその時の発想を引きずっているのではないだろうか。また、直下型に関して言えば日本どこでも震度7ぐらい起きてもおかしくないので、ここは下げてよい、という地域を設定する意味もわからない。

また、家を建てる際に気にした耐震等級も実はあてにならない。耐震等級3であれば、阪神淡路大震災級の震度7でも倒壊しないということにはなっているが、倒壊はしないだけで、無傷では済まない。さらにいうと、一発目を食らったときに倒壊しないというだけであって、益城町のように2回も震度7を食らうことは想定していないのである。要は最初の一撃ではとりあえず崩れないから命は助かる、その間に逃げる、という発想なのだ。益城町で倒壊家屋数の多い割には死者が少なかったのも、これによるところが大きいのだろう。

だから、家を建てるときは逆転の発想で、いずれは大地震で崩れるのだから、2回建てられるだけの予算を考えて建てる、というのはありかも知れない。そうすれば、運悪く崩れても何とかもう一度建て直せる。住宅メーカー(特に大手)は、ローン限度額いっぱいの予算で建てさせようとするが、その話には乗らない方がいいのだろうな、と強く思った。

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我が家の防災計画(その4)

160520久々のシリーズ更新となる防災グッズ購入、今回はペレット燃焼式ロケットストーブ「ペレコ」の登場である。以前から、所さんの目がテンで採り上げられていたロケットストーブは欲しいなと思っていたのだが、自作するほどの暇はない。そこで、ある程度完成度が高く、携帯性もあり、かつ普段のアウトドアでも使えそうなこの製品に白羽の矢を立てた。税込22k円程度。ついでにペレット燃料とカセットボンベ装着型ガストーチも購入。相方の了解を得ていないので、自分の小遣いである。

災害に強そうなポイントは、ペレットがなくても、薪とか割り箸とか燃える木材であればなんでも燃やせる木っ端モードを利用できるところである。カセットコンロはボンベがなくなったら終わりだが、これなら壊れた家の木材でも燃料に使うことが可能だ。まあ、前回の発電機同様、そうした活躍の機会がないことを祈るばかりだが。

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遷都から2年

160423_1早いもので、新都造営からそろそろ2年が経とうとしている。工務店から、2年目点検の案内があったので、各所を見てもらった。

幸いなことに、遷都以降不具合らしい不具合は思い当たることがない。敢えて言うなら風呂の排水口の水はけが、毎週掃除しているにもかかわらずいまいちよくない、という点があったのだが、見てもらっても毛詰まり等の問題はなく、その程度が仕様であるという結論だった。髪の毛取り用にネットを掛けていたのだが、これがかえって流れを遅くする可能性があるとのこと。

160423_2壁紙も早ければ1年ぐらいでつなぎ目の部分が裂けてくることもあるそうだが、我が家では見当たらず。唯一見つかったのは、家具転倒防止用の突っ張りポールをかませている近くの壁紙がわずかに裂けているところ。力をかけ過ぎると壁紙境目が裂けるそうだ。ちなみに、幹線道路のそば、線路のそばなどで車両が通るたびに細かく揺れるような家は、振動のせいで壁紙境目がすぐに裂けるのだそうだ。

160423_3次に床下を見てもらったが、これも異常なし。アドバイスとしては、年に1回はのぞいてみること、漏水がある場合は床下が濡れているのだそうだ。

また、最近の熊本地震に関連した話で、大きな地震で揺れた後、床下をのぞいてみて、床板を支える鉄の柱の足元と床下ベタ基礎の接着部分を確認するとよいとのこと。特に異変なければ心配なし、接着部分がはがれているようだと、家がジャンプして基礎からずれた可能性があるので、工務店に連絡するべしとのことであった。

160423_4続いてクローゼットのアコーディオン扉のチェック。もちろん異常なしなのだが、これもアドバイスとして、この種の扉は重いのに上側2点で支えているだけなので、長年経過すると重みで下がってきて、床側のレールを擦るようになるとのこと。この場合に、上側の吊り下げ部分にあるねじ(画像にも載せているが見づらいかも)を締めることで、扉をすこし持ち上げるという調整ができるのだそうだ。これにより、床を擦ることを解消できるとのこと。

他にもいろいろなヒントをもらった。例えばサッシの開け閉めで少し引っかかるような場合は、シリコン系の潤滑剤を噴霧すると滑らかになる(C-556のような潤滑油は不可なので注意)とか、カビを防止するためには、とにかく頻繁に風通しをよくして湿気を帯びさせないこと、ドアノブが少しガタつくなど軽微な不具合の段階で早めに工務店に連絡した方が、ドアノブが外れてしまうなど重篤な事態になってからよりも安くて済む(工務店のみの対応でできれば無料のケースもある)のだそうだ。今後のための備忘録として今日学んだことを記事に残しておこう。


(関連記事:「新都造営の経過(その2)」)

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