グルメ・クッキング

ハチ高原スキーツアー

210210_1祝前日に休みを取って、家族総出でスキーツアーに行った。元々はGoToトラベル利用のはずだったのが、同スキームは一時中止となり、しかも新型コロナの緊急事態宣言が延長となって期間内に飲み込まれてしまったが、ツアー自体は取りやめにはならないとのことで、どうすべきか悩みつつも参加のジャッジ。

行き先はハチ高原スキー場、早朝の新大阪からバスに乗る。スキーバスなんて学生の頃以来か、10数年、下手すりゃ20年ぶりぐらいのこと。このブログ記事を振り返っても、スキーに行った記録はない。で、新大阪駅前には他にも何台か大型バスが止まっており、結構な賑わい。当然ながら若者が多い。コロナ禍もへったくれも無い。一応乗車前に検温をし、バス内はマスク着用、飲食禁止。また、換気モードになっており数分程度で車内の空気は入れ替わっているそうだ。中国道、舞鶴道、北近畿豊岡自動車道と経由して3時間程でハチ高原に到着。

210210_2宿にチェックインしてスキー板などをレンタルしたらもうお昼。朝食はパンをちょっとかじった程度で腹が減っていたので滑る前にまず昼食。

この日は平日で、ランチ営業をしている店が少なく、そこに客が集まるのでそこそこ混んでいる。ピザを頼んだらだいぶ待たされたものの、ちゃんと石窯で焼いた本格的なピザが出てきて満足。ただし結構なお値段。そうだよ、思い出してきたよ。スキー場の食事メニューがどれもぼったくり価格であることを。

210210_3私はてっきり次男坊(4歳)の雪遊びそり遊びのお守りでもするのかと思っていたが、何と次男も午後からのスキー教室に放り込むとのこと。

長男(7歳)はこれまで何度か相方とその仲間のスキーツアーに行っていて経験者ではあるが、同じくスキー教室で勘を取り戻してもらうことに。というわけで、子供の面倒見からはしばし解放されて、相方(ちなみにスノーボーダー)と滑りに行った。平日でしかもコロナ禍ということもあり、空いている。

ものすごい久しぶりのスキーだったが、何とか滑ることはできた。ただし相変わらずの下手っぴいだ。変なところに力が入っているのか、太ももの普段使わないような筋肉がもう痛い。そうだよ、思い出してきたよ。なぜ私がスキーから遠ざかったのかを。行くのも大変、機材も食事もコストが高い、ちっともうまくならないスキーに何で好き好んで何度も行かなアカンのかと。一方で、マラソンを始めたらわずかの間でサブスリー、さらに高みを極めたので、自分はマラソンの方が得意だし性にも合っているのだと。だからスキーを棄ててマラソン一筋になったんだよ(といいつつ最近は走ることも無くなったが)。

210210_4今回のツアーは、旅行会社によるバスと宿がセットになったプランで、しかもどの宿になるかは指定ができず、直前に決まる(その分だけややお得な値段)という商品だったが、それであてがわれた宿は「ロッヂみゆき」というところだった。合宿など比較的大勢で利用する感じの施設で、学生時代の天文サークルでの夏合宿を思い起こした。チェックイン時は手指の消毒、検温に加え健康状態の問診票を書き、館内はマスク着用といった感じでコロナ対策をしていた。

利用客はうちらも含め4グループ程度。バスの乗客とは違って、他は比較的年配の男性グループだった。書き入れ時のこの時期に、満室には程遠いこの利用状況、経営的にはどうなんだろうと少し気がかりである。

210211_1翌日も好天。2日目もジュニア達を午前のスキー教室に行かせる選択肢もあったが、両名とも自由に滑りたいとのことで、まずは私と次男、相方と長男で組むも、自分が滑るだけでも精一杯の自分が、生まれて初めてのスキー2日目の4歳児の面倒を見られるはずもなく、即座にギブアップ。ペアを組み替えて午前は私と長男が組んだ。

長男は、緩斜面なら既に一人で難なく滑れる。さすがにこの日は祝日で利用客も多く、メインのゲレンデではリフトの待ち行列が長くなっているので、空いている林間コースを何本か滑った。

昼食後、午前の訓練で、このゲレンデなら一人で滑れるように相方が次男を鍛えたとのことでメンバーチェンジして午後の部へ。超初心者用にスキー教室が行われているのと同じゲレンデ、上るのもリフトではなくベルトコンベアー状の動く通路に乗る緩斜面で、次男と一緒に滑ってみてビックリ。本当に一人で滑ってやがる。

そのときの模様を動画で記録した。まだ筋力が足らず、左右のバランスも取れないので左側に常に寄ってしまうという難点はあるようだが、たった2日でここまで出来てしまう身体能力に感心した。

夕方頃発のバスで帰路に就くが、車両トラブルがあって機材変更のため予定より30分遅れの出発となり、加えて道中は同様のスキー帰りと思われる車両の混雑で下道から豊岡自動車道まで大渋滞、大幅に遅れての帰着となった。

| | コメント (0)

舞洲グランピング・再び

201106_111月初旬、舞洲でのグランピングに再度参戦すべく、パームガーデン舞洲を訪れる。前回9月に訪れた際のトレーラーハウスよりはだいぶ小さい、まさにキャンピングカーの形状をした車で泊まる。ぱっと見では今でも走れそうだが、実際は外部接続の電源やら水道やらが完備されていてもはや動けない状態。

201106_2前回同様、手前のテラスでバーベキュー。相変わらず火おこしがうまく行かない。そして食べきれないほどのボリューム。

201106_3ベットは画像のような感じで車内の両端にある。全部で4人程度の収容人数といったところか。

201107今回の宿泊車両では、車内に簡易なシャワールームしかないので、上方温泉一休のタダ券がセットで付いてくる。宿泊当日か翌日まで利用可能ということで、翌日に利用。

それで、今まで家族でこうした公衆浴場利用時はこれまで長男と相方が女湯へ、次男と私が男湯へという役割分担だったが、さすがに長男も小学1年になったから女湯はアカンだろうということで、2人とも引き連れて男湯へ。収拾がつかないかと危惧したが、思ったよりも何とかなった。それだけジュニア達も成長したということだろう。でもやっぱりたまには一人でゆったり湯に浸かりたいものだ。

この後はIKEAに寄って買い物をしてから帰宅。

| | コメント (0)

舞洲グランピング

200904_19月初旬、舞洲の施設でグランピングをしよういうことになり、それも平日からの利用だと比較的リーズナブルということで、金曜日に夏休みを取って夕方からお出掛け。向かった先は、パームガーデン舞洲というトレーラーハウス主体のホテル。なお、GoToトラベル適用あり。

そもそもグランピングとは、資材から設営から全て自前でやらねばならないキャンプとの対比として、キャンプ的な宿泊設備がすでに用意され、BBQ等のキャンプ的調理設備に食材まで予め用意してもらい、要は手ぶらで行って至れり尽くせりのキャンプ生活ができるサービス、ということのようだ。今回利用するのは結構大きめのトレーラーハウス。

200904_2到着するとすぐに、食材のキットが届けられる。肉が主体のバーベキューメニュー。

200904_3部屋のすぐ外、コテージ状になった一帯に調理用炭焼きコンロがある。先日のキャンプ同様、火おこしに苦戦。何でこんなに炭って火が付かへんねん。

200904_4出来上がるまでの間、子供らは外に置かれたハンモックでじゃれる。ちなみにこの後、これと同タイプのハンモックをネット通販で買うことになる。

200904_5遅めの夕食で肉などにかぶりついていると、近くで花火が上がったのでしばし鑑賞。

泊まりはちゃんとベッドに布団が整備されていた。屋根裏にも布団敷いて寝られるスペースがあり、結構な人数が泊まれるもよう。翌朝の朝食もパンやサラダなど全てできあがった状態で届けられる。チェックアウト後は、常吉大橋の下で小サバを釣って帰った。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

| | コメント (0)

らーめん専門店 麺楽

200827_18月某日、舞鶴方面に出張の機会に、昼ご飯はラーメンパトロール。東舞鶴駅近くに「らーめん専門店 麺楽」があったので訪問。商店街の中の立地だが、そこそこ駐車場あり。

200827_2店内も正午少し前だが既に賑わっている。ラーメンとチャーハンのセットを注文し、程なく登場。

豚骨しょうゆのスープに細めのストレート麺。見た目ほどに味はコテコテではなく、むしろあっさりめ。チャーシューは厚みがあってジューシー。チャーハンもおいしくいただきました。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

| | コメント (0)

摂津峡青少年キャンプ場

200809_18月某日、高槻市の摂津峡青少年キャンプ場を訪問。このキャンプ場は一般利用もできるが、その奥に、普段なら学校やボーイスカウトといった団体利用専用で一般開放されていないゾーンがあるのだが、昨今のコロナ禍で集団利用が困難ということもあり、少数の家族利用ができる限定のイベントを高槻市教委が企画していた。それに応募したら何と20倍ほどの競争率があったそうだが難関をくぐり抜けて当選。

200809_2キャンプ用品は同施設の備品を借りる。テントも完成。

200809_3夕食はかまどで薪を燃やして調理。火おこしがなかなかできず少し出遅れた。

200809_4キャンプの定番、カレーライス完成。水加減がちょっとシャバシャバだったが気にしない。

200809_5日が暮れてからも、子供向け体験イベントが用意されており、暗い林の中をクイズラリーしながら自然に触れられるよう教委職員やキャンプリーダーなどのスタッフがいろいろと考えていてくれた。途中見晴らしのいいところで高槻市街の夜景が見える。

テントでの就寝は下界よりマシといえど蒸し暑くてあまりよく眠れず。明るくなる前からのヒグラシの大合唱が印象に残った。


200810_1翌朝の朝食はホットドッグ。アルミホイルに包んで牛乳パックに入れたものをかまどで燃やして蒸し焼きにするのだ。あとは焼き板とドングリなどを使った工作の体験もあった。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

| | コメント (0)

みやまい紀行2020夏(その2)

その1)からの続き
200724_01二日目。まずは宮津市内にある金引の滝に向かった。日本の滝百選にも上げられているそうだ。山あいの狭い道を通って狭い駐車場を何とか確保。これは客が殺到したら捌ききれんな。立派な滝だが広い滝壺はなく、流れ落ちる滝のすぐそばまで近寄ることができる。しばし海水浴ならぬ滝水浴を堪能。
200724_02次に向かったのはJR西舞鶴駅。この駅前に「かまぼこ知ろう館」という施設があるそうだ。西舞鶴駅なら何度も行ったことはあるが、そんなのあったっけ?。行ってみたら確かにあった。バスの待合室の一角にちょっとある、という程度で、想像以上のショボさ(失礼)。
200724_03そもそも、舞鶴の名産品がかまぼこ、というのが知らなかった。ここは無人でかまぼこ自体も販売してないが、駅ビルの観光案内所に売店があるので、そこでおみやげの一つとして購入した。
200724_04西舞鶴駅からそのまま歩いて舞鶴公園に向かう。駅からその公園までの歩道はかつて線路があった跡だそうだ。

この公園は田辺城(別名「舞鶴城」)の跡地で、城自体は残っていないが、城門が復元されて資料館になっている。旧藩名では田辺藩だったが、市政移行の際「田辺市」は和歌山県に既にあったので、この城のあだ名が街の名前となった。ジュニア達は公園内の普通の遊具でしばし遊ぶ。

200724_05続いて五老スカイタワーへ向かう。舞鶴湾を見下ろす五老岳の山頂に建っている展望台である。

なお、タワー内にトイレはないので、上る前に済ませておくこと。後にジュニア達がこのトラップにハマることになる。
200724_06タワーに上る前に隣接のレストランで昼食。ところが、店員の数をコロナ禍で減らしていたところへ一気に客が来て処理能力の限界を超えていたようで、全然注文を捌けていない。待ちきれずにキャンセルして出て行った先客の注文品が回ってきて先にありつけたのが、海軍カレー。護衛艦みょうこうで実際に提供されているのと同じ食器類だそうだ。
200724_07ようやく出てきたのがスカイタワーを模したバーガータワー。なお、ハンバーガーは小ぶりのものなので、見た目の派手さほどには量はない。それでも一人前としては多いのでシェアしていただくべきものであろう。
200724_08ようやくタワーに上がって眼下の舞鶴湾を眺める。程なくして雨が降り出し、ほとんど見えなくなってしまった。ギリギリ写真に残せたのでよしとしよう。
(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

| | コメント (0)

みやまい紀行2020夏(その1)

200723_017月海の日(この年だけ五輪特例でこの日に移ったのだが、延期で無意味に終わった)の連休を利用して家族旅行へ。新型コロナウイルスの緊急事態宣言は収まり、感染拡大状況も一服したものの、経済が大打撃ということでGoToトラベルという需要喚起策が始まるかどうかというタイミングであった。まずは日吉ダムに向かった。

200723_02ダム併設のレストランで昼食。ダムカレーをいただく。ここに限らず、全国各地のダム近くにあるレストランで、そこにあるダムにちなんだダムカレーが提供されており、多くはご飯で土手を作り、貯めている水をカレーで表現している。このカレーではカツで水門を閉じるという高度な技巧が凝らしてあり、カツを外すと、貯められていたカレーが放流される。

200723_03続いて、宮津・栗田半島にある「丹後魚っ知館(うぉっちかん)」を訪れた。有り体に言えば関西電力の原発マネーで作られた水族館である。車を止めようとしたら、駐車場の手前で渋滞。新型コロナウイルス対策で一度に入れる人数を制限しており、駐車場に止めようとする車を並ばせてそこで調整しているのだった。

200723_04それほど大きな施設ではないので、見て回る水槽などの数も知れている。本来ならば魚に触ることのできるコーナーもあったようなのだが、コロナのために休止中だった。

200723_05次に向かったのは、天橋立ビューランド。日本三景・天橋立を見下ろす山上に作られた遊園地だ。山上まではケーブルカーで登る。

200723_06名物の股覗き、余りにもベタすぎて今まで一度もやったことがなかったが、せっかくの機会なので生涯初挑戦。龍が登っていくように見えるそうなのだが…全然そんな感じはなく、ただ上下逆さまになるだけだった。

200723_07遊園地ということで観覧車やらゴーカートやら回転木馬やらにジュニア達が乗るのに付き合わされる。一つ乗る度に200円、300円と取られるのでハシゴすると、結構な散財となる。まあ、経済を回してやるには仕方ないか。

それにしても、園内は結構な賑わいで大丈夫かよこれ、という状況であった。外国人観光客がほぼ皆無だったので、これがインバウンド全盛期にはどんだけ混雑してたのだろうと思った。

200723_08この日泊まった宿は、天橋立荘 別館 よさの荘。全室オーシャンビューがウリだとか。間もなく始まるらしいGoToトラベルは使ってなかったが、京都府が同種の施策をしている対象となるようで、地元で使えるクーポン券をもらえた。なお、宿の人に話を聞くと、この日は満室の予約で、関東方面からの客もいるとのことだった。結構なことである。

200723_09宿自体は素泊まりの予約だったので、夕食は宿と同資本系列の料理店に送迎してもらった。

200723_10海の幸をいただく。先に述べたクーポン券で夕食代の多くをまかなうことができた。
その2)へ続く

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

| | コメント (0)

コロナ禍支援のお取り寄せ

200703新型コロナウイルスの社会経済へのダメージは深刻で、食品関係も大きな打撃を受けた分野の一つである。外食産業が自粛や消費手控えで営業されないのと、学校給食も一時期休校で止まっていたので、それらに原材料を納入する生産者も売る先が無くなって困っていた。そうした生産者を支援するべく、コロナ訳あり食材がネット通販で売りに出されていたので、一人当たり10万円支給されたコロナ給付金を原資にして、我が家でもいくつかお取り寄せしたものを記録しておく。まずは岡山県産のお米、ヒノヒカリ30kg。

200705北海道・ミルククラウンの搾りたてどデカ牛乳は10リットルが丸ごとボトルパックに入っており、あまりの濃厚さで一部バター化しているほどだった。


200712_1近江牛のホルモンも購入。CAS冷凍という技術を使っているそうで、解凍した際も劣化が少ないのだそうだ。

200712_2贅沢なホルモン焼きにビールがビールがススム君。何パックかに分けてあるので、何度かに分けて楽しめた。

(本記事は、実際は記された投稿日よりだいぶ後になってからの投稿のですのでご了承願います)

| | コメント (0)

無双心 亀岡店

200710_17月某日、午後からの用務が亀岡方面であったため、お昼ご飯は亀岡市内でいただくことにする。ネットで調べると「無双心 亀岡店」というラーメン屋があるので立ち寄った。高槻や祇園にも店があるそうだがここが本店の位置付け。看板には「京都最強」「亀岡と共に生きる」などの力強いメッセージあり。

200710_2券売機左上のラーメンとチャーシューご飯のセットを購入。スープはトロトロのとんこつだが野菜ベースということらしく見た目の濃厚さほど味はどぎつくなく意外とあっさり。太めの平打ち麺にもよく絡む。

昼のピークより少し早めの時間帯だったのでまだ客は少なく、常連客と店主とおぼしき人同士の会話を聞いていると、店内改装用の費用に新型コロナの給付金がどうたらこうたら、という話をしていたようだ。ここでもコロナ禍の外食系の厳しさを感じた。

200710_3ちなみに、この手の店では珍しく代金支払いにクレジットカードが利用可能だった。券売機の右寄りにカードをスライドして読み取る装置が据えられている。払えるときは極力キャッシュレス派の自分としてはありがたい。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

| | コメント (0)

外食系の苦悩と模索

200609_16月某日、某所に出張のため、お昼ご飯に「いいちょ」を訪れた。このラーメン店は京都ラーメンの代表格としてこのブログでも何度か登場しているが、コロナ禍となって以降は初めての訪問。そもそも、人気店なので12時に行ったら相当並んで待つのを覚悟しなければならないところ、今回は行列もなくあっさり入れてしまった。

それもそのはず、先月5月後半には緊急事態宣言こそ解除されたものの、基本的に不要不急の外出、移動は控えられる世界に激変してしまい、海外はもとより国内の旅行者も激減(というかほぼ絶滅)した結果、この店に来るのは近くで働いていた人ぐらいしかいない、という状況だからである。

200609_2店内の様子もだいぶ様変わり。カウンター席は密にならないよう一席ずつ間を空けての運用。それでも行列ができていなかったわけだから、いかに客が減っているかということが窺いしれよう。

ちなみに、他の外食店もコロナ禍以降いくつか回ってみたが、席数を減らす、向かい合わせにならない配置とする、アクリルパネルを設置する等、感染予防に向けた苦悩と模索を垣間見ることができた。

ラーメン自体は相も変わらず代表格の旨さを維持。店を出る頃にはさすがに店外にも行列ができていた。コロナ禍でも行きたい店と、それほどでもない店とでは明暗が分かれるかもしれない。

(本記事は、実際は記された投稿日よりだいぶ後になってからの投稿のですのでご了承願います)

| | コメント (0)

より以前の記事一覧