ランニング

ポンポン山&ジャズスト2018

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今年も恒例のポンポン山マラニック&高槻ジャズストリート鑑賞を開催した。昨年に引き続き5月4日にスライドしての日程。そして、これまでの伴走者不足に懲りて広めに呼びかけたところ、何と20名超というかつてない大人数となった。伴走者は十分足りたものの、今度はこれだけの編隊をさばく運用が大変となることが思いやられる。さらに、今回はろうと盲ろうのランナーも初めての参加。

まずは恒例の芥川河川敷、こいのぼりフェスタの会場へ。この日は風が強く、1000匹のこいのぼりも元気に泳いでいた。

180504_2住宅街を抜け、神峯山寺、本山寺と、若干前後の間が開きつつも、全員が頂上アタックのトレイルコースまでたどり着いた。

すると、今まで見覚えのない新しい階段が現れた。どうやら、従前のトレイルコースよりもさらに歩きやすいバイパスルートが新設されたようである。

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だいぶ前後の時間差は開いたが、全員が無事ポンポン山山頂に到着。盲ろうランナーには2人がかりのガイドが付く体制でトレイルも踏破、私が知る限りでは初登頂の快挙。

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山頂周辺はハイカーや我々以外にもトレイルランナーがたくさんいて混雑。心配していた風は、山頂あたりではそれほどでもない。日が照っていると温かいものの、雲で日が陰ると肌寒い。

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復路は、さらに隊列がバラけ、前後が大きく開いた。もはや、最後尾の通過を確認してから全速力で先頭を追っても追い付けない。神峯山寺で一旦集合するつもりだったが、待ち時間が長くなりすぎたので中段のグループは上の口まで進んでバスに乗ってもらうこととなった。一番先頭はその連絡が届くよりも先に出発していたので、そのまま走って高槻駅まで向かっていた。

なおここでコース状況の変化について記録。原立石バス停と神峯山寺の間の一部区間で、車両が通れないようになっていた。神峯山寺に行く新たな自動車用道路が開通したことに伴う措置と思われる。新たな道というのは、以前新名神の建設現場へ工事車両を通すために、従来からの道を横切るようにして作られていた道があったのだが、新名神開通に伴い、その道を一般道として改修し、神峯山寺の第二駐車場付近まで新道でアプローチ出来るようになったものである。以前は車で行くと、神峯山口バス停付近で狭い道や鋭角カーブを通らねばならなかったが、そこを通らなくてすむように改善された。

最後尾グループを先導して、このグループは神峯山口からバスに乗車。上の口からは10分に1本のペースでバスがあるが、このバス停からは1時間に2、3本程度しか走っていないので時刻表の見極めが重要だ。なお、神峯山寺入り口の売店にバス時刻表の案内がある。

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多少の時間差は生じつつも、全員高槻駅まで無事帰還。銭湯で汗を流した後は高槻ジャズストリートの会場へ。多少メンバーの入れ替わりがあるも相変わらず大人数のため、例によって弁当と缶ビールを買い込んで阪急高槻市駅高架下会場のすぐ脇の自転車置き場付近でまず鑑賞。

その次は桃園小学校へ。ここは野外会場の中でも屈指の大箱で、飲食の屋台も出ており、大人数を連れての案内には好都合。テーブルや椅子も設置されているが、当然ながら満席。大きなレジャーシートを持ってくるべきだったと次回以降の反省材料に。

180504_7夜も更けてきて三々五々に同行者が帰り始める。最後まで残った3人で、高槻現代劇場の地下ホールへ。プロのサックス奏者に、ピアノ、バス、ドラムが加わったカルテット。同会場でのその日最後の講演で、21時の終了時間となったため、「会場の都合によりアンコールはありません」とのアナウンス。観客が皆ちょっとガッカリしつつ帰ろうとした矢先、「お前らジャズ聴きたいやろ」とのかけ声とともに、おそらくはシナリオ想定外の「A列車で行こう」おまけ演奏で、会場は最高の盛り上がりを見せた。やっぱりジャズはこうでなくちゃ。

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伏見名水マラニック2018

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今年も恒例の伏見名水マラニックに参加した。今回は人数3人のこじんまりとしたパーティー。伏見稲荷大社お旅所から疏水沿いに藤森神社へ。昨年は一部工事中だった道も整備が終わり、走りやすくなっている。

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続いて清和荘・清和の井へ。

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3ヶ所目の城南宮へ。奥の本殿は改修工事中。いつもこの頃ツツジが満開なのだが、今年は既に盛りを過ぎていた。

180430_04ここで、スタンプとは関係ないがここ数年コースに加えられている、鳥羽水環境保全センターへ向かう。城南宮の北側にあるコンビニで昼食用のおにぎりも買い込んだ。昨年の経験を生かし、「城南宮北側の道をそのまま西進して鴨川を渡り、渡り終わったら千本通り沿いに北上、左側にある一方通行の細い道を西進して公園の南縁を通り、堤防に当たったら階段を上って歩行者専用の細い橋で西高瀬川を渡り、渡った先の下水処理場の歩行者用入り口」を目指したが、千本通りを左折すべき場所を少し間違えた。正解はこの画像の箇所。あまりにも狭そうなのでこれではないと思って一つ先まで行ってしまったが、この狭いところで合っていた。

なお、後で地図を精査すると、千本通りを北上し名神をくぐった後、左斜め下に下って行く道があるのでそこを降りてすぐ左折、川にぶつかるまで西進してぶつかったら右折・北上、というルートの方が分かりやすいかもしれないので、今後の参考として記録しておく。(2年前の記事も参照)

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鳥羽水環境保全センターに着いてみると、残念なことに藤の花はとっくに盛りを過ぎていた。今年は桜から始まって全ての花の盛りが例年より早いようだ。

180430_06というわけで、藤のの花に代わって、会場に居られた華、京都・ミスきもののお姉さんと共に記念撮影。

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藤色が大部分の藤棚の中に、一郭だけある、白い藤の花はかろうじて見頃だった。

180430_08スタンプラリーを再開して、4ヶ所目のキンシ正宗。ここも中に入れない・お水が飲めない状態となって久しい。

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5ヶ所目、大黒寺。画像には映っていないが、車で入る方の入り口で大きく穴ぼこを掘る工事中だった。

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伏見の酒蔵エリアに入って6ヶ所目のキザクラカッパカントリー。

180430_11ここでお約束の地ビールをいただく。「ケルシュ」を注文したら、少し1杯に足りないくらいでビールが切れてしまったので、次にタンクを入れ替えた「アルト」を1杯サービスしてくれたので、ラッキーにも1杯分の値段で飲み比べができた。

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7ヶ所目、鳥せい本店。

180430_138ヶ所目、月桂冠大倉記念館。ここで主催者H氏から提案、有料だということで今まで一度も中に入ったことがなかったが、料金を払って入ってみよう、ということに。300円を払って中に入り、初めてここの名水をいただいた。

180430_14記念館では、酒造りの工程が見学できるようになっている。さらには、お酒の試飲もでき、お土産に日本酒1合のミニボトルももらえるので、300円払って入る価値は十分あると感じた。…と思って同館のサイトを見たら、何と2018年7月から入館料が400円に値上げになるとのこと。

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9ヶ所目の長建寺。ここは文化財特別公開を実施中で、要は中に入るには拝観料が必要だったので、外から眺めるだけ。

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そして最後の10ヶ所目、御香宮神社に到着。

180430_17今年も無事にお猪口をいただけた。今回は菊水若水のデザイン。

180430_18今回は久しぶりにスタンプラリー箇所も含め丹念に写真を撮った。というのも、タブレットでランニングアプリを起動させつつ、そのアプリで写真を撮れば、あとでそれらの写真が撮影場所にプロットされた形で地図上に表示されるからである。ただしログインしないと地図が表示されないようなので、その様子をキャプチャした画像を貼っておく。

ちなみに、走った跡を見ると、ちょっと道を間違えたところまで再現されている。便利な世の中になったものだ。

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鳥取マラソン2018

180311_01鳥取マラソン当日朝。鳥取駅前からシャトルバスで会場へ。鳥取砂丘の近くがスタート地点となっている。会場には鳥取マラソンのロゴやタイトルが刻まれた砂のオブジェが鎮座しており、多くのランナーがスマホのカメラを向けていた。

180311_02そもそも何で今回の鳥取マラソンに出ることになったかというと、高校の同窓生からお誘いがあったから。1学年上の先輩から話があったそうで、自分の学年で4名、1つ上で6名と結構な数が集まった。

それで、予想通り結局練習もろくに積めなかったので、予想通りサルの着ぐるみで走ることにした。既にこれがユニフォームとなりつつある。仮装ランナーは他にもいて、まず同級生が馬に乗ったカウボーイ、他にはカオナシや子泣きじじい、目玉おやじなどがいた。仮装している者同士、妙な連帯感が醸成される。

180311_03当日の天気予報は晴れだったのだが、スタート時刻が近付くと曇りはじめ、時折小雨もぱらつくような肌寒い天気となった。ポジション取りは無難に4時間程度のブロックにした。ピストルが不発で拍子抜けしながら、午前9時スタート。

180311_04序盤はウォーミングアップ代わりにゆっくり入り、そののちキロ5分少々ぐらいの巡航速度で進んでいく。サルの仮装のおかげで応援でも声をかけてもらいやすい。沿道の、特に小さい子供の応援に精一杯の愛想をふりまきつつ走る。

180311_05練習できていないからどこかで落ちてくるだろう、と思ったが、意外とペースは落ちない。30km手前あたりで、隣を走っているランナーから、これだとどのぐらいのタイムでゴールするかと尋ねられた。若干落ちたとしてもサブフォーは行けそう、と答えると、ついて行ってもいいか、と聞かれたので、どうぞどうぞと歩を進める。そのランナーはまだマラソンを始めて間もない様子で、生徒に駅伝の指導をするので自分でも走ってみたということだそうで、いろいろな話を交わしながら走る。

どうもこの2人組での走りがハマったのか、ペースは落ちるどころか、むしろキビキビと5分ひとケタ台を維持。さらに順位を上げていく。落ちてもサブフォーどころか、このまま行けば3時間50分も切れる、3時間45分も切れる、と、どんどんゴール予想タイムが繰り上がって、最後は3時間42分58秒というタイムでゴール。サルで4時間切り、「サル4」を達成。

ゴール後はサル姿故か地元テレビのインタビューも受けた。地元新聞のネットサイト動画でも、ちらっとだけ映っていた。

最近はほとんどマラソンの途中経過など気にも留めていなかったが、今回は自分でも驚きの内容だったので、5kmごとの経過も含め詳しく振り返る。何と、前半1時間54分、後半1時間48分の驚異的なネガティブ・スプリット(前半タイムより後半タイムの方が速いこと)を達成。順位も全区間で上昇していき、スタート地点以降、最終的には949人を抜きサルこととなった。

       SPLIT   LAP   RANK
Start-0 0:01:54  00:00  1387
00-05k 0:31:40  29:46  1354
05-10k 0:58:01  26:21  1159
10-15k 1:24:10  26:09   987
15-20k 1:48:49  24:39   847
(HALF  1:54:26/1:48:32)
20-25k 2:14:16  25:27   742
25-30k 2:40:15  25:59   644
30-35k 3:05:35  25:20   547
35-40k 3:31:33  25:58   450
40-FIN 3:42:58  11:25   438
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記録 3時間42分58秒 (ネットタイム3:41:04)
総合順位 438位

この鳥取マラソン、昔は「日本海マラソン」という大会名で鳥取にて開催されており、自分も13年前に出場していた。実はその際もネガティブ・スプリットでのサブスリーを達成していた。鳥取という地はネガティブ・スプリットに縁があるのだろうか。

(くりりんの問わず語り「日本海マラソン」にトラックバック)

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駅伝大会2018

180310_1今年も恒例の職場の駅伝大会に参加した。天気は事前の予想よりいい方向にずれてほぼ晴れ。今回は部内の複数の課で作った連合チームの一員。当初は出ないつもりだった(というか勝手に補欠に登録されていた)のだが、ちょっと前にメンバー同士で予選会を開いて、2番手だったのでレギュラー入りさせられた、というのが実情。

この駅伝では2周を走る1区と5区に速いランナーを充てるのがセオリーで、2位だった私は本来なら裏エースの5区を担当すべきところ、諸般の事情により1区を走らせてもらうこととした。

さて、レースが始まると、思ったほどずば抜けて速いランナーはおらず、先頭集団は牽制し合っている様子であった。そのおかげでしばらくは先頭集団の後方に着ける。でもやはり地力の差で徐々に離されて、7位でタスキリレー。1桁順位で帰れば御の字と事前に言っていたとおりとなった。タイムは3.6kmのコースで13分51秒とかろうじて14分を切り、昨年よりはだいぶましだった。

180310_2その後に続くランナー達のがんばりもあって、終わってみればびっくりの4位入賞(全体参加チーム数52組中)。5区に回った際に前方チームが結構詰まっており、ここで表エースを切り札として使えたことが奏功したようだ。また誰も大きな穴を開けなかったことがよかった。やはり駅伝は、チームプレイだなあ。そして諸般の事情のため、閉会式を見届けることもなく鴨川河川敷の会場を後にするのであった。

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高槻シティハーフ2018

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今年も高槻シティハーフマラソンに参加。前回は申し込みが遅れて10kmだったが、今回はちゃんとハーフへのエントリー完了。ハーフは2年ぶり。例によって会場近くの相方実家に子供2人を預ける。

180121_2そして2年前と同様サルの着ぐるみで登場。2年前はちょうど申年だったが、今年は戌年なのであまり意味はない。天気は珍しく好天で、晴れて風も穏やか。着ぐるみなら寒くなく、むしろ走ると暑いぐらい。

スタート時はかなり後方で、スタートロスに3分少々。混雑時の低速走行をウォーミングアップ代わりにして、暖まったらガンガンとごぼう抜き、かつ沿道の観客、特に子供に喜んでもらおうというコンセプトで走る。

180121_3ところがペースアップしてもせいぜいキロ4分前半がいいところ、その脚も16km過ぎあたりで止まってしまい、せっかく抜き去った大勢のランナーに、今度は抜き返される。2年前同様敗れサルのであった。残り2kmほどというところで友人の応援に会うが、既にヘロヘロになっているところをカメラに捉えられた。

180121_4ゴールタイムは1時間51分41秒(ネットタイム1:48:09)で部門別は1282人エントリー中511位だった。2ヶ月後に2年ぶりのフルマラソンなのだが、これで走れるのだろうか。

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2018年・正月

180101_12018年の正月はいつもと様子がだいぶ違った。というのも、年末休みに入ったとたん、相方が高熱。夜間休日の病院に行くとインフルエンザに罹っているとのこと。年末にやっている大掃除もいくつかとりやめ、寝る時も相方だけ部屋を隔離。それにしても、それまで一緒に部屋で寝ていた私と息子二人が発症しなかったのはなぜだろう。

年末年始のテレビは以前からまして関心がなくなってきたところ、年明け朝早々から長男が2チャンネル(NHK教育)のボタンを押すものだから、流れてくるのは新春狂言という、渋い幕開けとなった。

鏡餅は先月に次男坊の一升餅で作ったものをそのまま流用。橙と裏白は通販で買い足したもの。さすがに三宝はないのでお皿の上。

180101_2毎年恒例の高槻元旦マラソンも、前年と同様私一人で自転車にて枚方大橋まで出向く。比較的天気はよかった。

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コースは前年から2.5km周回の上限10kmまでというやり方に変わっている。これまた前年同様ゆっくり走りはじめて徐々にビルドアップするも、キロ4:10ペースで頭打ち。10kmを43分4秒ほどだった。ちなみに、この時の筋肉痛が2日後になってもまだ残っているという困った状況である。

180101_4おせち料理はこれも前回同様ふるさと納税(小牧市)返礼品でもらった千賀のおせち。中身的にビールよりも日本酒ということで昼間から飲む。

例年なら元日は私の実家に親戚集合、2日は相方の実家に親戚集合で夕食をともにするのだが、相方インフルエンザのためいずれもキャンセル。受験生の甥っ子がいるのと、相方の親戚も介護関係のため、発症者はもちろんのこと、たとえ発症してなくても一緒に過ごしていた人とは接触しないのだとか。

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本山寺でお弁当

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この日はとてもいい天気。特に予定がなかったので長男に何をしたいか聞くと、ポンポン山に行ってお弁当を食べたいというので、急遽相方に弁当を作ってもらい、私の漕ぐ自転車の前かごに乗せて目指すことにした。手前の住宅街でもかなりの上り坂に遭い苦戦。神峰山寺の手前では、ほぼ完成した新名神高速道路がちらっと見えた。この区間は来週開通らしい。

171203_2神峰山寺から本山寺までの上り坂も自転車で進む。もはや乗って漕ぐことは不可能で、降りて押して歩く。それでも約14kgの長男と自転車そのもの(三段変速ママチャリ、もちろん電動アシストは付いていない)の重みで、腕も疲れて脚にも来て、たまらず止まって休憩。気づけば長男はかごの中で寝ている。

171203_3本山寺手前1km弱の参拝者用駐車場があるところに自転車を置き、そこから2人して歩き始める。と思ったら、長男がすぐに歩きたくないと駄々をこねる。仕方がないので肩車で進むが、既にそれまでの自転車で脚を使い切っており、とてもつらい。途中にあるお地蔵さんのいる小さなお堂でまた休憩。

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残り二丁となったあたりから何とか長男を歩かせ、ようやく本山寺に到着。この調子でポンポン山頂上まで行くのはとても無理だと思い、ここで折り返しとし、弁当を広げた。紅葉はもうシーズンが終わっている感じだった。ハイカーの姿もごくまばら。

171203_5私と長男の2人分作ってもらった弁当をありがたくいただく。快晴で風も穏やかだが、それでも寒い。食べ終わったらすぐに下って帰路に就いた。それもかなりの部分は肩車。帰りの自転車はさすがに楽々だった。まあ行きの上りではスピードを出さずに心拍の負荷をかけられたので、それなりにいいトレーニングにはなっただろう。

なお、後で思ったところでは、長男は単にお弁当を作ってほしかっただけで、ポンポン山といったのは出まかせではないか、という疑いが我が家の中で持ち上がっている。

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大阪マラソン2017応援

171126_1相方が大阪マラソンを走るということで2年ぶりの応援で大阪の街へ向かう。2年前は長男をベビーカーに乗せていたと思うが、今回は長男を普通に連れて、2年前はまだ生まれていなかった次男は家で義母と一緒にお留守番である。

まずは応援隊の集合場所である南海難波駅付近へ向かう。子連れだとここまで来るのにも一苦労。ベビーカーのときは自分のペースで歩けたが、子供に歩かせると機動力は落ちるし、肩車すると重くてしんどい。

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もう少しランナーを見つけやすいところに移動。大国町の付近まで歩く。約23km地点。

171126_3受付の時にもらっていた、ハリセン型のプラカードと、スティック状の風船で応援しながら待ち構える。

171126_4相方はミニオンの仮装。この日はほかにもミニオン姿のランナーを結構多く見かけた。

ちなみに、以前はなかったと思うのだが、大会のサイトで、応援したい人のナンバーを登録しておくと、今そのランナーがどこにいるかが地図上に示され、かつ、応援ポイントを設定すると、そこに目当てのランナーが到達する予想時刻を表示してくれるという優れたシステムが提供されていた。タイム計測はおそらく5kmごと程度でしかしていないはずだし、まさか全ランナーにGPSを渡しているはずもなく、どうしてランナーの現在地がわかるのだろうか。実際は、若干の誤差(地図上ではもうランナーが来た状態よりも1、2分程度実際は遅れて登場する)があったようなので、ペースから推測してコマを動かしているのだろう。

このシステムのおかげで、地下鉄で追っかけながらこの先も何か所かで応援する際に、相手方をちゃんと追い抜いて先回りできたかどうか、あとどれぐらいで現れるかが、かなり正確に捕捉できた。

結局相方は5時間代後半でゴール。ところが合流するのを待っている間に、長男が寝てしまった。ゴール会場のインテックス大阪から帰る際は、混雑回避のためニュートラムの駅ではなく地下鉄中央線コスモスクエア駅まで歩くよう誘導されていたのだが、約14kgの重い荷物と化した長男を背負いながら、その長い道のりをまるで避難民のように歩くのは、なかなかに苦行であった。

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frun近江富士合宿(2)

171009_1frun合宿2日目。この日は、いよいよ近江富士こと三上山に走って登る。泊まった宿の敷地内にも既に山頂へ続く遊歩道があった。

171009_2天狗岩と名付けられた岩。まあ見た目どおりだわな。

ちなみにこの山は「富士」と呼ばれているが、富士山のような火山ではない。参考にしたサイトの記載によれば、元は海の底にあった堆積岩が隆起し、熱変性を受けて硬くなった岩の塊であり、硬いがゆえに周りの地面が浸食されて無くなったがここだけが残った、ということのようだ。地理的には残丘とでも言うのだろう。

171009_3というわけで、山頂に近づくにつれ、足もとは岩だらけとなり、急な登りが続く。「割岩」という巨大な岩が2つに割れている個所もあったが、上の方から見たらよくわからなかった。この先も岩をよじ登るような険しい登山ルートだ。

171009_4山頂に到着。標高は432mと大して高くはない。また山頂付近そのものは見晴らしがない。

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山頂からやや降りたところにある展望台の方が見晴らしがある。琵琶湖岸、野洲付近の平野が一望できる。

この日のランイベントはこの登山のみで終了。下山後、野洲駅で昼ごろに解散。新快速で缶ビールは飲んだが、打ち上げの飲み会もなし。ずいぶん大人しくなったものだ。

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frun近江富士合宿(1)

171008_01かつて10月初旬はfrunのおこしやすマラソンが開催されていたが、昨年で終了した。というわけでそのメモリアルとして、合宿のイベントが企画された。というか、草創期のfrunではそうした合宿をしていたらしい。今回の舞台は滋賀県野洲市の近江富士(三上山)麓にある近江富士花緑公園。その前座のマラニックは、草津がスタート。天井川となっている旧草津川(現在は流路付け替えで水は流れておらず、おしゃれなカフェなどが立ち並ぶ)の脇で、東海道と中山道が分かれるところから、中山道沿いに野洲方面へ向かって走る。

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草津宿本陣。中の見学もできるが有料なのでパス。

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やや進んで大宝神社。土俵があって相撲の行司も近日にあるらしい。お宮参りの家族連れの姿複数。

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大宝神社の境内に、松尾芭蕉の句碑がある。このあたりは綣(へそ)という地名で、「へそむらの まだ麦青し 春のくれ」という句が残されている。

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十王寺というお寺。通称「焔魔堂」。人が死んだら地獄で閻魔大王の裁きを受ける、というのが仏教での通俗的な設定だが、実は10人(そこは「人」じゃなくて「王」か)の裁きを受けるのだそうだ。閻魔大王はそのうちのひとりに過ぎない。

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これがその十王の一覧。初七日、四十九日の法要は聞き覚えがあるが、実は1週間ごとに裁きがあるのだそうだ。追善法要は、その裁きの場において、この人は生前こんなにいい人だったのですよと弁護する活動なんだってさ。

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今宿一里塚。かつては街道沿いに一里ごとに目印となる塚が置かれていたそうだが、この付近の中山道で残っているのは唯一ここだけらしい。

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土橋。旧栗太郡と旧野洲郡の境を流れる吉川に架かる橋。今でこそ数メートルの長さしかないが、かつては川幅(というか河川敷)が広かったので数十メートルの長さがある橋だったとのこと。

171008_09土橋を越えると守山宿のゾーンに入る。程なく東門院というお寺がある。東門というのは、比叡山から見て東にある門、だそうだ。東門院守山寺、という名前で、守山という地名もこの寺が発祥らしい。山を守る、ってのは、つまり比叡山を護るということか。

守山宿の中心部にある中山道街道文化交流館に立ち寄ると、ちょっとした展示物があったり、トイレ休憩も可能。管理人のオッチャンが走ってきた我々に対して興味津津だった。また、すぐ近くには宇野宗佑元首相の実家の町家を改修した、うの家というレストラン併設の施設もあった。ガイド役の若者が、近くの勝部神社で行われる「勝部の火まつり」も紹介してくれたが、これは冬に行われる奇祭。いずれも写真を撮り損ねたのでリンクにて手抜き御免候。

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野洲川を越えて野洲市に入る。向こうの方に近江富士が見えてきた。手前には東海道線の鉄橋。しかしよく考えると、草津から先のJR東海道線は中山道沿いに走っているので、東海道線と呼ぶのはちょっと変なんだな。真の東海道沿いの線路は、今では草津線及び関西本線となっている。

171008_11橋を渡ってすぐのところに、十輪院というお寺がある。無人のようだ。柵がしてあるが空いているので敷地内へ入ると、ここにも芭蕉の句碑がある。「野洲川や 身は安からぬ さらしうす」という俳句。野洲晒(さらし)という織物を川に晒す様子を詠んだそうだ。残念なことに案内板が折れて倒れていた。

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野洲の市街地に入ってきた。すると「背比べ地蔵」が鎮座していた。右側の小さい地蔵の方がそれ。その昔は産まれた子供が育つ際に病気などで命を落とすこともかなりあったが、この背比べ地蔵と同じぐらいの背丈まで育てばほぼ大丈夫だろう、という目安とされた大きさの地蔵なのだそうだ。かつては人口ピラミッドがその名のとおりピラミッドの形をしており、しかもその裾野がなだらかだったのだなあ、と思い知らされるエピソードである。

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いよいよ近江富士に近づいてきて、市街地を離れて山あいに突入。福林寺跡の磨崖仏が忽然と現れる。なお、仏像の周りが噛みついたような溝で囲われているのは、かつてこれを盗掘しようとして掘られた途中で止まった状態のものだそうだ。

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小さな石仏も並んでいる。

171008_15これらの石仏は何でここにあるのかはよくわかっていないそうだ。ただ、こうして囲うように並んでいる部分は、墓標のように見えなくもない。

171008_16また別の山肌にある妙光寺山磨崖仏も訪れた。これは巨大な岩の高いところに掘られたかなり大きなものである。

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磨崖仏を離れて、一路本日のマラニックの終着点、近江富士花緑公園へ。途中には、希望が丘文化公園のゲートもあって、10年ほど前まではここを会場にして視覚障害者駅伝をやっていたなあと懐かしむ。同駅伝の会場はその後各地を転々として、現在は長居公園となっている。

さて近江富士花緑公園のふるさと館に宿泊することとし、夕食はBBQ。その後も部屋で夜を明かしての宴会かなあ、と覚悟したが、何と皆々次々に布団で眠りに落ちていく。私を含め最後まで残った4人も、22時半にはお開きに。frunも高齢化が進んでいるわけだなと実感した。

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