ランニング

高槻ハイキング&ジャズスト2022

220503_1例年この時期に開催してきたポンポン山マラニックだが、今年は主謀者であるH氏の脚やら心臓やら体のあちこちの老いるショックの影響で、走るのは無理、短めの距離でハイキングを、というリクエストに応え、高槻駅周辺でのハイキングを設定した。コースは、2020年3月に実施した高槻伴走練習会で通った道を基本とすることにした。他に大人3人、子ども1人も加わって6人のパーティー。残念ながら我が家のジュニア達にも声を掛けていたが断られている。

いつもなら駅から走って行くところ、踏破距離節減のため、高槻駅北バス乗り場から、関西大学方面へ向かうバスに乗る。このバスが超満員で少し驚く。何事かと思ったら、大多数が清福寺バス停で降りた。どうやらこいのぼりフェスタ会場である芥川河川敷へ向かうためらしかった。あれぐらいなら駅から歩いていけるのだがね。そして一行は西之川原橋のバス停で降りて、そこからハイキングのスタート。程なく摂津峡桜公園に到着。ツツジが咲き誇っている。

220503_2摂津峡公園からは摂津峡ウォーキングコースのB、中腹自然林コースを進路に取った。

いつもなら比較的平坦な芥川河川沿いのコースを通るが、ハイキングということでアップダウンは大きいが見晴らしのいいこちらを選んだ。その甲斐あって、展望台からは高槻の街並みから大阪、生駒方面も見渡すことができた。

220503_3ウォーキングコースではEのルートに乗り換えてさらに一山越え、萩谷総合公園にたどりついた。到着予定の12時を少し過ぎてしまったが、ここで昼食、大休止。

ハイキングには参加しなかったジュニア達も相方に連れられてこの公園に先回りして来ており、一緒に昼ご飯。公園内の遊具があるエリアでは、たくさんの子ども達が遊んでいた。

220503_4萩谷公園から先は、上記ウォーキングコースのEルートの続きで、林道を遠回りする感じで摂津峡の上の口に回り込む感じの行程。舗装されているが滅多に車はとおらないので、ランニングにも最適なコースだ。頭上は杉林で覆われておりひんやりとしている。

このコースの下りで、唯一の子ども参加者・Mちゃんがペースアップ。ハイキングのはずが、走る走る。実はMちゃんも先天の視覚障害があるのだが、そんなハンデももろともせず様々なスポーツに挑戦しており、目標はパラリンピック出場だ。今回ハイキングコースを歩くのも初めてだったそうだが、臆することなく付いてきており、高いポテンシャル、センスの塊だと感じた。将来この子がパラ出場を果たした際は、ここにその起源があったという証拠として残しておきたい。

220503_5_org今回の走行ルートをランニングアプリで記録して地図に落とし込んだものがこちら。画像クリックで拡大表示。

実走10kmほど、休憩時間を除くと3時間弱ほど。上の口バス停からはバスで高槻駅へ戻る。

220503_6さて高槻駅に戻ってきた後は、後半戦の高槻ジャズストリート鑑賞。過去2回コロナ禍で中止となったため、3年ぶりに戻ってきた。

まだ夕方早い時間帯だったので、缶ビールと軽くつまみを買い込んで、屋外会場の隅っこの方でBGM代わりにしてプチ打ち上げ。最初はアクトアモーレ2階のステージから。

220503_7阪急高槻市駅高架下に移り、続いての鑑賞。ここには主力級のアーティストが来る会場なので、さらに人も多く、音のパンチもデカくなる。

駅前の人通りもかつての賑わいが戻ってきた。ただし皆マスクをしたままの状態ではある。この後、居酒屋で改めて打ち上げしようとしたが、最初の2軒ほどは満席で断られた。経済も回っているようで大変結構なことだ。

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神州温泉 あるごの湯

安威川・神崎川ひとりマラニック からの続き)
220410_s1今回のマラニックのゴール、「神州温泉 あるごの湯」は、パチンコ店などを経営する八城観光開発の資本によって2013年からオープンしたスーパー銭湯である。ここに隣接してパチンコ店・ボウリング場などの複合遊技施設もある。最初からわかってはいるが、天然温泉ではない。

玄関で靴を下駄箱に入れ、その鍵をID代わりとして退出時に料金を支払う方式。風呂とチムジルバン(韓国式低温サウナ)があるが、今回は風呂のみを利用、土日祝料金は900円也。

出来てから10年も経っておらず、館内設備等はまだくたびれたりとかはしていない。カラン・シャワーにボディーソープも備え付けられている。常設のシャンプー等以外に、お試しくださいということで無添加をうたったシャンプー類も使用ができた。

露天風呂のエリアに炭酸泉(人工)があり、唯一「温泉っぽさ」は感じられた。いずれの湯も若干の塩素臭あり。サウナは通常の乾式と塩ミストの2つ、ロウリュウサービスもウリらしいが今回はパス。当然水風呂は設置あり、ロングランで疲れた脚をアイシング。

★★☆☆☆ 天然温泉でない銭湯は最高でも★2つまでという評価としている。スーパー銭湯としては平均以上の及第点でよいだろう。

220410_s2施設入り口手前に、「あるごの湯ランナーズクラブ」のポスターが掲示してあり気になったので調べたところ、会員となることで、この銭湯に荷物を預けて、神崎川など周辺を走った後にお風呂利用ができる、いわゆるランステのサービスを提供しているということらしい。

事業者自身のサイトからは詳細情報はわからなかった(PDFはリンク切れ)が、会員登録に200円と記述されたページもあるようなので、実質コインロッカー代と同趣旨ということだろう。今回はワンウェイのゴールだし複数利用は無いだろうから、当然登録もしなかった。

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安威川・神崎川ひとりマラニック

220410_01この週末も、相方氏が子供らを連れて他のママ友家族とともに公園に出かけるということで、終日自由行動の身となったので、温泉ゴール目指してのワンウェイマラニック2回目を実行した。

今回もまずは安威川沿い、そして次に神崎川沿いを走るルート取り。摂津市に入ったあたりで、「全国伝統地名(旧国名)市町村いろいろ」という銘板が埋め込まれていたので足を止めて撮影。縮小したら字がつぶれて読めないので、画像クリックで縮小前の高解像画像を表示。

確かに、この摂津市の「摂津」は、今の大阪府北部や兵庫県南東部にまたがる旧摂津国の名前でもあった。現在の都道府県名では旧国名を受け継いだものは一つもないが、市町村名にその名を残しているところはいくつかある。銘板では、そうした市町村が連携して街づくりをしようということで、昭和61年に全国伝統地名(旧国名)連絡会議が発足した、とある。

なかなかに面白い点で着目した集まりではあったが、時は流れ、平成の大合併を経て、近くを見るだけでも丹波町は京丹波町に、丹後町は京丹後市に、山城町は木津川市に、近江町は米原市に、それぞれ編入されてしまった。今もこの連絡会議は残っているのだろうか。この銘板のあるあたり一帯に、各参加自治体の名前とひとことPRの書かれたポールが等間隔に立ち並んでいた。

220410_02河川敷は川に近い低い方と堤防の上の高い方双方を走れる区間があったが、今回は高い方を進む。既に桜の時期は過ぎてしまったが、ソメイヨシノだけが桜じゃない、八重桜あたりはこれからが満開だし、そもそも桜ばかりが花じゃない。

そうさ僕らは世界に一つだけの花、なんて歌もあったなと思いながら歩を進める。

220410_03吹田市の領域に入り、架かる橋は阪急千里線かなと思ってみると、平行して新しい橋を作りかけの様子であった。新しい道とかは無いしなと思ったら、その橋の延長線上に作りかけの高架コンクリートも見えてきた。

なるほどこれは、阪急淡路駅付近の高架事業の一環で、淡路からこのあたりまでも高架にすると橋の高さも合わないので、これに合わせたより高い橋に掛け替え中ということだったのか。それにしても莫大な費用のかかることよ。

阪急千里線をくぐるとその次はおおさか東線。ここも元々は城東貨物線だったところで、17年前に神崎川沿いを走った際にも通っているし記録もあるだろうとスルーしたが、後で振り返って見ると、おおさか東線の新大阪から南吹田までの間は、アプローチの都合上、城東貨物線とは別に新線を敷設して、トラス式の鉄橋が大きくカーブしながら神崎川を跨いでいるのだった。しかも以前の記事では城東貨物線自体の記録もスルーしており、結局このブログには画像なしということになってしまった。

その先は東海道本線をくぐり、新御堂筋もくぐって、大きく左へ湾曲した後、阪急神戸線の三国駅付近にてゴール。20kmを2時間少々かけての旅路だった。このあたりにあるスーパー銭湯「あるごの湯」に立ち寄るが、そのリポートは別項にて。
220410_05帰路は阪急三国駅から電車に乗る。三国駅の利用はおそらく初めて。

三国駅といえばaikoの歌「三国駅」で有名だが、その歌詞に出てくる同駅は高架化される前のものをイメージしているそうで、現在のそれとは異なる。

220410_04高架化前の三国駅は構内で急カーブがあったそうだが、高架化後は線形改良によりわずかに曲がっている程度。

また、高架化に伴う再開発により、歌詞にあった「変わらない街並み」は今やすっかり変わっているそうだ。

なお、同じく歌詞に出てくる「ボウリング場」は、一旦は閉鎖されたが、建て替えられて、あるごの湯に隣接する複合遊技施設にて再オープンしている。月日が経つとはそういうことだ。

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鶴橋ひとりマラニック

220321_01三連休最後のこの日、相方氏は子供らを連れてママ友家族と一緒に日帰りスキーに出掛けることとなり、スキーがすきーでない私は同行せず、1日お一人様フリーとなる機会を得た。

というわけで、久しくやっていなかった、ワンウェイでゴールを温泉とする長距離マラニックを敢行することとし、目標地点を鶴橋あたりに定めて、午前の早いうちから自宅を出発した。

まずは南下して安威川河川敷に出る。このコースは私のマラソン人生のスタートコースでもある。そういえば、安威川沿いをひたすら走って神崎川に名前が変わって大阪湾に注ぐところまで走ったこともあったな。以前に整備された距離標識は、長年経つ間に幾たびもの洪水による浸食を受け、すっかり荒れ果ててしまった。100mごとに地面に記されていた表示はそのほとんどが剥がれ、500m置きにあった鉄製の標識も損傷激しく、下流側終点の大きな板も、もはや何も読めない状態になっていた。月日の流れとは残酷なものである。

220321_02安威川を離れて、今度は淀川へ。仁和寺大橋あたりから淀川河川敷をひた走る。

長距離は取れるが、やたらだだっ広くて変化に乏しく飽きてくる淀川沿い。今回走った右岸側は、摂津淀川マラソンのコースにもなっていたっけ。川向こうの対岸は枚方ハーフや門真ハーフのコース。いずれもずいぶん昔の話となってしまった。

ようやく豊里大橋が見えてきた。これを渡って進路は南よりに変わる。

220321_03ここから先は、今まで通ったことのない未知の領域。事前に地図を下調べしたところ、太子橋今市の交差点から少しだけ西に進んで、そこからほぼ真っ直ぐ南下して千林駅をくぐり、さらに南の方につながる道があるようなのでそれを進む。

タブレットを持って走っているので、現地でも確認しながら進める。紙の地図を折り畳んで持って走った頃に比べたら各段に便利になったものだ。

阪神高速森小路あたりからは、川が南北方向に流れてるようなのでその川沿いにスイッチ。城北川という名前のようだ。見込んだとおり、遊歩道のようになっていて、車は通らず安全に走れる。ただし、交差する道路や橋をアンダーパスするためのアップダウンが繰り返されるので、既にいっぱいいっぱいの脚が悲鳴を上げる。

寝屋川を越えると、川の名前は平野川分水路と変わり、遊歩道ではないもののまだ川沿いを走れる。それにしてもこの一帯、川の水面に比べて結構周囲の土地の標高も低い。天井川とまではなっていないものの、洪水時に堤防が決壊したら大変だ。また、津波がここまで遡って来たりはしないのだろうか。少し心配になった。

千日前通にぶち当たったらそこで右折、今里の五叉路を越えて鶴橋駅少し手前、スーパー銭湯の延羽の湯・鶴橋店がゴール。温泉リポートはまた別項にて。

220321_04走っている最中にトレースさせていたランニングアプリStravaでの地図表示がこちら。基本的に川沿いを利用しつつ、その間もスムーズにつなぐ。なかなかに美しくコース取りができたと思う。

走行距離25km、所要時間2時間40分。久々に充実したランニングとなった。やはり自分はスキーよりもマラソンだ。改めてそう確信した。

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第24回全国視覚障害者駅伝大会

211031_1昨年はコロナで中止だったが、今年のOSAKA EKIDEN in 長居 兼 第24回全国視覚障がい者駅伝大会は意外にも「開催」となり、2年ぶりに長居公園を訪れた。開催の方針との連絡があった8月頃はまだ新型コロナウイルスの感染が蔓延中で、とても無理なんじゃないかと思っていたが、見事に収まった谷間の状況で開催の日を迎えることとなった。朝は雨だったが、会場に着く頃には上がる。

ただしコロナ禍の影響でエントリー数はかなり少なく、また、会場入場時からやれ健康チェックシートを出せ、ソーシャルディスタンスを取って並べ、チームごとの陣地も屋内練習場に感覚を空けた指定の場所にせよ、とずいぶん窮屈な状態となっていた。蔓延期なら分かるんだが、これほど収まっているこの時期はやる必要も意味もないのだがなあと苦笑い。

211031_2所属チームは例によって関東方面から遠征してくるYチームで、伴走の相手もY氏で変わらず。

だが変わっているのはお互いに老けは増し、走力は落ちていること。2区3.4kmの伴走を担当。今回「飛道具」として1区はパラリンピアンのH氏に走ってもらい、その貯金で逃げ切る作戦。

パラリンピック強化選手で構成されるオープン参加のエリートチームを除けばダントツのトップでたすきをもらってスタート。なるべく抑えようと走って途中の区間速度を測ってみるとキロ4:40ペースぐらいか。後続のチームは全く視界にないままで最後もしっかりとペースアップして3区へリレー。15分48秒で、後に記録を聞けば区間2位ということで十分役目は果たしただろう。

ところが、3区、4区とも大ブレーキではないものの結局貯金は使い果たしてしまい、最終区で2チームに抜かれて視覚障害の部で3位に終わった。2年前は4位だったので挽回したともいえるのだが、そのときは飛道具無し。結局のところ今回は優勝してても「飛道具使いやがって」だし、逃せば「飛道具使ってそれかよ」といずれにしてもツッコまれざるを得ない状況であった。

211031_3密を避けるためか、全員が集まって閉会式というのもなく、結果発表をしたらすぐ解散、入賞チームだけ賞状・賞品を取りに来て、というずいぶん味気ないものだった。

さてその後は新大阪駅の居酒屋でお楽しみの打ち上げ。1区を走ったH氏も一緒で、東京パラリンピックで獲得した銅メダルの実物を拝ませてもらった。ずしりと重かった。盛り上がりすぎて危うくメンバー帰路の新幹線に乗り損ねかねなかったが、何とか間に合ってお開き。走ることよりもむしろこちらメインで楽しみにしている感じだ。かつてのように優勝して当たり前という時代は過ぎたが、ランニング人生でも斜陽の時期に差し掛かってもなおどうやって楽しみややりがいを感じて行くかが、これからの課題なんだろうなと思った。

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25th Anniversary

211010_1近年ではめっきり会としての活動が少なくなり、それ以上に私自身が走ってないということでご無沙汰気味のランニングフォーラム「frun」が、この日25周年を迎えた。5年前の20周年の際は京都駅前で大勢集まってのパーティーだったが、昨年はコロナ禍の真っ最中でオンライン(Zoom)飲み会だった。

今年もコロナが完全収束とはならず、イベントも何も無しかという雰囲気だったが、感染状況はちょうど減少期で谷間なので、少人数集まるぐらいなら許されるでしょうと呼びかけて、ごく少数の有志で鴨川河原で青空宴会の運びとなった。以前は毎年この頃にここでおこしやすマラソンを実施していたものだ。

鴨川か。何もかも皆懐かしい。

打ち上げでいつもビールを買い込んでいた酒屋を探してみたが、閉店したのか探し方が悪かったのか、見つからず。コロッケを大量に買い込んだ店も同様に見つけられず。結局コンビニで酒とつまみを調達。

211010_210月なのにまだ日差しも暑かったので、賀茂大橋の下の日陰で久々のメンバーとリアル飲み会。風も結構吹き抜けていたのでまあこれぐらいなら大丈夫だろう。

昨年同様、Web会議システムも用意して、オンラインでも参加可能にしておいたのだが、オンライン参加者は実質上一人だけ、しかも人数差があるので会話してコミニュケーションというのには程遠く、宴会の模様をライブ中継で流しているだけという状態だった。リアルとオンラインの融合というのがなかなか難しいという課題を改めて実感した。

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ポンポン山マラニック2021

210503_01毎年この時期恒例だったポンポン山マラニック、コロナ禍で昨年は実施せず、今年はH氏のリクエストにより、こっそりと(つまり広く案内・募集はせず)4人のみの少人数で2年ぶりの開催となった。

集合場所のJR高槻駅コンコース、例年なら高槻ジャズストリートとこいのぼりフェスタのポスターが掲げられているが、これらもコロナ禍で中止となっているため、何も掲示されていない。寂しい限りだ。

210503_02一応いつものとおりの芥川経由で住宅街の登り道へ進入し、松が丘のスーパーで昼食を購入してからハイキングコースへ。ただ、H氏の老いるショックは相当進んでおり、もはや上り坂では歩きのペース。

それにしても、途中すれ違ったり抜いたり抜かれたりするハイカーの多いこと。神峯山寺、本山寺とも駐車場は満杯だった。やはり皆考えることは同じだ。それで、ペースが遅いこともあり、頂上で食べるつもりだった昼食を本山寺で摂ることにした。おそらく山頂付近も混雑していることだろうから。

210503_03この日はたまたま保育所ママ友つながりでもポンポン山ハイキングをすることとなっており、相方とジュニア達は神峯山寺まで車で行って先に登り始めていた。山頂で追いついて合流するつもりだったが間に合わず、向こうが下山してくるところですれ違い。

さらには山頂手前でラン仲間のO氏のマラニックパーティーに追いつかれた。我々より40分遅れで高槻駅を出発していたそうだ。

210503_04山頂周辺は予想どおりの大混雑。先に昼食を済ませておいて正解だった。

それで、今回は参加者全員高槻駅では荷物を預けず、全部持っての走行だったため、いつもの折り返し往復コースではなく、天王山方向へ降りようということになった。

210503_05釈迦岳を経由。一応ここにも三角点があり頂上にはなっているが、尾根筋のつながりの一部という感じで、さらに見晴らしもないので、ここで留まるハイカーはほとんどいなかった。

途中で単独ハイクのラン仲間W氏とすれ違う。何と、我々が目指している山崎方面から上ってきたとのこと。ところが、詳しく話を聞くと、途中コースが荒れているところがあり、ブラインド伴走では厳しいかも、との情報を入手。通れるところまではひとまず行こうということで歩を進めた。

210503_06どうやら、西山古道と名付けられているルートのうち、柳谷観音までであれば問題なさそうということで先へ進む。さすがにすれ違うハイカーはほとんどいなくなった。

土地勘がないのでどこをどう通ってあとどれぐらいかが読めない。すると忽然と人工的な美しい芝生が現れた。ゴルフ場のすぐ横を通るルートになっているようだ。

210503_07さらにしばらく行くと、急に見晴らしのいいところに出てきた。見えているのは京都市街からその南につながる平野部ということのようだ。

そりゃあ西山古道というぐらいだから、京都の西側に出てきて当然なわけだ。そして、だいぶ降りたとはいえまだそこそこの標高があることを実感。

210503_08一応手元のタブレットの地図で概況は把握していて、もうすぐで柳谷観音ということはわかっても、現在地が微妙に不正確だし道も地図には載ってないので最後まで不安。

この道で合ってるのかというような沢沿いの道で丘を一つ越えたら、ようやく下界に出た。柳谷観音の駐車場が見える。普通の車道にへ出るまでに2箇所ゲートがあった。カギは掛かっていないが鎖で縛って開かないようにしてある。たぶんイノシシ除けなのだろう。

210503_09柳谷観音こと楊谷寺に到着。大きな寺だがもう夕方なので人の姿はまばら。それで、調べたところ、ここからバスでワープとかはできなさそうな感じ。路線バスはなく、最寄りのバス停まで徒歩で40分かかるそうだ。参拝客は一般的には車で来るところらしい。

すると、居合わせたほかの人から、霊園の送迎バスはある(ただし時間は不定期)と話を聞いたので発着する駐車場に行ったが、16時頃にちょうどバスが出てしまった直後だった。さて、困った。

210503_10鉄道駅では最寄りと思われるJR島本駅まではあと6kmほどあったが、そこまで自力で走っていくことにした。心配だったのは老いるショック著しいH氏の脚力が持たないんじゃないかということだったが、意外にも下り基調の舗装路でこれまでのスローペースがうそのような快調な走り。この日初めてランニングらしいマラニックの様相となった。

この区間の道は、箕面-妙見山を彷彿とさせるような、歩道はないが交通量の少ない車道で、きつすぎない程の傾斜があった。ロードバイクで走る人らと複数すれ違ったので、そういう練習に向いているコースなのだろう。1時間ほどかけて、島本駅に到着。今回はお風呂も打ち上げもなしでこれにて解散となった。

210503_11今回もStravaでランニングのもようを計測していた。走行距離28km、所要時間4時間半(おそらく止まっている時間はカウント外)。なお、アプリをつけてこれぐらいの長時間だと、どうしても最後の方でバッテリーが底をつく。今回も残量10%台になったあたりからモバイルバッテリーで充電しながらで何とか計測を続行できた。

さて、来年はジャズストリート鑑賞も入れたイベントは開催できるのだろうか。

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大阪環状線マラニック(その2)

(その1)からの続き
210411_17昼食休憩も終わって後半戦再開。天王寺駅。あべのハルカスも一緒に撮りたかったがうまい画角が見つからず。さすがにここからだとハルカスはのけぞって見上げるような高さにある。

なお、大阪環状線の駅ナンバーは、ここ天王寺駅からO-01で始まって内回り順に振られている。大阪駅がスタートではない。そして発車メロディーは「あの鐘を鳴らすのはあなた」。"ナニワのゴッド姉ちゃん"こと和田アキ子を代表する曲。天王寺との関係は何だろうというという話になって、四天王寺のお寺の鐘かとの説が出てきた。

210411_18天王寺から先は線路の南側、国道25号線沿いに東へ進む。阪和線が南の方へ向かっていく高架をくぐり、線路と平行に走っていると、ふと気がつく。アカンアカン、この線路は奈良方面に向かう大和路線だった。というわけで線路を横切って北へ向きを変え、行きすぎることなく寺田町駅に無事到着。

寺田町の発車メロディーは「Life Goes On」という曲だそうだが、誰も知らない。それもそのはず、大阪環状線全体のイメージソングということで新たに書き下ろされた曲だそうだ。

210411_19次は桃谷駅。発車メロディーは「酒と泪と男と女」。桃谷出身の河島英吾の代表曲。飲んで飲んで飲まれて飲んで酔いつぶれるようなことは、所帯を持つようになってからもうほぼ無くなったものだ。

なお、桃谷と言えばコリアタウンということで、ガード下にも焼肉店をよく見かけるようになる。焼肉と言えば次の鶴橋のイメージだが、実は前の寺田町あたりから焼肉店が現れるようになっていた。

210411_20鶴橋駅に到着。近鉄と立体交差しており、駅付近の大部分がガード下になる。晴天の明るい場所からいきなりガード下に入ると、目が慣れるまでしばらくはとても暗く見えてしまう。

鶴橋駅の発車メロディーは「ヨーデル食べ放題」。焼肉食べ放題をテーマにしたギャグソング。割り箸も割り放題。

210411_21次は玉造駅。駅名看板を撮ったときは気がつかなかったが、この駅にはビエラ玉造という施設が結構最近に出来ていて、その外観が103系をモチーフにしたオレンジ色の壁面となっており、今回のようなマラニックならまさに撮っておくべき建物だった。たぶんビエラ玉造があるのとは反対側の線路沿いの道を進んでしまったからだろう。

駅の発車メロディーは「メリーさんの羊」。件のビエラ玉造の側面にある窓がこの曲の音階に合わせて高さを変えてあるそうだ。

210411_22次は森ノ宮駅。大阪メトロ中央線・長堀鶴見緑地線はお乗り換え。前半戦の弁天町で横切った中央大通りまで戻ってきた。

発車メロディーは「森のくまさん」。そのまんま過ぎる。

210411_23大阪城公園駅に到着。日差しがまぶしすぎて、庇の陰となっている駅名看板を撮ろうとしたらすごく暗くなってしまうので、ホワイトバランスを看板に合わせたら白飛びしてしまった。

発車メロディーはオリジナルの法螺貝。大阪城周辺で繰り広げられた大坂冬の陣、夏の陣に由来。

210411_24そして大阪城公園駅の出口から大阪城を見やる。環状線沿線からは実は結構距離があるので、思いのほか小さくしか見えない。

そして、以前は無かったと思うのだが、駅出口から歩道橋がずっと繋がっていて店が入った建物と直結していた。公園入ってすぐの広場では誰かがミニ野外コンサートをやっていた。

210411_25京橋駅に向かっていると、普通に道路と平行に走っていたはずなのに、川を渡ったところで階段で大きく下がった。逆に言えば、大阪城あたりの地面は高いけど京橋付近は低地ということだ。それで、直角にクロスしてくるJR学研都市線がうまく避けられずいったん大きく東側に振らされて踏切を渡る。かなり遠回りしてようやく京橋駅の一番賑やかなところに到着。

何と、京橋駅が改修工事中で駅名看板の前に工事用シートが張り巡らされており、そのシートに京橋駅と仮設の表示がされていた。これはこれで今だけ限定のレア光景だと気を取り直す。発車メロディーは、"イチローさんの牧場で イーアイイーアイオー"でお馴染みの「ゆかいな牧場」。これの替え歌で「大阪うまいもんの歌」というのがあり、食い倒れ的なイメージの京橋にあてたらしい。だが、京橋でお馴染みと言えば「グランシャトーにいらっしゃい」だけどね。

210411_26次は桜ノ宮駅。ここに貼った画像だと小さくて見えにくいが、改札を出たところに、「桜の通り抜けは中止となりました」というプラカードを掲げている係員がいた。ソメイヨシノより少し後にピークが来る大坂造幣局の桜だが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で人が集まらないよう通り抜けを止めたらしい。やってたらこの辺もすごい人だかりだったかもしれない。

発車メロディーは、大阪出身のアーティスト、大塚愛の「さくらんぼ」。これも結構そのまんまだ。

210411_27桜ノ宮から先、川を渡るのに線路沿いの橋がないので少し離れた道を行く。なお、線路からの見た目は、某電車でGOアーケードゲーム最新版でやり込んでいて大阪駅までよく知っているので大丈夫だ(意味不明)。

というわけで線路沿いにはこだわらず、天神橋筋商店街に飛び込んでそこを北上するルートを取る。商店街も結構な賑わいで走れないので歩く。しばらく進むと天3あたりで忽然と天満駅が現れる。

210411_28アーケードとガードが一体となっているので、大阪環状線が横切っているとは気づきにくい。

天満駅の発車メロディーは、これまた大阪出身のアーティスト、aikoの「花火」。天神祭からの連想ということらしい。昨年はコロナでほぼ中止同然となった天神祭、今年はどうなるのか。

210411_29いよいよラストの1区間、ここまで都心に来ると線路沿いは難しいかと思いきや、車は無理だが人なら通れる細い道が輪っかの外側にずっと続いており、新御堂筋を越えたらエスト1の商店街に飛び込んで、あっという間に大阪駅到着。ゴールでありんす。

そう言えば大阪駅の発車メロディー、冒頭では書きそびれたのでここで紹介。やしきたかじんの「やっぱ好きやねん」。ちょっと最後の切り上げ方が強引だと思うメロディーラインではあるが。それにしても、たかじん兄さんが鬼籍に入ってからもうだいぶ経つ。合掌。

なお、コロナ禍ということもあり、ラン後のお風呂も無し、ましてや打ち上げの飲み会も無しということでこれにて解散となった。

210411_30ちなみに、今回のマラニックでは、タブレットに「STRAVA」(ストラバ)というランニング等用のアプリを入れてトレースしていた。その結果の画像がこちら。

アプリの記録によれば走行距離は約33kmと、大阪環状線の営業キロ数よりだいぶ長くなってしまった。川を渡れずに無駄に動いた分と、よく見るとGPS等による位置精度がイマイチな時がそこそこあってフラフラ揺れているような道筋で計算された分長く出ているものと思われる。

最後のおまけに、今回のマラニック中、発車メロディーの確認で利用させてもらった動画はこちら

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大阪環状線マラニック(その1)

210411_014月某日、H氏から大阪環状線マラニックの伴走オファーを受けて朝の大阪駅にやってきた。御堂筋南口はだいぶ綺麗になっていた。コロナ禍で昨シーズンは伏見名水もポンポン山もマラニックが飛んでしまったので、このブログ記事に「ランニング」のカテゴリが載るのは実に1年以上もの間が開いてしまった。

参加者は、他にブラインドランナーとガイド各1名をあわせて全部で4名のささやかなパーティー。9時前に大阪駅を出発して、内回り(半時計回り)で進む。

210411_02程なくして福島駅に到着。今回は駅名看板を必ず撮ることと、各駅の発車メロディーをチェック(できれば生音声で)することをお約束にさせてもらった。

福島駅の発車メロディーは「夢想花」。福島といえば朝日放送、朝日放送といえば円広志というわけか。まさに本日は、回って回って回って回る。

210411_03次は野田駅。大阪メトロ千日前線玉川駅乗り換え。阪神にも野田駅があるが、ここからは少し離れており、千日前線は野田阪神駅で接続している。発車メロディーはロシア民謡の「一週間」。なぜかは知らん。

210411_04次は西九条駅。阪神電車お乗り換え。発車メロディーが「アメリカンパトロール」なのはUSJに向かう際のゆめ咲線乗換駅だからか。

210411_05ずっと線路沿いの道があったので走っていったが、運河にぶち当たってしまった。線路は鉄橋で越えていくが、平行して運河を渡れる道路はない。

というわけで渡れるポイント、安治川トンネルまで転進。ここは大阪ベイサイドマラソンなどで通った記憶がある。エレベーターを使って地元民がわんさかと自転車で往来していた。

210411_06弁天町駅に到達。大阪メトロ中央線はお乗り換え。

発車メロディーは「線路は続くよどこまでも」。かつてここに交通博物館があったことに由来だろう。今は既に閉館され、その役目は京都鉄道博物館に引き継がれている。

210411_07しばらく進むと大阪ドームが見えてきた。線路の向こうに大阪ドーム、さらに右の方にはガスタンクというフォトジェニックなポイントだったので、ここで大阪環状線を画像に捉えようと待ち構える。

しかし、やってきたのは大和路快速の221系。そりゃあ、それまでの国鉄のイメージを一新し、平成2年ローレル賞受賞の名車ではあるが、撮りたいのはコレじゃない。

210411_08同行者からは、しばらく待ってよいとの暖かいお言葉をいただいて、やってきたのは関空特急はるか281系。

ハローキティペイントが施されているが、実はペイント車の方が多くてノーマルの真っ白の方が今は少ない。そして乗客はもっと少ない。空気を運んでいるようだ。

210411_09ここまで来たらとことん待ってやる、と待つことしばし、列車キターと思ったら、パンダくろしお287系。運行本数からすればこっちの方がよほどレアなのにうれしくない。

210411_10ようやく大阪環状線の標準、323系がやってきた。

大阪環状線では、ながらくは全面オレンジの103系を大事に使ってきたが、東海道線の新車置き換えで余った201系が流入したあと、一気にこの323系に入れ替わった。その理由はおそらくホームドア。環状線内では、さっきの221系や関空快速223系0番代なども走るがいずれも3ドア。一方で103系や201系は4ドアのため、混在するとホームドア設定に支障をきたすので一掃したのだろう。

210411_11だいぶ道草して大正駅に到着。発車メロディーは沖縄民謡「ティンサグの花」。周辺に沖縄出身者が多く、沖縄料理店も多いことに由来。ちなみに、沖縄ゆいレールの県庁前駅到着案内メロディーも同じ曲である。

210411_12また川にぶち当たって少し余計に走って芦原橋駅に到着。環状線とは思えないほど地味で寂しめの駅だ。発車メロディーは「祭」となっている。

何で祭りなんだろう、と話していると、H氏が「太鼓屋があるからではないか」との説を披露。確かに、駅と道路を挟んだ反対側に太鼓屋のビルがあり、ショーウインドウにデカい太鼓が飾られていた。走っていると他にも太鼓屋があった。

210411_13次は今宮駅。実は10数年、下手すりゃ20年近く前にも大阪環状線マラニックを走った記憶があり、その際にこの駅が強く印象に残っている。というのも、当時、今宮駅は大和路線だけの駅で環状線の駅はない、という話があった(私はあるはずだと主張したが)ので芦原橋の次に新今宮まで行ったのだが、確認したらやっぱり今宮駅も環状線の駅があるとわかり引き返したのだ。

確かに、長らく今宮駅には大和路線(関西本線)のホームしかなかったが、1997年になって大阪環状線のホームもできた。結構最近の話である。前述のマラニックはそのすぐ後ぐらいに実施していたので、環状線の駅はない、という印象が残っていたとしても不思議ではない。今ならば手元にスマホがあってその場ですぐにネットで調べれば分かることだが、当時はまだガラケーしかなかった。

今宮駅の発車メロディーは大黒様(ちょっと切り方が強引だが)。大国主神社が近くにあるからだそうだ。そういえば御堂筋線・四つ橋線もこの近くで大国町という駅がある。ちなみに、大国様のメロディーは京都ー鳥取間を走る特急スーパーはくとの上り列車の車内メロディーにも使われている(こちらはショートカット無し)。

210411_14次は新今宮駅へ。地上の入口は南海の新今宮駅の表示で、JR連絡口としか書かれていなかったので、JR自身の駅名看板があるフロアまで階段で上がる。

JRと南海が立体交差しているそのさらに上がコンコースなので、ビルだと4、5階相当の高さ。しかも、そこはJRの改札と南海の改札で行き止まりとなっており、本当は駅北側に抜け出たかったのだが、また来た階段を引き返すこととなった。駅の発車メロディーはドヴォルザークの「新世界」。言わずとしれた新世界が近くにあるからな。

210411_15そろそろお昼時となったので、コンビニで食料を調達して、天王寺動物園の横に結構最近できた「てんしば」という公園エリアで昼食休憩。

動物園の向こうには通天閣の頭も見えている。バーベキューテラスなどの飲食店エリアもあり賑わっている。休憩していたら、たまたま通りかかった大阪ミント(茨木あたりを拠点とするランニングクラブ)で走っていたという年輩の方から、伴走がんばってねと声を掛けられた。

210411_16あたりは「てんしば」の名のとおり、少し小高くなった一帯が芝生で覆われており、そこで敷物を広げてピクニックをしている人たちも多かった。

その日ではもう散り果てて葉桜だったが、桜の木もあって、花見の頃だととんでもない人出であったことだろう。大阪あたりは新型コロナウイルスの感染拡大第4波で蔓延防止措置だのが適用されているのだが、全くお構いなしの賑わいだった。

(その2)に続く

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高槻伴走練習会

200322_01年明けあたりから中国・武漢で猛威を振るい始めた新型コロナウイルス(covid-19)が、当初は海外ニュースの他人事だったのが、日本に立ち寄った豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号で多数の感染者を出し、次には欧米や日本国内でも爆発的な感染拡大を出したため、瞬く間に世界が変わってしまった。3月に出場予定だった静岡マラソンも中止となり、他の大会も軒並み中止となった。人が密集するイベントの類はどれも中止、見合わせ、自粛が相次いだ。

伴走練習会の長居わーわーずもその影響を受けて実施を見合わせており、ブラインドランナーが練習できないという状態が続いていた。そんな中、6月に予定されている水都ウルトラマラソンのために練習しておきたい、という話が上がったようで、なぜかその舞台に高槻が選ばれ、地元民なんだから企画してよと依頼されてこの日に至った(しかも、依頼してきたH氏本人は直前に足を故障して不参加)。訳の分からないまま駆り出されて、高槻駅に10名ほどのランナーが集まった。
200322_02ひとまずはポンポン山練習会の摂津峡経由ルートをベースに走る。摂津峡桜公園のしだれ桜はほぼ満開。

200322_03摂津峡の途中、白滝のところで曲がって、東海自然歩道沿いに萩谷公園を目指す。

200322_04萩谷公園に到着。ここで、予め買っておいた軽食類でお昼ご飯。相方とジュニア達は車で先にこの公園に来ており合流。公園内の周回路を使って各自で練習とした。ここは高槻クロスカントリーでもコースとなっており、相当のアップダウンがある。

その後は、普段通ったことのない林道を経由して上の口に抜け、高槻駅に帰着。

200322_05ラン後のお風呂はいつもの錦温泉ではなく、高槻新温泉を利用。温泉と名が付いているがいずれも普通の銭湯である。

お風呂後の打ち上げはこのご時世もあり予定していなかったのだが、結局皆でイタリアンバーの店に寄る。店員は皆マスクにゴム手袋、窓を開けはなっているなど、ここにも新型コロナの影響が如実に現れていた。クラスター発生源にならないでホントによかった。
ちなみにその後、水都ウルトラマラソンも中止と相成った。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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