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frun近江富士合宿(1)

171008_01かつて10月初旬はfrunのおこしやすマラソンが開催されていたが、昨年で終了した。というわけでそのメモリアルとして、合宿のイベントが企画された。というか、草創期のfrunではそうした合宿をしていたらしい。今回の舞台は滋賀県野洲市の近江富士(三上山)麓にある近江富士花緑公園。その前座のマラニックは、草津がスタート。天井川となっている旧草津川(現在は流路付け替えで水は流れておらず、おしゃれなカフェなどが立ち並ぶ)の脇で、東海道と中山道が分かれるところから、中山道沿いに野洲方面へ向かって走る。

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草津宿本陣。中の見学もできるが有料なのでパス。

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やや進んで大宝神社。土俵があって相撲の行司も近日にあるらしい。お宮参りの家族連れの姿複数。

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大宝神社の境内に、松尾芭蕉の句碑がある。このあたりは綣(へそ)という地名で、「へそむらの まだ麦青し 春のくれ」という句が残されている。

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十王寺というお寺。通称「焔魔堂」。人が死んだら地獄で閻魔大王の裁きを受ける、というのが仏教での通俗的な設定だが、実は10人(そこは「人」じゃなくて「王」か)の裁きを受けるのだそうだ。閻魔大王はそのうちのひとりに過ぎない。

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これがその十王の一覧。初七日、四十九日の法要は聞き覚えがあるが、実は1週間ごとに裁きがあるのだそうだ。追善法要は、その裁きの場において、この人は生前こんなにいい人だったのですよと弁護する活動なんだってさ。

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今宿一里塚。かつては街道沿いに一里ごとに目印となる塚が置かれていたそうだが、この付近の中山道で残っているのは唯一ここだけらしい。

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土橋。旧栗太郡と旧野洲郡の境を流れる吉川に架かる橋。今でこそ数メートルの長さしかないが、かつては川幅(というか河川敷)が広かったので数十メートルの長さがある橋だったとのこと。

171008_09土橋を越えると守山宿のゾーンに入る。程なく東門院というお寺がある。東門というのは、比叡山から見て東にある門、だそうだ。東門院守山寺、という名前で、守山という地名もこの寺が発祥らしい。山を守る、ってのは、つまり比叡山を護るということか。

守山宿の中心部にある中山道街道文化交流館に立ち寄ると、ちょっとした展示物があったり、トイレ休憩も可能。管理人のオッチャンが走ってきた我々に対して興味津津だった。また、すぐ近くには宇野宗佑元首相の実家の町家を改修した、うの家というレストラン併設の施設もあった。ガイド役の若者が、近くの勝部神社で行われる「勝部の火まつり」も紹介してくれたが、これは冬に行われる奇祭。いずれも写真を撮り損ねたのでリンクにて手抜き御免候。

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野洲川を越えて野洲市に入る。向こうの方に近江富士が見えてきた。手前には東海道線の鉄橋。しかしよく考えると、草津から先のJR東海道線は中山道沿いに走っているので、東海道線と呼ぶのはちょっと変なんだな。真の東海道沿いの線路は、今では草津線及び関西本線となっている。

171008_11橋を渡ってすぐのところに、十輪院というお寺がある。無人のようだ。柵がしてあるが空いているので敷地内へ入ると、ここにも芭蕉の句碑がある。「野洲川や 身は安からぬ さらしうす」という俳句。野洲晒(さらし)という織物を川に晒す様子を詠んだそうだ。残念なことに案内板が折れて倒れていた。

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野洲の市街地に入ってきた。すると「背比べ地蔵」が鎮座していた。右側の小さい地蔵の方がそれ。その昔は産まれた子供が育つ際に病気などで命を落とすこともかなりあったが、この背比べ地蔵と同じぐらいの背丈まで育てばほぼ大丈夫だろう、という目安とされた大きさの地蔵なのだそうだ。かつては人口ピラミッドがその名のとおりピラミッドの形をしており、しかもその裾野がなだらかだったのだなあ、と思い知らされるエピソードである。

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いよいよ近江富士に近づいてきて、市街地を離れて山あいに突入。福林寺跡の磨崖仏が忽然と現れる。なお、仏像の周りが噛みついたような溝で囲われているのは、かつてこれを盗掘しようとして掘られた途中で止まった状態のものだそうだ。

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小さな石仏も並んでいる。

171008_15これらの石仏は何でここにあるのかはよくわかっていないそうだ。ただ、こうして囲うように並んでいる部分は、墓標のように見えなくもない。

171008_16また別の山肌にある妙光寺山磨崖仏も訪れた。これは巨大な岩の高いところに掘られたかなり大きなものである。

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磨崖仏を離れて、一路本日のマラニックの終着点、近江富士花緑公園へ。途中には、希望が丘文化公園のゲートもあって、10年ほど前まではここを会場にして視覚障害者駅伝をやっていたなあと懐かしむ。同駅伝の会場はその後各地を転々として、現在は長居公園となっている。

さて近江富士花緑公園のふるさと館に宿泊することとし、夕食はBBQ。その後も部屋で夜を明かしての宴会かなあ、と覚悟したが、何と皆々次々に布団で眠りに落ちていく。私を含め最後まで残った4人も、22時半にはお開きに。frunも高齢化が進んでいるわけだなと実感した。

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