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祝・高槻駅新ホーム開業・はるか停車

160326_1今日からJR西日本のダイヤ改正が行われ、高槻駅の外側線に新ホームが設けられることとなった。新快速と特急はるかの一部がこちらのホームを使って乗降することになる。はるかの一番列車停車に合わせて式典が行われるというので、ミーハーではあるが出かけて行くことにした。

160326_2外側ホームに降りるエスカレーター。

160326_36番線外側ホームに降りてきたところ。

160326_4ホームの電光掲示板。ほとんどが通過列車となるため、接触や転落を避けるよう普段は可動式ロープで仕切られている。

160326_5はるか到着に合わせて出発式が開催されるのだが、既にたくさんの人だかりで正面から見られず、後ろから眺めることとなった。この日一日駅長を務める高槻市長と、はにたんとイコちゃんがいた。

160326_6いよいよ最初の停車となる、はるか1号関西空港行き(06:02高槻発)が到着。

写真では撮り損ねるおそれがあったので、動画で記録しておいた。停車とともにロープが上がると、「おー」というどよめきが起こり、出発時には万歳三唱が起きた。

160326_7出発式も無事終わり、ようやくはにんたんとイコちゃんを正面で拝むことができた。

ちなみに、新ホーム運用開始に伴い、新快速と各駅停車がこれまで同一ホームで乗り換えできたのが、今後は乗り換えるのにいちいち階段を上がってホームを移動しなければならなくなり、新快速乗り換えユーザーにとってはかえって不便となる。やれやれ。

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京阪電車大津線の旅(グルメ編)

160320_11近江神宮にたどり着いた時点でお昼を幾分か回っていたので、ここで昼食にすることとした。境内にそば屋があったので近づいてみると、ずいぶんと敷居も値段も高そうだったのだが、他に選択肢もなさそうだったのでのれんをくぐった。「宮そば」と書かれているが、後に調べると店名は「近江神宮善庵」というようである。

店内はテーブル席と座敷で20席程度で、既に満席。店員さんから、ちょっと時間がかかるが大丈夫かと聞かれ、念のため子供の意思を確認すると、ここで待つつもりのようだったので覚悟を決めた。しばらくしてテーブル席が空いたので案内される。ただし相席である。向かいのお客さんに迷惑かけないか気がかりだったが、タブレットできかんしゃトーマスやらアンパンマンの動画を見せてやると、案外大人しく、長い時間でも飽きずに待っていてくれた。

160320_12だいぶ長いこと待って、ようやくおそばが運ばれてきた。ザルではなくお椀に盛られている。会津産の蕎麦の実を6割まで削ってから粉に挽いたこだわりの麺(もちろん十割そば)とのこと。そばにしてはやや太めで、かつ色が白いのが特徴だ。

まずは何もつけずに、次に塩で、その後ダシに浸けるのがよいと勧められたのでそのとおりにしてみる。食感は、まるで讃岐うどんのようにコシがあり、麺の肌触りもそばのザラザラしたものではなく、ツルツルした感じである。実を贅沢に削ったからこそこの仕上がりになるのだとか。向かいの客が先に説明を聞いた際に、「お酒の大吟醸みたいなものだ」と評していたが実にそのとおりだと思った。もう一種類別の麺が出てきたが、こちらは極細でそうめんのようだった。

160320_13勧められて追加で頼んでいた天ぷらが出てきた。店の人が有機栽培している野菜などを、そば粉を衣にして揚げているのだとか。こちらもからりとした食感を楽しめる。

それで、肝心の子供が食べてくれるか気がかりだったが、珍しく嫌がることなくそばも天ぷらも食べてくれた。特に天ぷらが気に入ったのか、ほとんどを子供に食われてしまった。

十割そば 1500円
天ぷら    500円

最後にそば湯が出てきたが、ポタージュスープのようにどろりと濃くて、ダシを入れなくてもうまい逸品だった。自分の後から3組め以降ぐらいの客からは、品切れのため入店を断られていたようで、早めにありつけてよかった。

160320_14時間はやや飛んで石山寺参拝の帰り、ようやく起きた子供が、「何か食べんの」と言い出したものだから、門前にある店でまんじゅうを購入。「仁々木まんじゅう」と書かれていたが、ここの名物というわけではなく、京都・祇園に本店がある仁々木(ににぎ)という和菓子屋の一品ということのようだ。

食べてみると想定外のカリッとした食感。かりんと饅頭とも称していたとおり、周囲は揚げてあるので固い殻のようになっているのだ。中はふっくらとしており、たっぷりの餡。黒糖の甘みとあんこの甘みでまさに「むしやしない」にうってつけである。我が子も気に入ってパクパクと2個平らげた。

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京阪電車大津線の旅(参拝編)

160320_07京阪電車大津線の近江神宮前駅から歩いて近江神宮を目指したが、どうも道を間違えたらしく、宇佐八幡宮という神社の参道に迷い込んだようだ。まあでも「子供の守り神・むし八幡」と書かれたのぼりもあったのでついでに参拝することとした。案外長い坂道を延々と歩く。特に子供の歩みに合わせるから時間がかかった。ようやく境内にたどりついて、我が子と、親友に遺された子供たちの健やかな成長を祈願。それにしても、行きかえりの間、誰ともすれ違わない無人のスポットだった。

160320_08改めて近江神宮へ向かう。こちらは打って変わって大きな神社で、広い駐車場にたくさんの車が止まっている。天智天皇が祀られており、そのゆかりでかるたの聖地ともなっているわけだ。車のままドライブスルーで参拝できる建物もあった。

ここで昼食をいただくが、それはまた別項にて。

160320_09再び大津線に乗って、今度は石山寺駅で降りる。ここまで来たら石山寺に行くべしと思ったが、すでに電車の中で子供が寝てしまった。仕方なく、12kgの重い荷物と化した我が子を背負って寺まで歩いた。

ウィキペディア受け売り情報では、石山寺は、東寺真言宗の寺で、本尊は如意輪観音、開基(創立者)は良弁。京都の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ日本でも有数の観音霊場であり、西国三十三所観音霊場第13番札所となっているそうだ。参拝料が必要で、1200円のセット券を購入。

160320_10境内を歩いていると、ごつごつした巨大な岩の上に塔が建っているのが見える。これで石山寺というのだろうか。本堂をお参りし、今だけ33年に一度の本尊御開帳がされているのでそちらも拝観。

また、豊浄殿という建物で「石山寺と紫式部」展も開催されていたので合わせて観覧。あまりよく知らなかったが、石山寺は紫式部ともゆかりがあるのだとか。源氏物語の蒔絵などが展示されていた。

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京阪電車大津線の旅(鉄道編)

160320_01この日は子守がてら京阪電車大津線のきかんしゃトーマス号に乗りに行くために山科へ向かった。京阪山科駅で大津線全線と京津線の御陵までが乗り放題となる一日乗車券600円を購入。京都市営地下鉄から直通で乗り入れてくる水色の4両編成の列車で浜大津を目指した。

スタンプラリーも開催されており、京阪山科に次いで浜大津駅で2個目のスタンプをゲット。ついでにトーマス号の運行状況を聞いてみたところ、駅員はしばらく何かの書類に目を通した後に「今日は運行していないですね、車庫にいます」という返事が返ってきて愕然とした。おいおい、平日ならまだしも3連休の書き入れ時に目玉の車両休ませてどないすんねん。

仕方がないので何でもいいから最後のスタンプポイントである近江神宮前駅へ向かうこととする。すると、ホームに入ってくる車両がピンク地でやたら派手なラッピングをを施されているのに気が付いた。「響け!ユーフォニアム」というタイトルとともに萌え系の女子学生の絵が描かれている。北宇治高校吹奏楽部を舞台とする漫画・アニメらしい。他にも次々とラッピング車両がやってきた。

160320_02近江神宮前駅に到着。駅看板の横に「ようこそかるたの聖地・大津へ」と書かれている。そんな話は聞いたことがなかったのだが、後で調べたところ、駅名にもなっている近江神宮には天智天皇が祀られており、天智天皇は百人一首でも筆頭で出てくるというゆかりで、数多くのかるた取りの全国大会がこの神社で開催されているということがわかった。近江神宮にもお参りに行くがそれはまた別項にて。

160320_03近江神宮から戻ってきて、駅の奥の方に車庫があるのでじっと目を凝らしていると、遠くの方に止まっているトーマス号らしき姿をとらえた。居るなら動かしてくれればよかったのに。

160320_04次に南側の終点となる石山寺駅まで移動。石山寺を訪れるがこれもまた別項にてまとめることとする。寺から戻って電車を待っていると、またしても派手なラッピング車両がやってきた。「ちはやふる」と書かれており、かるた取りを扱った漫画(最近は映画にもなったそうだ)が描かれていた。

160320_05さらにもう一編成、「鉄道むすめ」と書かれたラッピング車両も登場。もうこうなったら何でもありだな。

160320_06このあたりになってくると、明らかにこの車両追っかけてきただろうと思われる、カメラを持った若者もいた。

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友へ

君の訃報を聞いたときは、にわかには信じられなかった。病とは無縁のはずの君が、一瞬の病魔で斃れるなんて。もし人の命数を定めるような、神か、仏か、そういう機関が存在しているのであれば、私はそれに対して声を大にして言いたい。異議あり、と。

君との出会いは思い起こすこと17年前、まだパソコン通信だったFRUN(ランニングフォーラム)でテキストベースでの交流をしていた1999年のことだった。お互い同じ頃にデビューし、学年も一緒で、当時は期待の若手新人として、様々なマラソン大会や練習会で顔を合わせ、時にはライバルとして競い、時にはチームとして同じ襷をつなぐこともあった。

直接対決は数知れず、その大半は君の勝利だった。私はそれが悔しくて、マラソンに精進し、市民ランナーとしては相当に速いレベルにまで到達することができた。これも、君という、良きライバル、良きお手本、良き相談相手がいたからこそである。

プライベートにおいても、ラン仲間のマドンナを射止め、結婚するのも、子育てするのも、マイホームを得るのも、常に私の一歩先を進んでいた。お互い育児が始まって以降、ガチンコ勝負のランニングはほぼ休止となり、ようやく育児が落ち着いてきて、一足先に君のランが本格再始動という矢先の、今回の突然の別れ。お互い、父親になっても、爺さんになっても、ずっと良きライバルとして切磋琢磨し続けたかったのに、その機会は永遠に失われてしまった。

もちろん、最も驚き、悲しみ、無念の思いを抱いているのは君自身だろう。無力な私は何もしてあげることができなかったが、せめて、これまで知り合った多くの仲間とともに、君と分かち合えた思い出を忘れないようにすることと、これから新たに知り合うであろう仲間や次の若い世代に、君というすばらしい友人、偉大なランナーがいたことを伝えていきたいと思う。

そして、何十年先になるかもわからないが、いずれ私も君のもとへ向かう際には、君がいなくなってからの出来事を君に伝えたい。それまでの間、そちらで待っていてほしい。しばしの間だけど、お別れです。

ありがとう。

さようなら。

また会いましょう。

私の生涯最高の盟友へ

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駅伝大会2016

160312今年も恒例の職場の駅伝大会に出場すべく、鴨川河川敷へ赴いた。今年度異動した部署ではチームが作られなかったので、前の部署からお呼びがかかり、助っ人という立場でエントリー。相変わらずの盛況で全体では52チームが参加。良く晴れていて陽に当たると暖かいが、日差しがかげると寒いという天気。

例によって裏エース区間5区3.6kmを担当。昨年よりは若干後ろの順位でタスキをもらい、3つぐらい順位を上げたかと思うが、最終のチーム順位は8位。タイムは14分04秒で区間5位と、これも昨年より落ちている。表定速度かろうじてキロ4分というところ。これを12分台で走っていた頃があったとは、もはや同じ人とは信じられない。

ちなみに、5年前の東日本大震災の時とちょうど同じ曜日のめぐりあわせとなった。5年前の駅伝はさすがに中止だった。被災地の復興よりも、自らのランの復興の方が大きく立ち遅れている。

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理不尽な死を防ぐために

今日で東日本大震災から5年となった。既に何事もなかったかのように流れる大部分の日常と、被害を受け時が止まったままの人や場所との落差がますます激しくなっている。あの震災以降、子を授かり、祖母が亡くなり、また子として生まれるはずだったがそれが叶わない経験をしてきた。今回は「死」について少し思いを馳せたいと思う。

当たり前のことだがつい見過ごしがちな厳然たる事実として、人はいつか必ず死ぬということがある。それは人に限らず有性生殖という戦略を採った全ての生物の宿命である「寿命」だと言うことは以前にも述べた。1年後、10年後に死ぬ確率は一般的にはきわめて低い。だが一方で(いま40代なら)100年後に死んでいる確率は100%であろう。だからこそ、同じ生命保険でも定期と終身とでは、計算の基となる掛け率等が全く異なるのである。それなのに、なぜ人はなるべく長生きしようとするのか。この世に残したいと思う、自らの遺伝子、知識、技術、芸術作品、財産、名誉などがあるからだろうか。それとも不可能とわかっていながら不老不死に対する未練がどこか深層心理に潜んでいるのだろうか。

ここで一つ思い当たるのは、災害や事故、病気などにより突如襲いかかる死に対しては、人は全力でそれを回避しようとすることだ。なぜなら、それらの死は理不尽なものであるからだ。家族、自分を頼っている人、親しい友人、やり残したことを置いて死ぬわけにはいかない。だからこそ、救急隊員は懸命に救命を試み、医師は病気を治そうとするし、様々な安全に係る技術や法規制は、事故等により生命が失われることを避けるために考え出されているのである。理不尽な死の最たるものが、災害と戦争(近年ならテロも)であろう。

若干話はそれるが、最近ニュースで見かける、高齢者介護、とくに老老介護での介護疲れによる肉親の殺害事件は心の痛い話である。前段の説によれば、殺人も理不尽に死がもたらされるからこそ法で禁止されているのであるが、このような事件でその殺人が果たして理不尽といえるのかはよく考えなければならない。理不尽なのは、そうした老老介護を一人で背負い込まないといけないような状況に追い込ませる社会のあり方そのものではないかと問われているのだと思う。また、寿命の話に照らせば、単に長生きするだけでは幸せとは限らない、ということだろう。

震災に話を戻す。大地震や大噴火を止めることはできない。予知も今のところはできない。だが、工夫を凝らすことで、災害が起きても死なない可能性を高めることができる。阪神大震災では、地震の瞬間に家が潰れて亡くなった方が多かった。これは、家の耐震性強化や、そもそも家を建てるべきでないところを避けることである程度は防げただろう。また、停電が復旧したことが原因で火災が多発したという状況も明らかになってきた。これも耐震ブレーカー等である程度は防げよう。東日本大震災では、地震そのものではなく、その後の津波で命を失った方が大多数だった。それも、地震から避難するまでには相当の時間があったにもかかわらずだ。すぐに避難すれば助かったのにと言うのは、今となっては後出しじゃんけんだが、それでも過去の三陸地震・チリ地震などの経験はあったはずで、それらは生かされなかった。

関西方面で言えば、そう遠くない将来の南海トラフ海溝型地震は不可避であり、こちらの津波は3.11に比べて地震後もっとすぐに到達すると言われている。2万数千もの理不尽に失われた命を無駄にしないためにも、明日起きてもおかしくない大地震に備えて何ができるか、1年に一度でもいいから、この日がそれを思い起こす機会となることを願っている。

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