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宝くじ高額当選者が不幸になる理由

2010年も残りあとわずかとなった。どうもこの大晦日というものは時間の流れに思いを馳せたくなるのだろうか、2年前の大晦日にも書いた記事をさらに敷衍する形で、時間軸に対する考察を進めてみたくなった。

以前の記事の要旨は、時間軸は1次元のみのしかも一方通行の軸だと考えられるが、もっと高次元から見ると実は曲がりくねっていてどこかで交差していたりする可能性があるのではないか、だから意図的ではないにせよ過去や未来にタイムワープする可能性があるのではないか、また、一方通行の理由としてあげられる因果律の破綻も、将来の時間軸が無限に分岐しうるパラレルワールドの存在を認めてしまえば問題とはならないのではないか、という話であった。

さてそこで、もし過去に遡ることができたとして、現在結果がわかっているある事象について、過去に戻って再度同じことを繰り返した場合に、何度やっても必ず同じ結果になるものと、同じ結果になるとは限らないものの2つに分かれるのではないかということに思い至った。必ず同じ結果になるものの例としては、天体の運行、さらにいえば何年何月何日にどこで皆既日食が起こるといったこと、あるいは、水素1グラムと酸素8グラムを化合させると水9グラムができるといった化学反応等が挙げられるだろう。仮にこれらの事象を「確実系」と名付けることとする。

一方、同じ結果になると限らないものの例としては、気象関係、何年何月何日の某所の天気はどうか、さらには「所により雷」といった気象条件の際に何時何分何秒にどこに雷が落ちるかといった事象、また野球やサッカーなどのゲームや、競馬などのレースは、偶然に左右される要素が大きいため、優勢とか本命といったある程度の傾向の予想はできたとしても、遡ってやり直した場合に毎回必ず同じ結果になるかといえば、むしろそうはならないと考えた方が自然なのではなかろうか。これらの事象は「カオス系」と名付けることとする。

ところで、「確実系」の事象であっても、実はとても細かく見て行くと同じ結果ではないということも考えられる。例えば先ほど挙げた水素1グラムと酸素8グラムを化合させると水9グラムができるという事象は、全体の物質の状態からすれば確かに結果が変わることはないのだが、もし1個1個の水素分子、酸素分子に個別の番号を振って、何番と何番の分子が化合したのか、というところまですべて確認したとすると、おそらくは再度繰り返した際には同じ番号の組み合わせではないと考える方が自然である。

また、「カオス系」の事象であっても、大きいスパンで見ると毎回同じ結果になるということも考えられる。例えば今年の夏は異常に暑い日が続いたが、これをもし巻き戻して今年の1月から再生した場合、おそらく何度やってもその結果は変わらない(まれに冷夏になる、ということは考えにくい)であろう。

こうしてみると、結局のところすべての事象は基本的にカオスなのであって、我々のものの見方によってたまたま何度やっても総体としては同じ結果だと見なしているものがあるに過ぎないといえよう。

ここでようやくタイトルと絡んでくる話だが、聞くところでは、宝くじで高額の当選を果たしたものの、それによってかえって不幸になってしまう例が少なくないそうである。このことを今回の考察に当てはめてみると、宝くじの高額当選とは非常に確率が低い事象である。もし過去に遡って抽選の作業が繰り返されたとしても、ほとんどの場合外れるであろう(ただし今回の考察からすれば当選番号は毎回異なると考える方が自然)。

だが、ごくまれに当たることもある。しかしこれは、時間の流れからするととても不自然なことが起こったと言える。その当選者の人生を川筋に例えるとしたら、とんでもない細い細い支流に飛んでしまったということになる。自然な流れとは言えない展開のため、少なからぬ人がその激変に耐えられず、その後の人生の流れがますますあらぬ方向へと流れてしまうこことが不幸となる原因だと考えることができる。

ちなみに自分は宝くじを買っていないので、そうした心配からは全く無縁である。しかし、2年前にこうした記事を書いた際には予想も付かなかったような大きな人生の転機を迎えたことは確かである。これを宝くじの当選と同列に扱いたくはないものだが(笑)、激変には違いないので、少しでも不幸を避け、幸福な方へ時間軸が流れていってくれることを願うばかりである。

(くりりんの問わず語り「タイムマシン・パラドックス考」にトラックバック)

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ようやく年賀状

年々着手時期が遅くなっている気がする年賀状だが、ようやく本日一応完成して発送。しかし、このタイミングでは、これまで続けてきた「パロディでオリジナル」のキワモノ路線デザインを今後も続けるのかどうか、思案のしどころであった。それでも志は変えず、今回もパロディでオリジナルの路線で作成。これで相方とは全く別々のデザインの年賀状を出すことになるだろうと思ったのだが、意外にも基本的形状は了承され、一部の修正することで相方バージョンとしても採用されることとなった。まあ確かに今回は一見したところでは一般的なパターンとは変わらないデザインとなったからか。

そこまではいいとして、今度はこのデザインをネットに掲載するかどうかがまた今後の課題である。これまで歴代のデザインを住所や電話番号だけは消した上で掲載してきたが、今回は相方もドドンと載っけているからなあ。というわけで今回から掲載されなくなったらすんません。

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しもやけか手湿疹か

寒い日々が続いたせいか、手の指の節が赤く腫れてきた。しもやけだろうか。相方が手湿疹とみられる症状に長いこと悩まされているようなので、そちらではないかとも思われたが、どうもネットでそれぞれの画像を見比べているところでは、しもやけであろう。一応半々ぐらいの割合で家事もしているが、そんなに水に弱い肌というわけでもない。それに手のひらの方には何も症状は出ていない。

右人差し指では、しわの部分がぱっくりと割れて開いてしまった。これはひびだろう。さらに酷くなるとあかぎれと呼ぶそうだ。ひび、あかぎれ、いずれも漢字で書くと「皹」「皸」「胼」のどの字でもどちらとも読めるようだ。こんな漢字があるとは知らなんだ。

そういえばしもやけになると「田舎者」と馬鹿にされた覚えがあるがこの根拠は何だったのだろう。田舎者はしもやけになりやすいのか、それとも田舎の方が都会より寒いからか。いずれにせよ、ちょっとうっとおしいしもやけ症状である。

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大阪国際女子マラソン半分試走会

101225今度の大阪国際女子マラソンから、コース設定が若干変わるそうで、そのコースを試走しようというイベントに参加した。出場予定のB女史もわざわざ関東方面から来られている。

集合時間を勘違いして1本電車に遅れてしまい、他の参加者を待たせるというチョンボをかませてしまったが、一旦長居に荷物を置き、地下鉄でなんばまで移動してなんばからスタートする。いかにも大阪的な風景のシンボルとなっている道頓堀のグリコ大看板の前で記念撮影。これまでのコースではもっと北の方で折り返していたのだが、変更後のコースは折り返し点がここまで延長されたので、御堂筋を走る選手からもちらっとは見えそうだ。

新コースの後半戦をトレースしていくことになるが、それにしても時折雪も舞う凍てつく寒さに強い風である。北西の風が吹いているはずなのになぜか追い風が多い印象を受けながら御堂筋を北上。土佐堀通で右折、東へ進み、天満橋あたりで右折、今度は南向き。大阪城公園の中を通るが、以前とは違って公園内を走る区間は短くなり、急坂もコースからはなくなった。

森ノ宮から玉造筋を南下。そこから先はあまり見所と言えるようなものはあまりない風景となる。一旦東向き・西向きとコの字型にコース取りをして長居公園に近づく。途中で銭湯のありかを確認するため隊列を離れて、長居公園すぐ北にある銭湯「つるが丘温泉」が午後2時から空いているのを確認。再び一行と合流して長居競技場マラソンゲート前に無事到着。約20km少々のランニングだった。

冷え切った体を銭湯で温めて、打ち上げは西梅田の店を貸し切っての忘年会。関西WindRunが万博で駅伝した後の打ち上げに合流する形で、結構大人数の飲み会。それにしても寒い一日であった。

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玄米ブレンド

101223知り合い経由で玄米を購入した。ぬか床の足しぬか用に精米してぬかを取ろうと思ったのだが、訪れたコイン精米器はぬかが回収できないタイプ。仕方なくダメ元で近所の米屋にぬかがあるか聞いてみたら、何とタダでもらえてしまった。

というわけで精米する必要もなくなったので、玄米を炊いてみることにした。しかしいきなり玄米100%ではリスクが大きいので、玄米1:白米3のブレンドで炊いてみた。炊き方は普通に白米を炊くときと同じ設定。ちょっとだけ水を多めに入れておいた。

さて炊きあがってみると、白いご飯の中に黄色い玄米がまだらで入っている。食べてみると、白米は柔らかめだが玄米がカシッとした少し硬めの食感があって、これはこれで面白い。十分食べられる水準である。

ネットで調べて見たところでは、玄米100%だと長いこと水に浸けてから炊かなければならないようだ。炊飯器にも玄米モードがあり、同じ量の米でも玄米の方が水の量が多めに目盛ってある。機会があれば100%もトライしてみたい。

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防府読売マラソン2010

101219昨年に引き続き防府読売マラソンに参加。前回はなかったと思うが真新しい体育館ができていてそこが受付会場。しかし、競技場からは駐車場を越えて道路を挟んだ向こう側と、ずいぶん遠くなってしまって不便だ。昨年の吹きさらしのテントよりはましなのでそこに陣取って着替えることにした。

天候も昨年と比べると気温も高めですこぶる穏やか。いわゆる言い訳できない天気だ。ただもう昨年辺りからモチベーションもとうに底をついており、アップすらせず何だっていいやという感覚でスタートラインに並んだ。

それでもスタート後はキロ4分10秒切るぐらいでしばらくは走れていたが、練習できていなくても30kmぐらいは走れてしまうものだ、とこれまでの経験上よくよく分かっていた。中間点通過は1時間26分。そして案の定30kmあたりから徐々にペースが落ち始め、前半の貯金で残りをキロ4分20秒維持でも行けたはずのサブスリーが遠のき始める。4分30秒すら持たなくなり、気持ちが折れてしまった。あとはジョグでゴールまで帰る長い道のり。当たり前のようにできていたサブスリーがこんなに難しいものだったとは、手に入らなくなって初めて実感する。

結局ゴールタイムは、先月のとみくじマラソンと同じ3時間8分台。この瞬間、1999年から10年間連続キープしてきたサブスリー達成が、11年目にして途切れることが確定した。レベルははるかに異なるが、10回連続防衛してきたチャンピオンがついに倒されたという感じだろうか。まるでアリスの歌ではないか。まあ、これでただの男に帰れるんだ。それはそれでまた一興。

残る希望は相方のリベンジだったが、何とか制限時間ギリギリの4時間0分台でゴール。昨年は20km関門で引っかかっていたからリベンジ達成ではあるが、4時間切れなかったのは不満の様子。それと、レースの関門は間に合ったのだが、帰路の新幹線で宴会するために乗るべき山陽本線の電車に乗り遅れてしまい、こちらの関門はアウトだったというオチがあった。

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湯野温泉

101218_1明日の防府読売マラソンのために、前日から山口県入り。昨年は湯田温泉だったが、今回は一字違いの湯野温泉へ向かう。山陽新幹線レールスターで徳山まで行き、山陽本線に乗り換えて戸田駅に降り立つ。戸田と言っても埼玉の戸田公園ではなく、戸田と書いて「へた」と読むとはしらなんだ。

101218_2駅から路線バスで10分少々で湯野温泉に到着。宿に着いてからしばらく周囲を散歩。すぐ近くに山田家本屋があるそうなので訪れてみた。武家屋敷の面影を残した建物で文化財になっている。入場無料にもかかわらず、係りの人が丁寧に説明してくれた。刀を隠しておく棚や収納をうまく考えた雨戸、中二階の隠し部屋などがあって興味深い。すぐ横には足湯も設置されている。

101218_3湯野温泉一帯は、小説「坊ちゃん」ゆかりの地だそうだ。モデルとなった旧家があるそうなので探してみたが、案内地図と見比べてもよくわからず。付近にも案内が出ていない。そこはあきらめて坊ちゃんの像が川沿いにあるというので歩いて行くが、これまた案内が不親切でさんざん迷った。ようやく見つけた坊ちゃんが魚釣りする像。坊ちゃんをキーワードに観光振興を図るにはちょっと努力が足らない感じだ。

101218_4今夜泊まるのは芳山園という温泉宿。この一体では主力の宿のようだ。正面の本館こそややくたびれた感のあるコンクリートの建物だが、今回は離れを予約してある。敷地内には中庭もありなかなか風情がある。

夕食前にひとっ風呂浴びに大浴場へ。日帰り入浴でも630円で利用できるようだ。中には鍵の掛かるロッカーもある。さて浴場へ入るとうっすら漂ってくる硫黄臭。これはすばらしい。広さはそこそこある。カラン・シャワーを使うとこれも温泉水を使っているようだ。お湯の方は、無色透明無味微硫黄臭、わずかにヌルヌル感あり。正確には含弱放射能-アルカリ性硫黄温泉と記されている。露天風呂があり、川を眺めることができる。内風呂に竹筒から流れ出る浴槽があり、水風呂のようだが、これこそ源泉風呂なのだろう。源泉温度は約32℃だ。この浴槽はかなりヌルヌル感があった。脱衣場の掲示を見たところでは、加水なし、加温あり、循環あり、消毒ありとなっていた。

★★★★★ 4か5か迷ったところだが、循環消毒はほとんど気にならなかったので★5つ。

夕食は部屋食になっている。量はそこそこ。ご飯が卓上で釜を焚くタイプだったので足りないのではないかと心配したが、ふつうのご飯もおかわりできて一安心。ちなみに風呂なしの部屋を予約したはずだったが、なぜか部屋にも内風呂があった。ただし単なるプラスチックの浴槽である。1泊2食付き2人で消費税・入湯税込み27k円程。

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ぬか喜び3

101214先日漬け込みを始めたぬか床のキュウリと大根が取り出された。キュウリ何ぞは驚くほどクニャクニャに柔らかくなっている。大根とともに刻んでつまむと、実にうまい。かなり塩が強めだが、それにも増して酸っぱ旨い。濃厚なぬか漬けの完成だ。

それにしても、最初に漬けたときと比べてずいぶんとぬかみそに水分が増えてきた。野菜の水気が吸われているのだろうか。この成功に味を占め、引き続き2本目のキュウリ、大根と、今度はオクラも投入されていった。嗚呼ぬかのある喜び。

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ぬか喜び2

101212先日から始まっているぬか床作りだが、気温が低いせいかなかなか発酵が進んでいないもよう。それでもようやく「捨て漬け」なる作業まで進んだようだ。いきなり野菜を漬けるのではなく、野菜くずを漬けて発酵を促進させるのだそうだ。

それで、試しに漬けていた大根の皮をかじってみたら、これがウマ――――――(゚∀゚)―――――――。よし、これなたら行けそうだということで、キュウリ、大根、白菜が投入されていった。さてどんな漬け物ができあがるか、楽しみである。

それにしてもこの「ぬか太朗」をはじめタロウと名の付く者は、世話をするのにずいぶん手間が掛かるのだとか。悪かったねえcoldsweats01

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ウィキリークスを考える

機密情報を匿名で収集し、ネット上に公開する「Wikileaks(ウィキリークス)」という組織が最近のニュースで盛んに採り上げられており、特に先日この創始者が逮捕されたということで、拙いながらも自分なりに考えた「ウィキリークス考」をひとまず述べておくこととする。

ウィキリークスの目的とは、聞くところによれば国家等が秘密裡に行っている不正行為・弾圧などを、内部告発者がリークする際に、その告発者の身の安全を守るために匿名性を保ちつつインターネット上で公開することのようだ。確かに、このような内部告発を行った者は、下手すれば犯罪者扱いをされ、さらに運が悪ければ国家から抹殺されてしまうことになりかねない。それを防ぐためにこのようなシステムを構築したということは一定の理解はできよう。

さて問題はそこでリークされる情報の中身だ。それが、本当に真実であり、今すぐそれをやめさせなければ無辜の市民の生命・財産が脅かされるという緊急事態であれば、たとえ匿名での暴露であってもやむを得ないという部分はあろう。しかし、どうもウィキリークスを見ている限りでは、その情報が真実であるか、暴露することにより救われる権利・利益と、暴露されることにより失われる安全・信用との比較考量が十分なされているかというと、そこまで熟慮したようには見えないのである。というよりも、むしろそれが本当かどうかや、その価値については、見た人が勝手に考えればよい、と放置しているような印象すらある。国家の不正を暴くと正義を振りかざすならば、その中身(とその取捨選択)についても責任を持つべきであろう。もしそれを放棄するようならば、そのリークは正義ではなく、単なるテロリズムと成り下がってしまうおそれがある。

この辺は、ウィキリークスやその支持者が、基本的に国家に対して相当の敵対心を持っているという印象を覚えることにもつながってくる。むしろ、国家など潰れてしまえとすら思っているようにすら感じられる。しかし、そもそも基本に立ち返って、国家が何のためにあるのかを考えると、全く何もないアナーキーな状態よりも、法と秩序に保たれた国家があった方が、少しでも市民が安全・安心に暮らせるはずだから、ということで成り立っているのではなかったか。しかし、その国家も、時に市民の利益に反する不正を働くことがあり得るので、それをどう防ぐかという方法論の一つとして言論の自由があり、ウィキリークスにも存在意義があると言えるのではないか。その原則を忘れ、やたらめったら国家を痛めつけることに酔いしれ、あるいはインターネットが万能であるかのような幻覚を抱き、この世がアナーキーになってしまえばいいのに、といった横暴が芽生えた瞬間から、ウィキリークスを支持することはできなくなってしまうことになる。

国家の不正を糺すには、ウィキリークスのみが有効な手段なのではなく、本来は国家の組織内部そのものに自浄機能が備えられているべきであり、それでもダメなときはマスコミ、ジャーナリズムが機能すべきものである。ウィキリークスがもてはやされているということ自体、こうした従前からあるはずの自己浄化機能がかなり低下してきているということもいえるのかもしれない。

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魚・初捌き

某筋から、釣ってきた魚のお裾分けをいただいたのだが、釣ってきたそのままの姿だから処理しなければならない。魚の料理なら今までもやってきたが、既に切り身になっているものか、丸ごと焼くだけといったものばかりだったので、魚を捌いて処理するというのは、おそらく生まれて初めてだ。魚はスズキの幼魚らしい。セイゴ・フッコなどという呼び名があるようだが、見ただけでは何かわからない。

とりあえず、ウロコを取らねばならんだろう。包丁でしっぽの方から頭に向けてひっかいて落とすのは見たことがあるが、これはピーラー(皮むき器)を使った方がうまくいくに違いないと思ってやってみると、大正解。しかし、全部で5匹、結構めんどくさい。魚屋で売られている魚はみなこの処理済みなのだろうか。

次は内臓を取るのだろうなと思って、腹から開こうとするが、思いのほか固くてなかなか切り込めない。何とか腹を開いて、内臓を取り出していく。それにしても、腹びれの部分をどうすればよいのかよくわからない。腹びれを引っ張ったら内臓が取れると書いてあったが、そうならない。胃袋の部分には、小さい魚がそのまま入っているものもあった。こいつはけっこうお腹いっぱいだっただろうに、欲張ってさらなるエサを食いに行って釣り上げられてしまったわけだな。

内臓には消化器系と循環器系があるようだ。循環器系の方が心臓とかいわゆる血合いというやつか。臓器と言うより単に血が溜まっているという感じのところもある。これは洗い流して取り除くしかないようだ。というわけで何とかすべてを捌き終わって、香草焼きと塩焼きにしてから保存することにした。だが後からネットで調べて見ると、エラも取っておくべきだったということに気がついたが後の祭り。どうりで心臓とか血合いの循環器系を取り除こうとしたときにエラとつながっていて取りにくかったわけだ。

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サントリー京都ビール工場

101204_1この日はサントリー京都ビール工場を見学することになった。昨年も相手をした、相方の海外のお客さんR氏をご案内するのだ。もちろんガイドしてくれるスタッフは日本語のみ、パンフレットも日本語のみなので、横について通訳するしかない。といっても相方に任せきりであったがcoldsweats01

普段はあまり意識していないのだが、麦(大麦)はbarley、酵母はyeast、発酵はfermentation、貯酒をstorage、とそれぞれ英語ではいうのだなあ。

101204_2一通り見て回って、これが一番のお目当てのビール試飲。できたてのプレミアムモルツはやはりうまい。

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