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咲き誇る

100731アサガオ観察日記シリーズももうほぼ最終章へ。つるもだいぶ伸びて、既に毎朝花を咲かせている。以前立てたポールの高さまではとうに達してしまったので、そこからベランダの窓の上に張った針金をつたって更に伸びている。

本来の目的であった、グリーンカーテンの展開には若干葉っぱの量が少なすぎではあるが、5ミリ程度の小さな種からここまで大きく成長する植物の力というのは驚くべきものである。

先日収穫したゴーヤも、後続の実が次々と成長している。これからどうなっていくのか、まだしばらくは楽しめそうだ。

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思いこみというものは

某国営放送で流れていた番組を見ていて、驚いた。1996年のアトランタオリンピック・女子マラソンで銅メダルを獲得した有森裕子選手のインタビューで、「自分で自分を」の後は「ほめてあげたい」だと思っていたのだが、正しくは「ほめたい」だったというのだ。これはビデオが残っているから間違えようがない。なのになぜこんなことになったのか。マスコミが勝手に変えて報道した、というわけでもないようだ。マスコミもほぼその言葉の通り報道していたのだが、国民一人一人が思いこんでいるうちにそうなってしまったというのが実情のようだ。

同じことは、ちょっと古い話だが、終戦後もジャングルに潜み続けていた横井庄一氏の場合でも言える。日本に帰ってきたときの言葉は、「恥ずかしながら帰って参りました」だと思いこんでいるのだが、実際は「恥ずかしいけれど帰って参りました」と言っていたのだ。

一方で、長島茂夫氏の引退セレモニーの名セリフ「我が巨人軍は」の後は、「永遠に不滅です」と思われがちだが、これも実際は「永久に不滅です」と言っていた。これは新聞報道が言葉の語呂を考えて勝手に変えたのが原因と言うことのようだ。

まったくもって、思いこみというのは恐ろしい。

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エコポイント

だいぶ前に買った液晶テレビと、先日買ったエアコンのエコポイント申請用紙をようやくそろえた。用紙のフォーマットがテレビ(3月末購入)とエアコン(6月購入)で異なっている。だが保証書のコピーをつけろだとか、レシートは原本でなければダメだとかいうめんどくささは特に変わっていない。ネットを見て、電子申請できるのかと思ったのだが、これも製品型番などを入力してそれが清書された形でプリントアウトされるものを結局は郵送で出さねばならない。

これだけ大量の書類を誰かがさばいているわけであり、その手間・費用を考えるとぞっとする。それで、エコポイントを何に換えるのかもノーアイデアで、せいぜい目減りがないよう電子マネーWAONに移すこととした。交換対象カタログを見ていると、グルメセットみたいなのもあったのだが、お中元でもないのにこんなのに換えてどうするのやら。それも、このカタログに選ばれるのはどういう基準なのかも謎だらけ。

まあ、もらえるものだけもらってさっさとおさらばしたいところだが、今度は冷蔵庫買い換えプランが浮上しており、またエコポイントとつきあわされることになりそうだ。

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ゴーヤ収穫

100723ベランダで栽培を続けているゴーヤとアサガオ、蔓はさらに先へ伸びている。既に最初のゴーヤが実を結んでいるのだが、店で売られている程には大きくならない。やはりプランター栽培ではこの程度が限界だろうか。

やや黄色くなってきたので、これ以上待ったら食べられなくなると思い、ついに収穫。ちょびっとの量だがゴーヤチャンプルにしていただいた。少ないけれどちゃんとゴーヤである。

ただし、相方からは、明日料理に使うつもりだったのに、と言われた。すまぬ。

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舞洲2010

舞洲24時間リレーマラソン5年ぶりに参加した。ちょうど梅雨明けしたばかりで、真夏の太陽に晒され、まさに舞洲らしい天気だ。大会名にいつのまにかコニカミノルタランナーズという企業冠名が付いていたが、参加チーム数も相変わらずギッシリの250チーム、チームあたりの人数も18名まで増えているというように、昔に比べて儲けすぎだろうというイメージはあまり変わっていない。

ただ、参加してみて何となく違うなと感じるのは、かつて関西の名だたるランニングチームが軒を連ねていたのに、その名前はほとんど見られなくなったこと、そしてかつて上位争いをしていた覚えのあるチームもごくわずかにしか残っていないようだということ。要は、マラソンやランニングをやっているチームが参加するというよりも、他の趣味などのグループが、キャンプ遊びのついでに走ってみる、という感覚で参加する向きが増えたということのようだ。そう言う自分も今回は後者の立場のチームにいたのであるが。

そして自分自身の走りも、かつて上位争いでマジ走りした頃のスピードにはほど遠く、たまに抜き去られるトップ争いの走りにもバトルしようという気すら起こらない状態になっていた。だがそれでもついつい昔の闘争本能が呼び出されるのか、ファンラン趣旨のチームなのにかなり順位を押し上げる大人げない走りをしてしまった。

100718結局終わってみれば47位と、100位に入れれば十分とする趣旨のチームにしては走りすぎという結果になった。それにしても、24時間終了後に参加各チームが順番に記念撮影をしていくのを待たされる渋滞は、かつてに増して酷く長時間となっているような感じだった。

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宵々々山

100714_1久々に職場を早めに出られたので、帰宅時に少し寄り道してみた。この日は祇園祭の宵々々山。初日にもかかわらず結構な人出である。

最初に向かったのは四条新町をやや下がったところにある大船鉾。といってもこれは山鉾の一覧には載っていない。幕末の蛤御門の変で焼けてしまって以来、巡行に参加できていない山の一つである。それがまた近年復活に向けて動き出しているそうだ。お囃子を復活させ、今年からは一旦復活してまた途切れていた居祭(山鉾なしで御神体のみを飾って見せる)を再度復活させたそうだ。いつか山鉾が再建されることを願ってちまきをひとついただいた。

100714_2船ついでにもう一つの船鉾を見に、さらにもう少し南へ。こちらはれっきとした山鉾が現存する船鉾である。他の山鉾と違って船の形をしているのが特徴だ。

それで、何でさっきの大船鉾と合わせて船が2つもあるのかというと、両方とも神功皇后が遠征した故事に因んでいるが、船鉾の方が出征時の、大船鉾の方が戦いに勝利して帰ってきた凱旋時の様子をかたどっているのだとか。だから勝って帰る方の大船鉾の方が大きかったらしい。そして、その遠征時、神功皇后は懐妊しており、帰還後無事出産したということで安産の神としても崇められているそうだ。

というわけでまだちょっと気が早いが船鉾のちまきもいただいて、船のちまきコンボ完成。昨年は保昌山のお守りで無事御利益を得られたので、今度もあやかりたいものである。

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冷房入りました

100710真夏を控えて懸念されていた新都の暑さ対策について、今日ようやくエアコンを設置した。これで、暑くても新都でのパーティー開催は問題なかろう。エコポイントもついて90k円程度。

問題なのは相方が寒がりで極端にクーラーを嫌うということだ。実家でも全然使っていなかったらしい。信じれん。

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Gold Coast 2010

新婚旅行第二の目的地はゴールドコースト。エアーズロックから直接は行けないので、またしてもシドニーで国内線を乗り継いで向かう。ウルル登頂の興奮醒めやらぬまま、昼からの便で出発し、ブリスベン空港へ。旅行社の車で移動してゴールドコースト着は深夜。

翌日はレースの前日受付で会場まで走る。サーファーズパラダイスからブロードビーチまで片道約3キロ程度。日本人向け専用ブースもあるので気楽でいい。その日の夕食はパックにセットになっているディナーコース。メインビーチにあるフェリーニというレストランを訪れた。セットものだから大して期待はしていなかったのだが、メインディッシュのステーキが驚くほどデカくて満足だった。

さてゴールドコーストマラソン当日。走れる格好になって、荷物は全てホテルに置いて会場へ向かう。こちらはスーツ姿で相方はウエディングドレスの仮装をしているものだから、シャトルバスの中でも早くも目立つことこの上なし。

100704_1スタート地点は遠慮してかなり後ろの方にしたら、スタートの合図もろくに聞こえないままダラダラと走り出した。服装がこの格好で、しかも背中に「We Just Married」と書いた紙を貼っておいたものだから、何人もの見知らぬランナーからcongratulationsと声をかけてもらったり、握手を求められたり、写真を撮られたりとかなりオイシイ役回りとなった。これだから仮装はやめられない。

スーツの仮装でフルマラソンが耐えられるか心配だったが、日が高くなっても案外大丈夫だった。というのも、ペースが相方に合わせてキロ6分程度と緩やかで汗だくにはならなかったことと、空気が乾いているのでかいた汗もすぐに蒸発し、時折スーツを脱いで何回かはたくだけて十分冷やすことが出来たからである。

100704_2走りの方はというと、スタートロスに3分程度を要し、しばらく混雑していたがやがてペースアップして一時は4時間30分のペースランナーよりも前へ出た。しかし後半になると、相方がやれおなか減った、足が痛いだのと言いだし、しばしば止まったり歩いたりを繰り返す。終盤は必死の形相で走り続けた。周囲からは相変わらず大声援を受けているのに、応えるのは自分だけで相方は走るので精一杯だったようだ。

ようやくグロスタイム4:51:03で二人一緒にゴール。フルの正式タイムとしては自己ワースト記録更新となった。ゴールしたら、マスコミ的にもオイシイネタだったのであろう、テレビや新聞の取材が立て続けにやってきた。この様子は翌日の新聞Gold Coast Bulletinにも写真付きで記事になった。
やっぱり仮装はウマ―――――(゜∀゜)―――――。

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世界の中心で鼻をかむ

既に新婚旅行に出てから数日が経過。道中で適宜ブログに書き込もうと思ったのだが、成田空港のラウンジを最後にしばらくネットなしの旅が続く。

というのも、泊まったホテルにLAN線は来ているものの、インターネット接続は有料でしかも結構なお値段。緊急事態ならまだしも、たかだか徒然の旅行記に無駄な出費はいらないだろうということで、ここ数日無線封鎖状態だった。

ではこの投稿はどうしたかというと、ドコモの国際ローミングサービスで携帯メールからアップしたものである。これも普段のパケット代に追加料金がかかるので、これ一度きりにしておくつもり。

前置きが長くなったが、ハネムーンの行程前半は、伊丹から成田へ、そこから国際線でオーストラリアのシドニーへ飛び、国内線に乗り換えてエアーズロック空港へ降り立った。伊丹発が14時頃でエアーズロック着が翌日の昼なので、ほぼ丸一日を要した。さすがに世界の中心は遠い。

100630_1着いた日の夕方から夜にかけてはウルル(エアーズロック)のサンセット鑑賞と「サウンド・オブ・サイレンス」と銘打った屋外でのディナーに参加。しかし、この日はあいにくの曇り空で、サンセットもいまいちだわ、ディナーの際の星空鑑賞も全くできずだった。

ディナーでは世界各地からの観光客が集まっていたので、できれば英語での会話にも参戦したかったが、ほとんど絡めず。全く星空の見えない状態での星空鑑賞でも、ガイドの巧みな話術で客は大受けだったのだが、英語がわからないと面白さが半減。6年前のオーストラリア訪問からほとんど進歩がない。

100701_1二日目はウルルのサンライズ鑑賞と登頂ツアーに参加したが、見た目いまいちの雲の多い天気。予報が雨と言うことで、登山道は閉鎖されていた。代わりにその周辺のアボリジニ聖地や名所、資料館などを見て回る。そうそう、エアーズロックとは、西洋人が後から見つけて勝手に付けた名前であって、ここは昔からウルルと呼ばれるアボリジニの神聖な場所だったのだ。

100701_2午後は、もう一つの名所、カタ・ジュタというところの「風の谷」を散策して、その後ウルルのサンセットを鑑賞するツアーに参加。風の谷といえばナウシカだが、確かにその映画に出てきそうな雰囲気ではある。ナウシカの世界とラピュタの世界を合わせたような、幻想的な光景だった。

100701_3天気は午後から回復してきて、ウルルのサンセットは最高の色合いで見ることができた。これよ、これが見たかったのよ。

100702_1三日目、エアーズロック滞在最終日だが、前日ウルル登山ができなかった場合再挑戦できるということで、再び早起きしてサンライズ鑑賞と登山のツアーに参加。サンライズも前日よりはるかにいい感じで見られた。そして、この日の登山道は開いていたので迷わず登山にトライした。

登山道すぐがかなりの急坂。それも最初の100m程は手すりも何もない。これは、最後まで行ける勇気があるかを試すための関門なのだとか。二人ともその第一関門は難なく突破し、そこから現れる鎖の手すりを頼りつつさらに急坂を登る。

100702_2一旦急な登りが落ち着くと、そこから先は白線が引いてあり、それに従って進む。ほぼ平坦だが、所々四つん這いになって登り降りが必要な箇所もある。どうもこの凹凸は横倒しになった地層の浸食度合いの違いでできているようだ。

しばらく進むと、石碑が置かれているところへ着いた。これがウルルの頂上だそうだ。360度の地平線と遠くにカタ・ジュカが見える。まさに世界の中心という感じだ。様々な国の観光客が記念撮影などしている。中には、携帯で誰かに電話する人も。ここでも携帯の電波届くのね。その中で我々は愛を叫ぶわけでもなく、ちり紙で鼻をかんでいた。相方は鼻炎気味、自分も結構風に晒されて鼻水でてきたもので。

こうして最初の目的地エアーズロックを後にするのであった。

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