天使と悪魔
立て続けになるが、映画「天使と悪魔」を観に行った。舞台はバチカン。教皇が亡くなり、次の教皇を選ぶコンクラーベがまさに始まろうとするとき、次期教皇の有力候補である枢機卿4名が誘拐された。時を同じくして、スイスにあるセルン(欧州原子核研究機構)で世界最大規模の加速器により集めた反物質を容れたカプセルが、何者かによって盗まれた。
バチカンに対して、「イルミナティ」と名乗る者から、かつて教会から弾圧を受けて科学者が惨殺された復讐として、1時間ごとに1人ずつ枢機卿を殺害するとの犯行予告が寄せられた。この事態解決のため、宗教象徴学教授のラングドン教授がバチカンに迎えられた。
以下ネタバレ注意
前作の「ダヴィンチ・コード」の続編かと思ったのだが、話としてはそれぞれ独立しているので前作を見ていなくても特に支障はないようだ。というか、原作の小説では天使と悪魔が先で、ダヴィンチ・コードの方が後に書かれたらしい。
刻々と迫る犯行予告時刻、様々な道しるべを読み解き、犯行現場を突き止め急行するラングドン教授一行だが、あと一歩のところで食い止めることができない。そして、ついに最後の5つめに行われる犯行、盗み出された反物質が対消滅を起こしてバチカン丸ごと吹き飛ぶような大爆発を起こす危機が迫る。果たしてこの危機を脱することができるのか。
時間制限のある謎解き、テンポのよいスリルとサスペンスにぐいぐいと引き込まれていく。そしてクライマックスにはあっと驚く大どんでん返しも。これはかなり面白い。科学者の目で見た場合には反物質関係のSF部分は若干「うむ?」と思うところがあるかもしれないが、それをおしなべても傑作と言えるだろう。
それにしても、基本的に対立する歴史を繰り返してきた宗教と科学だが、現代になり科学が最新になればなるほど、宗教的な要素、「神」を意識せざるを得ない局面が増えてきている。
例えば宇宙物理学、この宇宙の起源を探ると、どうやら何もない真空がゆらいで物質と反物質ができ、たまたま何かの拍子で物質の方が多かったがためにこの宇宙ができたのではないかと考えられるようになってきた。はたまた生殖医療、再生医療では、ES細胞やIPS細胞など、これまで神の領域であったはずの生命の発生まで科学が関与しようとしている。
結局のところ、宇宙が出来たのも、生命が発生したのも、実は「暇を持て余した神々の遊び」に過ぎないのではないかという思いが強まる今日この頃である。科学はそのことを科学的アプローチで解明しようと試みている一方で、宗教はむしろ科学が未熟な時代から、感覚的・直感的にそのことを知っていて、ただそれを「神」という心理的アプローチで説いてきたのではなかろうか。そんなことを考えさせられる作品であった。
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コメント
ネタばれ注意と書いてあるので
冒頭しか読んでいませんが…。
こないだの鴨川ホルモーも、
HP確認したら面白そうだし☆
くりりんさん、映画好きなんですね。
暇さえあればランニングかと思ってました
これは失礼・汗
投稿: ハル | 2009/05/24 16:51
コメントありがとうございます。
映画はそれ程詳しいというわけではありませんが、たまには観ます。ただ、軽重を比べればラン>>>>映画ですね。
ところが最近のネタ比率で行けば温泉>ランだしラーメン>ランになっているのですが
投稿: くりりん | 2009/05/24 22:01