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続・チョコバットアイス

ごく一部で話題沸騰(^^;のチョコバットアイス、コンビニのampm、ファミリーマートにあるのを確認した。それも十分な数が入っているようだ。なぜかホームランバーも1本だけ混じっていた。
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それにしても当たらねえ。現在3打数0安打(^^;。

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パラリンピック・マラソン

アテネパラリンピックのマラソンで、高橋選手が念願の金メダル獲得というニュースが届いている。北海道マラソンでも本人を見かけていただけに、うれしい快挙だ。ゴール前抜かれたのはたぶんB2かB3クラス(わずかに光が見える、あるいは弱視)の選手だったのだろう。

時々関西に来てお会いすることもある「チャンプ」こと福原選手も、4位と健闘。

足の速い視覚障害者ランナー共通の悩みは伴走者を確保すること。自分も出来る限り協力したいとは思っているが、自分自身の練習やレースもあるのでなかなか難しい。これを機に高速で伴走できるランナーがもっと増えてくれるといいのだが。

自分の記録ではとてもオリンピックには行けないが、パラリンピックなら伴走で出るチャンスがあるかも?!

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チョコバットアイス

23日は久しぶりに妙見山往復の40km超LSDを敢行。北海道マラソン以来ロングは走っていなかったのでだいぶきつかった。

そして今日も(すんません、休み取りました(^^;)同じコースを走りに行ったが、最初からかなり疲れ気味だったので途中で引き返し20km程に終わってしまった。

それで、帰りのコンビニでたまたまチョコバットアイスを発見したので思わず買い。
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某ネットランナー界では有名なお菓子「チョコバット」だが、最近そのアイス版があると聞いていたところ今日初めてお目にかかることができた。まあ普通のチョコがコーティングされたアイスだった。残念ながら当たらず。

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富山の常識

連休中に、友人が富山で結婚披露宴を開くというので行ってきた。

1次会、2次会、3次会とお約束のごとくハシゴを重ね、日付が変わる頃解散となった。我々遠方組はもちろん近くのホテルに宿泊するが、地元富山の参加者は家に帰らねばならない。

街中に明かりをつけたタクシーが結構いるので、それを呼び止めようとしたら、違うと言われた。
よく見ると、タクシーではなく「代行運転」というランプが点っているではないか。

富山では、移動手段はたとえ飲み会であっても車、というのが常識なので、必然的に代行運転の方が需要が多く、流しの代行運転はいても流しのタクシーはほとんどないのだそうだ。というわけで、専用のタクシー乗り場まで行って乗るのであった。

所によっては常識が全く異なるのだということを強く思い知った。

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死刑の是非

先日、2件の死刑が執行されたとの報道があった。
死刑については、ずっと昔からその是非について議論が繰り返されているし、国や地域によってあるところ、ないところと分かれており、ここのわずかなスペースでとても論じ尽くせるものではないが、少しだけ自分なりの考えをまとめてみた。

まず、死刑を是とする根拠として以下の点が挙げられる。
1.被害者あるいは遺族による私刑、報復が認められていない
2.犯罪者に反省・更正の見込みがなく、しかも社会に戻せば再び凶悪犯罪を繰り返すのが確実な場合
3.死刑が存在することで、凶悪犯罪の発生を抑止することができる
4.無期限で生きさらさせる方が却って酷い処遇(但しこれは疑問の余地あり)

次に、死刑を非とする根拠として以下の点が挙げられる。
1.冤罪であった場合取り返しがつかない
2.一生をかけてでも反省、更正する機会を待つべきである
3.死刑が存在しても凶悪犯罪の抑止にはならない
4.どんな犯罪者であっても人権は守られねばならず、命を奪うことまでは誰にも許されない

確実にいえることは、証拠が完璧ではなく、将来冤罪として覆る余地のある事件については死刑はしてはならない。まさに取り返しがつかないからだ。さらに、犯罪者の犯行であることが疑いようがない場合(現行犯、直接証拠等)であっても、犯罪者が深く反省し謝罪し一生を贖罪に捧げる覚悟が出来ていて、しかも被害者側が報復としての死刑を望んでいない場合、死刑を執行する意味があるのかどうかは、疑問である。

そこで問題となるのが、犯罪者の犯行が確実であり、しかも残忍凶悪、犯罪者に贖罪の意識が皆無で将来更正の見込みもなく、被害者側も報復を強く望んでおり、またもし犯人を社会に戻せば再び凶悪犯罪を繰り返すことが必至であるケースで、死刑を執行すべきか否かは非常に悩ましいであろう。

今まで死刑の是非の議論が平行線をたどってきたのはこのあたりに原因があるような気がする。理想論、一般論としては死刑はない方が望ましいに決まっている。しかし、具体的に実際に上記のようなケースがあった場合、さらにその被害者側であった場合、その理想を振りかざし続けることができるかどうかは、かなり微妙だ。

ここで一つ思いついたことは、人間社会自体を一つの大きな生命体として見た場合に、死刑は一種のアポトーシスのようなものではないかということだ。即ち、体の一部の細胞が癌化し、放置すれば他の正常な部分を次々蝕んでついには全体として死に至る危険にさらされるような場合、たとえ自らの体であっても癌化部分を切除することはあり得るということだ。

ただし、だからといって「死刑」という究極の荒い手段だけが体全体の生命・安全を守るための方策ではないということはもちろんであるし、そもそも何故癌化する細胞が生まれたかを見直す必要があるし、もとから癌化させないような対策を講じるのが第一であるのはいうまでもない。

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工場見学

丹波ワイナリーを見学。
今年のぶどうはとても甘く仕上がっているそうな。
いろいろ試飲させてもらいました。ごちそうさま。pic_0121.jpg

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ストライキすべきは

日本プロ野球の球団合併・リーグ再編問題はいよいよ混迷の度を極めてきて、ついに選手によるストライキ突入かという事態が迫ってきた。
かと思えば、採算のとれない企業は淘汰されリストラが行われるのは資本主義社会では当たり前のこと、とクールに捉える意見もあるし、そもそも球団の経営が傾いたのは一部の選手が(他のスポーツ選手に比べても)やたら高い年俸をもらいすぎているからだという批判もある。そんな中で選手がストライキして何の意味があるのかという論調も確かにうなずける。

そこで考えたのは、ストライキすべきはファンなのではないかということだ。それだけファンの存在を無視するようなプロ野球運営を続けるなら、球場に見に行かなければいい。プロ野球中継も見るのはやめだ。これこそが球団(オーナー)にとって一番堪えるストライキなのではないだろうか。そしてこれは実はもう既に徐々に始まっているのではないか。

選手にも改善すべき点は多々あるだろう。いつ何時選手生命が終わるかわからないから年俸を取れるだけ取ることに執着するのではなく、年金制度を入れるとか、理不尽な年俸高騰を招くFA制や逆指名の見直し、球団ごとの戦力均等が図れるような制度を(単に年俸が下がるのはイヤだからと反対するのでなく)長い目で見たプロ野球発展のために検討し受け入れるべきだろう。

そして最後にはやっぱり読売巨人の問題。プロ野球ファンの大多数が巨人ファン。だからTVも巨人戦ばかりを放映したがる(だからまた巨人ファンばかりが生産される>とくに田舎(^^;)。セリーグもパリーグもどの球団も巨人戦ばかりやりたがる。そろそろ巨人一辺倒から卒業しませんか。これは巨人球団からもらう高い年俸に見合うだけの働きをしているとはとても思えない元巨人以外の主力選手達にも言えることだろう。

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うあぁ

我が「双子の弟」こと きまぐれはや のネタがフォーラム@ニフティ:人・ひとに載ったようで、それはそれでめでたいことなのだが、あろうことか記事の中で私のサイトを紹介しているではないか!! えー聞いてないよ〜(^^; もっと他に紹介すべきまともなサイトがあるだろうに(^^;。

まるで、部屋が散らかっているのに突然の来客があってどうしよう、といった心境です(^^;。見に来てガッカリだった皆さん、スマソ。

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地震・雷…

今日19時頃の地震にはビビった。初期微動も周期も長いので、震源の遠い海溝型、ついに南海/東南海地震が来たのかと思ってしまった。その割には実は震度4だったとは。もっと揺れたような気がするのだが。さらには外で雷がピカピカ光っているし、科学を知らない昔の人々が恐れおののくのも無理はないと思った。

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本文と関係ないけど夕方頃東の空に見えていた虹。地震がなければこれをネタにするつもりだったのに(…って結局使っている(^^;)

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憎悪の連鎖

既に報道されているとおり、ロシア南部・北オセチア共和国での武装勢力による小学校占拠事件は、人質300名以上が死亡という悲惨な結果となってしまった。何の罪もない多くの子供達が犠牲になったことは不憫でならない。

事件の背景として、長年続くロシアによるチェチェン共和国への圧制があるが、それにしても今回の事件で理解できないのは、人質の安全を全く省みない犯行グループの残忍性である。ロシアによる弾圧の不当性を国際世論にアピールするのが目的であれば、少なくともこんな卑怯で残忍な手口は使うべきではなかった。

おそらくこの件によりかえって国際世論のチェチェンに対する同情心は薄れてしまうことであろう。もちろんロシアのチェチェンに対する酷い行為を見逃してはならないことは間違いないが、だからといってこれに対抗するのにテロをもってすることは決して面責されない。

ところで、今回の件がかつてのニューヨークでの同時多発テロの際と同じ感じを受けるのが、行為全体の位置付けが自爆テロになっているということだ。

つまり、自らの正当性を訴えるというよりも、自らが生き残ることはもはや放棄し、やぶれかぶれの自殺ついでに気に入らなかった連中を少しでも多く巻き添えにしてやる、という発想に見えるのである。国際的にそう思われてしまったら危険だ。イスラム原理主義は人類全体で生き残ろうということを否定する「癌」的な思想だから根絶やしにしても止むをえない、と思われかねない。

憎悪の連鎖はどこかで断ち切らなければならない。その際に我々でも役に立てることがあるならば努力を惜しんではならない。

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浅間山噴火

防災の日の今日に合わせたわけではないだろうが、浅間山噴火の報道にはちょっとびっくり。まあそもそも日本中いつどこで噴火してもおかしくないような地勢だから、長い目で見れば至極当然の営みということなのだろうか。

関西では今や9.1よりも1.17の方が地震、災害への思いを馳せる日となっているが、いずれにせよいつかは大地震が来るし、大噴火も起こる、それ自体は止められないのだから、いつ起きても生き延びられるよう普段から備えるほかない。まあ、フィナーレは富士山大噴火で締めくくってくれるのだろう。そのときは日本という国自体が生き残れるかどうかの正念場だ。

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