ICOCA定期券・汚損による再発行

200329_1長年利用してきたICOCA定期券、最近は定期券部分の表示が薄くてかすれて見えにくくなってきた。

定期券表示の部分は、熱によって繰り返し消したり書いたりできる特殊なインクが使われているようだが、どうやらそのベース自体がだんだん剥がれてしまい、定期券を更新しても新たな有効期限等の書き込みは薄くてかすれたままになるようだ。

200329_2ネットでいろいろ調べていると、こういう場合(「紛失」ではなく「汚損」のケース)は手数料無料で定期券のカードを更新してくれるようなので、駅のみどりの窓口に向かう。

すると、更新したカードの交付は翌日となり、その間は更新前の方のカードは自動改札では使えなくなるそうなので、有人改札でICOCAとともに提示するための証明書のような券面を発行してもらった。まあ、申請日が土曜日で、翌日日曜日にもらえるのなら定期を使うことはないのだが、これならば平日でも安心して手続きできる。

200329_3そして翌日、再びみどりの窓口に向かうと、くっきりハッキリと定期券表示ができるようになった新しいICOCAを無事入手。なお、ICOCAにチャージしていた電子マネーも同額で引き継がれている。

一点だけトラップがあったのは、保育所での登降所管理が最近はICカードタッチによるタイムスタンプになっており、手持ちのICOCA等ICカードも登録すれば使えるのだが、今回ICOCAを更新したことでカードID(JWxxxxxxxの番号)が変わってしまっており、改めて登録をし直さなければならなかったということである。

(本記事は、実際は記された投稿日よりだいぶ後になってからの投稿のですのでご了承願います)

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高槻伴走練習会

200322_01年明けあたりから中国・武漢で猛威を振るい始めた新型コロナウイルス(covid-19)が、当初は海外ニュースの他人事だったのが、日本に立ち寄った豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号で多数の感染者を出し、次には欧米や日本国内でも爆発的な感染拡大を出したため、瞬く間に世界が変わってしまった。3月に出場予定だった静岡マラソンも中止となり、他の大会も軒並み中止となった。人が密集するイベントの類はどれも中止、見合わせ、自粛が相次いだ。

伴走練習会の長居わーわーずもその影響を受けて実施を見合わせており、ブラインドランナーが練習できないという状態が続いていた。そんな中、6月に予定されている水都ウルトラマラソンのために練習しておきたい、という話が上がったようで、なぜかその舞台に高槻が選ばれ、地元民なんだから企画してよと依頼されてこの日に至った(しかも、依頼してきたH氏本人は直前に足を故障して不参加)。訳の分からないまま駆り出されて、高槻駅に10名ほどのランナーが集まった。
200322_02ひとまずはポンポン山練習会の摂津峡経由ルートをベースに走る。摂津峡桜公園のしだれ桜はほぼ満開。

200322_03摂津峡の途中、白滝のところで曲がって、東海自然歩道沿いに萩谷公園を目指す。

200322_04萩谷公園に到着。ここで、予め買っておいた軽食類でお昼ご飯。相方とジュニア達は車で先にこの公園に来ており合流。公園内の周回路を使って各自で練習とした。ここは高槻クロスカントリーでもコースとなっており、相当のアップダウンがある。

その後は、普段通ったことのない林道を経由して上の口に抜け、高槻駅に帰着。

200322_05ラン後のお風呂はいつもの錦温泉ではなく、高槻新温泉を利用。温泉と名が付いているがいずれも普通の銭湯である。

お風呂後の打ち上げはこのご時世もあり予定していなかったのだが、結局皆でイタリアンバーの店に寄る。店員は皆マスクにゴム手袋、窓を開けはなっているなど、ここにも新型コロナの影響が如実に現れていた。クラスター発生源にならないでホントによかった。
ちなみにその後、水都ウルトラマラソンも中止と相成った。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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ドクターイエロー2020

200307_01
3月某日、ドクターイエローが運行されるとの情報を得て、一家総出で新大阪駅に向かった。待つことしばし、想定時刻どおりに入線してきた。
200307_02車番を確認すると923-7と記されている。JRのマークがオレンジ色なので、JR東海所属の923形0番台T4編成ということになる。

200307_03ホームにはママ鉄・子鉄に鉄道マニアが大勢いたが、溢れかえるというほどではない。やはり新型コロナウイルスの影響で外出を手控えている人が増えてきたということか。

200307_04近い時間帯に500系こだまが新大阪にいたので、ホームを移ってこちらも撮影。こだま運用になってからも既に相当年数が流れたが、今なお人気のイケメン新幹線である。

ちなみに、ドクターイエローについては3年前にも長男とともに見に行ったことがあるが、当時次男はまだ生まれたばかりなので母子ともにお留守番、500系TYPE EVAに長男と2人で姫路に行ったのは5年前で、当時3歳だった長男本人も覚えていないという状況である。

200307_05さて、新大阪駅から今度は阪急の十三駅に向かい、鉄分補給おかわりということで「京とれいん雅洛」を見物に行った。本来は神宝線所属の7000系を魔改造した車両なので、京都線を走るのに車体番号百の位がゼロという激レアな存在である。

200307_06土日祝にはバンバン往復しているのを見かけてはいるが、その停車駅が沿線住民にとっては全く使えないので、乗る機会はほとんどない。しかも中間駅をすっ飛ばす割には、通常停車駅パターンの特急の後ろを数分遅れで引っ付いて走るだけなので、梅田ー河原町間(いや、これも大阪梅田と京都河原町に改称したんだった)の所要時間は特急と変わらない、という何とも実用性のない列車ではある。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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京都アクアリーナ

200211_12月某日、アイススケートをしに西京極のアクアリーナ京都へ向かった。だいぶ前からできている施設なのだが、プールも含め利用で中に入るのはこれが初めて。

200211_2前にスケートをしたのは学生時代だっただろうかというぐらいの久しぶりにスケート靴を履く。で、何でアイススケートかというと、長男が最近某スケート教室に通っているからである。

200211_3自分は全く滑れなくはないが、とてもじゃないが上手とは言えず、取り立てて楽しいわけでもないので、ひたすら次男のお守りを買って出て、ペンギンの親子のようにしてリンク内をウロチョロ。

スキーも含め滑り系スポーツは上手くならないこともあって避けていた、というかそこでマラソンに出会ってそっちに集中したんだよなということを改めて認識した。結局家族内でいちばん上手に滑れていたのは長男だった。スケート教室を見学している際は受講者の中でも下手っぴいに見えてたんだがなあ。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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ちょっと昔の地球儀

ヨーロッパ朝、ジュニア達を保育所に送る際、次男はセッティングを親がしてやるが、年長組の長男には自分でやらせるので若干の待ち時間が生じる。この時、ふと部屋にあった地球儀を見ると、「ソビエト連邦」という表記が飛び込んできた。他にも東西ドイツが分裂したまま、逆に分裂前のユーゴスラビアやチェコスロバキアが健在などツッコミどころ満載で、いったいいつ頃のものか、というネタをSNSでアップし、友人等も巻き込んでちょっとした推理ごっこが展開された。この記事はそれらの最終まとめとして記録したものである。なお、この記事内での画像はクリックするとオリジナルの原寸大画像が表示される。

アフリカアフリカ編。ザイールはコンゴ民主共和国に改称(1997年)。なお、現在単に「コンゴ」と言ってしまうと、この「コンゴ民主共和国」か、お隣にある「コンゴ共和国」かの区別が付かないので、今後注意が必要である。イエメンが分裂したままだが1990年に統合。エリトリアが1991年エチオピアから独立も載らず。南スーダンの独立は2011年と結構最近の話だから当然ここには反映されていない。

アフリカ南部アフリカ大陸南部が見えにくかったので改めて撮影。ナミビアは1990年に独立、スワジランドは2018年にエスティワニに改称だがいずれもこの地図には反映されていない。

アジアアジア編。スリランカの首都がスリジャヤワルダナプラコッテに移転済み(1985年)なのが載っている。一方でミャンマーの首都がヤンゴンのまま(2006年ネーピードーに遷都)。ちなみに、ビルマ→ミャンマーへの改称は1989年以降だが既にここに載っている。当時の軍事独裁政権が強引に言い出した話なので国際社会はにわかには受け入れたがらなかったが、日本ではあっさり受け入れてしまったことを思い出した。香港が英国統治表記のままだが、1997年に中国に返還されている。

中南米南北アメリカ編、だが北米はUSAとカナダで動きようがないので割愛して中南米のみ。といっても近年の動きは少なく、直近でも1983年にクリストファー・ネイビスが独立したぐらいしかトピックスが見あたらず。

オセアニアオセアニア編。ミクロネシア連邦の独立が1990年だが、事実上1986年には既に独立とのことで、地球儀製作年の特定には微妙。一方でパラオは1994年に独立なので、ここではまだ米国信託統治領の表示。日付変更線も実は時代とともに変遷があるらしいが、今回の地球儀では決め手にはならず。

それで、結局この地球儀はいつごろのものか、制作時期の特定については、反映されている事象で最も新しいビルマ→ミャンマー改称(1989年)と、反映されていない事象で最も古い東西ドイツ統一(1990年)の間であろう、という結論になった。

(本記事は、実際は記された投稿日よりだいぶ後になってからの投稿のですのでご了承願います)

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高槻シティハーフ2020

200119_01今年も高槻シティハーフマラソンに参加。ただし参加は私一人のみで、相方と子供らは家で留守番。自転車で会場に向かうと、以前は体育館の敷地内に停めていた自転車が、一律で少し離れた小学校の敷地内に停めるようやり方が変わっていた。また、荷物預かりも前は無くて、更衣室である体育館に置き去りにするしか無かったのだが、大きな袋に入れた上で選手だけが入れるゾーンに置くようになったので、盗難に遭うリスクもだいぶマシになった。

200119_02会場の販売ブースで本当に久々に新たなランニングシューズを購入。その手の店では現金オンリーが当たり前だったが、何とクレジットカード決済が可能だった。ここにもキャッシュレスの普及が。シューズは、この後3月に出場予定となる静岡マラソン用を意図していたのだが、その時点では後々の大激震など知る由も無かった。

さてレースの方は、もはや練習無しで1年ぶりという状況なので、相変わらずのサルの着ぐるみでゆっくりジョグ、気が向いたらちょっとだけビルドアップ走といったところ。天気は比較的好天。例年終盤にバテたところをラン友のU氏に目撃されてしまうので、だいぶがんばってダレずに走りきったのに、そんなときに限ってU氏は現れなかった。タイムはグロスで1時間56分30秒と、昨年の自己ワーストよりは改善。

200119_03レース終了後、自転車で帰宅中に、ベトコンラーメン新京を発見。このラーメン店は以前惜しまれつつも閉店していたのだが、かつての店舗から数軒離れたところで復活していたとは知らなんだ。コレは寄るしかないだろう。

200119_04というわけで遅い昼食も兼ねた一人お疲れさん会を実施。店内は同じくマラソン帰りと思われる客も多く、既に昼食ピーク時間はだいぶ過ぎているにもかかわらず盛況だった。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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麺屋 優光

19121712月某日、烏丸姉小路西入ルのラーメン店「麺屋 優光」を訪れた。ここは相当人気があり、早めに並んでおかないと行列待ち必至。というわけで、この界隈に出張の用事があり、かつ、お昼ちょっと前に自由時間にならないとありつくのが困難となっている。

この日いただいたのは「黒竹」(くろちく)というメニュー。しっかり味の濃い醤油ラーメンと記されている。その名のとおりスープはかなり黒い。系統としては新福菜館、富山ブラックあたりか。

190618ちなみにこの時は初訪問ではなく2回目。同年6月にも訪れていたがブログ掲載をサボっていた次第。いったんその場でSNSに載せてしまうと、それで満足してしまうのか記事掲載まで至らないことが多くなっている。

初回訪問時にいただいていたのはこちら「淡竹」(はちく)。一番人気がある貝系ラーメン。その名のとおり色は淡白であっさり系、貝のダシの旨味を存分に味わうことができる。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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第22回全国視覚障害者駅伝大会

191104_01今年もOSAKA EKIDEN in 長居 兼 全国視覚障害者駅伝大会に昨年に引き続き伴走者として参加すべく、長居陸上競技場を訪れた。

毎回出てるのに、前回・前々回はブログ記事掲載をサボっていたようだ。例によって東京のチームY、3区3.4kmでY氏の伴走を担当。前回は視覚障害者の部で優勝、デフェンディングチャンピオンだが、実は飛び道具(現役パラリンピアン)を使っていた。今回はそのようなズルは無しで臨む。

191104_02我がチームは1区の元パラリンピアンが出だしで5位と出遅れ、自分らの3区も、4位でもらったタスキをそのまま繋ぐだけ、タイムも15分20秒で区間5位とさえず。最終順位も部門4位に終わった。

プログラムの各チームひとこと欄には「過去の栄光の架け橋」と書いたが、まさにその通りとなった。まあ、結果はさておき、毎年このメンバーで打ち上げの飲み会をするのがメイン行事となっているので、これでいいのだ。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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阪急レールウェイフェスティバル2019秋

191027_01春のイベントに引き続き、秋の阪急レールウェイフェスティバルにも参加した。前回参加以降、阪急電鉄 鉄道ファンクラブにも入会して、抽選当選確率を高めておく努力が奏功したようだ。

191027_02展示内容や体験コーナーなどはほぼ前回同様。画像はミニトレイン乗車のコーナー。いろいろ見て回りたいが、結局のところジュニア達の意向が優先されるので、鉄オタの大人としては我慢が続く。一人で好き勝手にしたいものよのう。

191027_03そして今回もプラレールで遊ぶコーナー、予約券を予め並んで取ってからの利用。プラレールなら家になんぼでもあるやんか、と思うのだが。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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香住釣りツアー

191022_01即位礼の日ということでこの年だけ特例的に祝日となった10月22日、早朝から車で兵庫県北部方面へ。市町村合併で今は香美町となっている、旧香住町の香住漁港へ釣りに行く。

191022_02実はここへ来るのはこれで2,3度目ぐらい。前に訪れた際のブログ記事掲載をサボっているだけ。

以前に来た際は小アジが入れ食い状態で、しこたま釣れたが、今回はボチボチ程度。岸壁からサビキを投げる釣り方である。ジュニア達は釣ることそのものよりも釣れた魚をいじくる方に関心があるようだ。

191022_03お昼ごはんは近くの「れんが亭」というレストランで、かに丼定食をいただいた。

191022_04釣りばかりではジュニア達も飽きてしまうので、近くの公園に連れて行って遊ぶ。海の間際にあり、そこから漁港の方面を見やる。

191022_05帰路途中、地元の銘酒「香住鶴」の直販店、福智屋に立ち寄り。土産に日本酒を購入。

191022_06さらに帰路を進めて、道の駅あゆの里矢田川に立ち寄り。この道の駅は、近年香住方面に高速道路が延伸されたことにより、一般道でないと通りがかれない立地が災いして客足が激減し、潰れる寸前まで追い込まれた。しかし、その逆境を比較的若い駅長(店長)が半ば自虐的にTwitterでアピールしたことで、ネット界隈でちょっと話題になり、息を吹き返しているという状況にある。その話題を知った時から一度は立ち寄りたいと思っていたので、ようやく念願がかなった。なお、当該道の駅の、かなりクセが強いTwitterアカウントはこちら(@tajimaayunosato)

191022_07土産に買って帰った品々。ちなみに、あゆの里矢田川では天然鮎が入手できなかったので鮎の甘露煮を買ったのだが、よく見たら愛知県豊川市製造だったというオチ。

(本記事は、だいぶ後になってからの投稿のため、相当記憶が薄れており、そんなことがあった、という記録程度の内容となっているのでご了承願います)

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