阪急レールウェイフェスティバル2019春

190512_01阪急レールウェイフェスティバルを初めて訪れた。事前に申し込み・抽選当選が必要なので、当日にふらりと寄ることはできない。
阪急正雀駅のすぐ隣にある正雀工場の中に、当選したはがきを見せて入場。まずは阪急電車の顔出し看板で記念撮影。これだけでも行列待ちができている。

190512_02そしてなぜか手回しオルガンの体験コーナー。これは六甲山に阪急資本系列のオルゴール博物館があって、それの宣伝で置かれているらしい。長男坊が喜び勇んでハンドルを回していた。

190512_03次に洗車機の体験コーナーへ。車両の中に乗った状態で洗車機を通るらしい。だいぶ長い行列で待たされたが、1回あたりに乗れる人数はかなり多い。

190512_04乗り込む途中では、P-6と呼ばれる昔の阪急車両の試乗コーナーもあった。こちらは整理券が必要で、既に売り切れていた。


洗車機の中を通る時の動画がこちら


1回通った後、また元の場所に戻るのでもう1回通る。そのときの動画がこちら

190512_05屋内では、Nゲージの展示・運転体験コーナーもあった。これも運転するのは事前の申し込みが必要のようだ。

190512_06大きな車両整備工場の中では、方向幕を使ったビンゴ大会も行われていた。数字と違って、これはちょっと探しにくい。

190512_07整備中の5000系車両。「イベント電車」「予備車」の表示幕が激レア。

190512_08屋外の一角では、子供向けのマナー啓発のためのヒーローショウが行われていた。暑くて日なたではとても見ていられない。

190512_09再び屋内のプラレール体験コーナー。これも整理券が必要で、入手はできたものの、割り当てられた時間が終了間際の最終組14時30分だったので、それまでの間ずっと会場に居ることになったのだ。子供らが持たないかと思ったが、いろいろ回って何とか時間はつぶせた。さすがに次男坊は疲れてこの頃には昼寝モード。

190512_10レイアウトは既に一定のものが完成していた。ただしよく見ると1回出てしまうともう戻って来れない区間があり、私的には美しさに欠けると感じた(どうでもいい話)。長男はせっかくできているレイアウトをいじって不通区間を増やしていた。まあ好きにすればいいさ。
とまあ、ガッツリ丸一日費やして会場を後にした。

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ポンポン山&ジャズスト2019

190503_01今年も、毎年この時期恒例のポンポン山マラニック&高槻ジャズストリート鑑賞を敢行した。今回も広めに募ったところ、昨年に迫る20名もの参加者が高槻駅に集合。なお今回は車で来られたランナーがおり、駅近くの駐車場に停めたその車をコインロッカー代わりに使わせてもらうことにしてそこからスタート。

まずはこれもお約束の芥川こいのぼりフェスタ会場へ。この日留守番の相方とジュニア達がお出迎えしてくれた。天気は非常によいが、風もほとんどなくこいのぼりは垂れ下がっていた。

190503_02住宅街の途中でスーパーに立ち寄り、昼食用の食料等を購入。ちなみに今まではピーコックという名前だったのが、イオンに変わっていた。やがて街中から離れ、神峰山寺に到着。

190503_03神峰山寺から本山寺に向かう途中、道路脇の木々がバタバタと倒れているところを目にする。昨年9月に襲った台風の爪痕だ。

190503_04本山寺まであと0.9kmのところから始まる「白い悪魔」。このあたりからは隊列もばらけて前後の差が広がる。なお、本山寺の画像はないが、いつもの龍の湧き水がポタポタ程度しか出ていなかった。

190503_05本山寺から先のトレイルコース。おそらくは、台風で倒れた木がコースを塞いでいたのを、切り刻んで通れるようにしたと思われる光景に何度か出くわす。

190503_06夫婦杉付近。うっそうと木が茂っていたと思うのだが、ずいぶん見通しがよくなっている。このあたりもたくさん木が倒れたのだろうか。

190503_07夫婦杉そのものは無事だったようだ。

その夫婦杉付近の様子を動画に納める。

190503_08頂上に到着。ここで軽く昼食。天気はよく無風だが、遠くの方は霞んでいる。


今回もReliveというアプリで、行程を地図上に動画に示した。復路では、本山寺を通らないルートを取るのが通例だが、先発隊に周知が不十分だったため、先発隊だけ本山寺で長いこと待たせてしまった。そのおかげで神峯山寺で大部分の足並みがそろうこととなった。ここで数名が走りは終了でバスに乗ってもらうこととし、大半はそのまま高槻駅方面まで走って行く。自分もバスに乗らず走るのは久々だったので、高槻駅近くの市街地でなるべく車を避けるルートを何ヶ所かコースミス。行程の動画を見ているとその部分まで見事に再現されていた。

190503_09走った人もバスの人も無事再集結し、いつもの銭湯で汗を流す。その後は高槻ジャスストリート鑑賞だが、例年になく人出が多いようで、いつもなら阪急高架下近くの自転車置き場で聴くつもりが、既に他の客に占拠されて使えず。仕方ないので、やや遠くなってしまうが桃園小学校の会場まで移動してグラウンドに敷物を敷く。ここも既に同じようなことをしている聴衆も数多し。年々ジャスストの観客が増えているようで、盛りあがるのはいいことだが、混み過ぎるのも考えものである。

190503_10桃園小から場所を変えてみる。福寿舎という、もと蔵だったところをレンタルスペースに改造したこの会場では、サックスとベースのセッションが行われていた。屋外の大箱会場もあれば、こうしたこじんまりとした会場で間近で聴くこともできる幅広さは、ジャズストの面白いところである。だいぶ疲れたので、今年は比較的早めのお開きとなった。

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おおさか東線

190429_1連休前半の某日昼下がり、ぽっかりと自由時間ができたので、今更ではあるが、この年の3月のダイヤ改正で延伸開業したおおさか東線の新大阪~放出間を乗りに行った。

190429_2できれば奈良行きの快速に乗ってみたかったのだが、運転本数は少なく、訪れた時間帯では一切走っていない。すべて各駅に止まる久宝寺行きである。

190429_3車両は201系、かつて東海道線や大阪環状線で走っていたおさがりであろう。車体の色は大和路線と同じ黄緑色、先頭車両の窓枠の下に白いラインが1本引かれ、行先表示幕はLEDタイプに改造されている。

190429_4新大阪駅おおさか東線ホームの駅名看板。右側が新規開業の南吹田駅なのは当然として、左側が西九条と示されていることにむしろ意外性を感じる。確かに、関空特急はるかやくろしお等は、新大阪から貨物線を利用して大阪駅はパスして、大阪環状線の福島駅付近から同線に合流して次に止まる駅(通過の場合もある)が西九条となる。ただしおおさか東線で西九条まで営業している列車はなかったと思う。さらに言うと、現在大阪駅の地下に建設中のうめきた新駅が完成すれば、この「西九条」の表示も「北梅田」あたりに変わるのであろうか。

190429_5乗車後は当然のごとく先頭車両の運転台後ろに向かったが、既にかぶりつきの先客が複数名いたため、かぶりつくことができず。開業から1月半経過したがまだ物珍しさが残っているということだろう。というわけで前方の展望画像はなし。
新大阪を出て、すぐ横に東海道線の東淀川駅があるが、おおさか東線の駅はない。阪急京都線に中津駅がないのと同じような感じか。そして高架に上がっていってその東海道線をオーバークロスする。その風景は尼崎駅で福知山線が東海道線から分かれるのと似た感じだ。以降、各駅に停車しつつ、15分ほどで放出駅に到着。放出駅では同じホームの向かい側に松井山手行きの快速が止まっていた。これも尼崎駅で見かけるのと似た雰囲気だ。

190429_6放出駅の駅名看板。おおさか東線も学研都市線も鴫野駅は共通で、この先は以前から開通している高井田中央へ分かれていくことになる。

放出で折り返して新大阪へ戻る。この列車でも運転台かぶりつきの先客がいたので、またしても全面展望は撮れなかった。仕方がないので、進行方向右側からの車窓を動画で撮った(というか、全面展望動画は自分が載せんでもYouTubeに山ほどアップされているはず)。まずは城北公園通ーJR淡路間。かつて歩行者が通れた赤川鉄橋で淀川を渡る。

もう一つは南吹田ー新大阪間。ホーム端に撮り鉄がいる。タブレットのカバーと窓ガラスが擦れる音がうるさくなってしまった。
それにしても、乗換案内で新大阪から放出や久宝寺までを検索しても、このおおさか東線ではなく、東海道線で大阪まで出て大阪環状線に乗り換え、さらに京橋で学研都市線、あるいは天王寺で大和路線に乗り換えの方が早く着くと表示されるのが残念な感じだ。おおさか東線では1時間に4本ぐらいしかないのと、いずれも各駅停車ばかりでチンタラ走るからそういうことになる。放出、久宝寺、奈良方面に利用するという機会もそもそもほとんどないので、東海道線沿線ユーザーにとっては、物珍しさ以外にあまりメリットはなさそうだ。

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伏見名水マラニック2019

190428_01毎年この時期恒例の伏見名水マラニック、今回は6名のパーティーとなった。朝は少しひんやりとした気温。例によって伏見稲荷大社お旅所からスタート。この日は神輿巡行の日なので、担ぐための棒が装着されている状態だった。

 

190428_02疏水沿いにしばらく走って、人込みあふれる伏見稲荷本社の参道を横切り、名神高速も越えてしばらく行くと藤森神社、そこからほどなく清和荘。
そして3ヶ所目のスタンプラリーポイントが城南宮。画像は昨年のおちょこにデザインされた、菊水若水が湧いている手水場。

 

Shimotoba_map
さて、城南宮から、いったんコンビニで昼食等買い込んだ後、スタンプラリーとは無関係の鳥羽水環境保全センターへ向かうのだが、ここでまたしてもコースミス。昨年の教訓から、地図(クリックで拡大表示)にオレンジ色で引いたルートを行くつもりが、そもそも千本通に入り損ねて(千本通のT字路には信号がなく、南側にいると渡ることができない)、赤色で引いたルートに入った。これでも行けなくはないが、橋のたもとに行くには手前で左に曲がっておく必要があるところを行き過ぎてしまい引き返すこととなった(黄色で引かれたルートは、南北方向の道の下をくぐる形となっているため、そこでの左折はできない。なお、昨年は黄色のルートを行くつもりだったが、その際も左折ポイントを1ブロック行き過ぎてしまった)。というわけで2年続けて思い通りのルートを進むことができなかった。

 

190428_03ちょっとだけロスはあったものの、鳥羽水環境保全センターで一般公開している藤棚にたどり着く。10連休の真っただ中ということもあり、多くの人出で混雑している。今年は公開期間が短く、この日が最終日。ここへ寄るようになってから、ここの公開日にマラニックの日程が左右されるという状況である。肝心の藤の花は、今年はちょうど見頃。白い藤の花はまだこれからという感じだった。 

 

190428_04そしてベンチがあるコーナーも満席状態だったが、何とかかき分けて席を確保し、昼食。小瓶入りのスパークリング日本酒がここの雰囲気にもよくマッチして非常に美味。もう一回り大きな瓶を買ってもよかったな。

 

190428_054ヶ所目のキンシ正宗、5ヶ所目の大黒寺、6ヶ所目の鳥せい本店(いずれも画像省略)と巡って、次はお待ちかねの黄桜カッパカントリー。オープンスペースで販売されていたのはチェリービールだった。苦みを抑えたビアカクテルといった感じ。お土産用に「和あかね」「和かすみ」という見慣れない地ビールも購入。今回はバックパックを背負ってのマラニックのため、比較的多めに荷物を運べるのだ。

 

190428_06その次は月桂冠大倉記念館。今回は中には入らず。また、昨年は300円だった入館料は400円に値上がりしている。

 

190428_079ヶ所目の長建寺。今年は、特別公開等はされていなかったので、普通に境内に入れた。

 

190428_08疏水の運河を十石船が行き、その向こうに酒蔵が並んでいる、いかにも伏見な風景。船がエンジン音を轟かすのが少し残念。

 

190428_09大手筋商店街の人込みを抜けて、最後のスタンプラリーポイント、御香宮神社に到着。今年のおちょこは清和の井がデザインされていた。なお、後に家のおちょこコレクションを見たが、まだこれでも8種類目で、コンプリートできていない。

 

最後の帰路はほぼ迷うことなく進めた。今回は去年とはまた異なる「Relive」というアプリで、走った経路が地図上に動画で示され、途中の撮影画像も紹介されるものを作ってみた。いやはや便利になったものだ。

190428_10マラニック後は銭湯で汗を流して、打ち上げ。最初に寄った店が2軒立て続けに満席で断られる。少し移動して、東寺近くにある「食彩工房 団居(まどい)」が開店直後だったので入れた。この店が当たりだったのでメモ。その後訪れたアポなしの客は、予約で満席と断られていた。確かに、空いていたテーブル席は、その後予約客が次々訪れて全部埋まった。連休中ということもありどの店も混雑しているようだ。

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振替輸送時のIC定期券トラップ問題

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4月某日、JR京都線で橋桁に車が接触したため、JRはしばらく運転見合わせ、阪急京都線に振替輸送となった。これに先立つこと1ヶ月前、JR西日本をはじめとする関西の鉄道各社は、振替輸送時のルールを大きく変えるとアナウンスしており、今回その変更後ルールで初めて利用する振替輸送となった。

変更点はざっくり言うと「振替輸送票」の廃止と、ICカード利用は一旦入場後も含め振替輸送対象外(※もちろんIC定期券の区間は振替輸送の対象になる)とすることである。それまでは、振替輸送時には、振替先の鉄道会社改札前で、定期券や切符の提示と引き換えに振替輸送票をもらい、これが一種のキップのような存在となって改札を通り、降りた駅の改札で回収されるという手順だったが、この際振替輸送票をもらうための大行列ができるという弊害があったので、原則廃止となったのだ。

JRのIC定期券を持っていた私は、阪急の自動改札機にカードをタッチして入場、振替先の駅まで移動後、再度自動改札機にタッチして改札を出た。このとき、普通に阪急の運賃がカードチャージ額から引き落とされて、思っていた挙動と違うことに気が付いた。私が思っていたのは、振替輸送ルール変更に伴い、JRでの定期区間に相当する阪急の区間も定期券と同じ扱いとして料金が精算される(つまり定期区間内であれば料金は引き落とされない)という動作であった。そうでないと、従前は振替輸送票の回収でもって振替輸送利用者・利用区間を把握していたのが、振替輸送票なしでは把握できなくなるから自動改札システムをそのように改修したのだろうと思っていた。しかし実際はシステムは何も変わっておらず、IC定期券での振替輸送時には、自動改札機にタッチしてはいけない、というのが正解だったのだ。

後で阪急の改札の駅員に聞いてみても、一旦出場してしまうと運賃引き去りは取り消せない、入場のデータのみがある状態で入場データを消去するしかない、との回答だった。しかし、これだと出場するまでは運賃が取られるかどうかが分からない、あるいは出場時に初めて思っていた運賃よりも高く取られたと気づいても抗議をいっさい受け付けない仕組みであり、問題である。せめてクレジットカードのようにマイナスの同額請求を立てて相殺といったことができるようにすべきだ。法律的に言えば、運賃がかからないと思ってIC定期券を利用したのだから、運賃が引き落とされることに同意・納得していたわけではなく、錯誤無効であり、運賃を引き取って手に入れた阪急電車はその不当利得を返還するのが筋である。返金できない、というのはICカード決済システムの仕様上の都合であって、法的にも返さないという見解であれば、異議あり、争う。

さらにここで問題として提起したいのは、先に挙げた振替輸送時のルール変更を以前から散々アピールされた鉄道各社であるが、ポスター案内webページのどこを見ても、「IC定期券での振替輸送時には自動改札をタッチしないでください」とは書かれておらず、常識的にそう読めて当然とは到底思えない、ということである。一般人よりかなり鉄道には詳しいと自負する私ですらそう思うのだから、他にもそう思った人はいたのではなかろうか。勘ぐったいい方をすれば、鉄道各社はそうやって敢えて積極的にはPRしないことで、知らずにIC定期券をタッチさせて、しれっと運賃をせしめることを狙っているのではないかとさえ疑いたくなる姿勢である。この問題点については阪急電車のホームページのお客様意見投稿欄に匿名で意見具申を行った。今後何らかの対応をするのか、それとも無視して握りつぶすのかを見守りたい。

最後に、全国のICカード定期券利用者に向けて、今後このようなトラブルに遭わないようPRしてこの記事を終えたい。

IC定期券での振替輸送時には自動改札をタッチするな

IC定期券での振替輸送時には自動改札をタッチするな

IC定期券での振替輸送時には自動改札をタッチするな

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さらばファミマTカード

20190325先日、ファミマTカードを解約した。セキュリティのため、使っていないクレジットカード一掃するという行動計画の一環である。

そもそも、だいぶ昔にTポイントカードを作った際に、ファミリーマートでは当時クレジットカード機能付きのものしか提供しておらず(現在ではクレジット機能のない「素」のTカードも交付されるようだが)、何とも思わずに作成していたという経過がある。

また、最近、Tカードに紐づけされた個人情報を令状なしに警察当局等に提供していた、ということでTポイント運営事業者のCCCが叩かれる事態となっており、Tポイント自体もライバルとの競争にさらされたり、加盟企業が脱退するなどで苦境に立たされているとの報道もある。今回解約したカードはTポイントカードとしての機能もあるので、カード解約とともにTポイント登録も消滅することとなる。

さらに、このクレジットカードで「ドコモiD」の決済が使えるようになっていたが、これも解約とともに消滅となった。ガラケーのお財布ケータイ機能で支払いができる機能だったが、交通系IC(私はICOCA)での支払いに集約された現状では、ほぼ無用の長物だった。

これで、ANAカード、PiTaPaカードに続き3件目のクレジットカード解約。現在は食費等の家の共通経費に使うクレジットカード(某流通系)と、私個人のお小遣いとして使うICOCA紐づけのJ-WESTカードの2枚に集約されたはずである。不必要なクレジットカードを持ったままだと、番号漏洩等で勝手に使われるなどのリスクもあるので、整理しておく方がいいと思われる。

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ココログ全面リニューアル、その後

前回の記事でココログ全面リニューアルを報じて、リニューアル後の状況を見てみると結構酷い状況のようだ。
リニューアル時の不具合について(お知らせココログより)
ログインできない、という論外の事態はさすがに解消したようだが、まだほかにも、画像が表示されない、表示されても大きさが変、改行が反映されない、リッチテキストの編集画面でコピペができない、など相変わらず論外の不具合が続いているようである。
いまこの記事はデスクトップPCで編集しているから大丈夫なのだが、タブレットで見ようとすると「URLが存在しない」というエラー画面が頻発する。タブレットのブラウザ(クローム)の設定を「PC用」に切り替えると直る場合もあるので、以前にPC用とスマホ用でサーバが異なっていた仕組みの影響を引きずっているのかもしれない。
まあ、滅多に更新しない現状では大して困りはしないのだが、一応は月額250円も払ってやっているのだから、しっかりやってもらいたいものである。

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ココログ、全面リニューアル

このブログでも利用している、@niftyの「ココログ」が今度3月19日に全面リニューアルされるとのお知らせが掲載されていた。

「ココログ」全面リニューアルのお知らせ(2019/3/19)

近年のSNS興隆(といっても、SNSの中同士(mixi、Twitter、Facebook、Instagram、TikTok…等)でも栄枯盛衰がかなりのハイペースではある)に比べると、ブログは低調であり、最近では老舗だった「Yahooブログ」や「はてなダイアリー」も終了という状況である。その中で、ココログは「終了」ではなく、リニューアルして存続、というのでもまだありがたい話なのかもしれない。

主な変更点としては、スマホ用画面とパソコン用画面の違いがなくなり同一のURLとなること、ガラケーが使えなくなること、トラックバックの終了、などである。いずれも時代の趨勢で仕方ないかなあ、というところ。

それにしても2003年12月にこのブログを始めてからはや15年余り、掲載記事数は2000件を超えた。最近では更新頻度もめっきり少なくなってしまったが、いつまで続くのか、いつまで続けられるのか。ココログが、あるいは@niftyが未来永劫続くとは思えない。この書き溜めた記事も、科学的にも歴史的にも文学的にも価値のないものではあるが、もしできたら子供や孫たちに、お父ちゃん、お爺ちゃんはこんなことをしたり考えたりしてたんやで、という記録としてぐらいは残せないものかと考えている。

まああと100年ぐらい経って、この記事が何らかの形で後世に残せていて、100年後の誰かがこれを目にしたとき、当時の一般市井の人々の暮らしやものの考え方はこんなんだった、という手掛かりになるのだとすれば、民族学的価値ぐらいはあるのかもしれない。

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駅伝大会2019

190309_1今年もまた、職場の駅伝大会で鴨川河川敷を訪れた。非常に良い天気に恵まれて暖かい。昨年同様今回も部内の連合チームからお誘いがあったので、その一角に加えてもらった。そして今回は裏エースの5区に回らせてもらった。

今までとちょっと変わったと思ったのが、河川敷の舗装。これまでは砂利道だったと思うのだが、今回からアスファルトでもなく、土っぽい質感ながらもかっちりと固められた、走りやすい舗道となっていた。ただしそれは鴨川右岸のみで、左岸側は相変わらずの砂利道、一部水たまりあり、だった。

190309_2さてレースの方は、エース区間の1区が一桁台の順位で帰って来たものの、その後の若手走者らがいまいちピリッとせず、順位を落とし気味。5区に回ってきたときは10位前後ぐらいか。といいつつ、自分も今年は全く練習しないまま臨んだので、ペースが上がらない。前方に4、5名ぐらいランナーが見えており、走力があればごっつあんですのゴボウ抜きが可能だったシチュエーションにもかかわらず、前との差が詰まらない。ようやく1人抜いたと思ってもまた抜き返されたりと散々な走りで、タイムもおそらくは14分台後半というありさまだった。

チームは前回4位入賞だったので、さらに上を目指していたようだが、残念ながら6位までにも入賞できず。やはり練習しないとあきまへん。

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清鶴酒造

20190217_01この日は、高槻市富田にある「清鶴酒造」を訪れた。富田にはここともう一つ「國乃長」の銘柄で知られる寿酒造の2つの酒蔵があり、寿酒造については例年蔵開きなどのイベントを開催しているので過去何度か訪れたことがある(参考記事)が、清鶴酒造では蔵開きといったイベントはなく、今回が初の訪問となった。

かつては富田にはもっと多くの酒蔵があり、酒どころとして知られていた。その辺の歴史的解説は、路傍に掲げてあった高槻市教委の解説看板が述べているので、そこから引用。
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富田の酒造り
富田は、江戸時代前期に、商工業基盤や後背地の良質な米作、台地の地下水脈を巧みに利用して、寺内町から酒造の町へと変貌した。
最盛期の明暦頃(1655~58)には、24軒の酒造家が軒を連ね、8200石(米高)を超える酒造高を誇っていた。しかし、度重なる酒造制限令や、伊丹・灘等の発展で生産量は減少し、幕末では6~8軒となった。
現在は、2軒の酒造家が伝統の製法技術等を受け継いで、"地酒の味"を守り伝えている。
 昭和63年3月 高槻市教育委員会
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20190217_02この記事に画像は載っていないが、建物入ってすぐのところに瓶詰めの機械が置いてあった。話によると、元々そこにあったのではなく、前年6月の大阪北部地震で建物が被害を受け建て替えをするために一時的に待避させているのだそうだ。このほかに井戸もあったのだが、一緒に連れていた次男坊のご機嫌取りで撮る暇なし。

更に奥へ進むと、原料の酒米をしばらく水に漬けておく機械があった。ここからは画像あり。たまたま見学時にも実際に米が装填されている状態だったので、作業の一部を見ることができた。

20190217_03次は2階に上がる。途中で見えた巨大な桶は米を蒸すところだったか、これも次男の相手のため説明をじっくりとは聞けなかったので失念。

20190217_042階の作業場。蒸し上がった米を広げて冷まし、そこに麹菌を振りかけ、菌がしっかり根付くまで左にある扉の中にある保温室でしばらく保管する、ということだったかと思う。

20190217_05中2階に当たろうか、醸造用タンクの上段部分。画像には写っていないが奥の方のタンクは実際に醸造中で、ふたを開けるとほんのり甘い日本酒のいい香りが漂ってきた。なお、一番奥のタンクでは大吟醸を醸造中で、これはとても繊細なため杜氏以外は蓋を開けることすら許されないのだそうだ。

20190217_06先の醸造用タンクを1階側から見るとこんな感じ。画像では伝えづらいのだが、2階の作業場の床に一部小さい四角い穴が開くようになっていて、その真下にこれらのタンクが位置している。

20190217_07発酵が終わった醪(もろみ)を搾るための枡。まずは自重のみで嵩が減るそうだ。

20190217_08このときもちょうどこれから搾る予定の醪が入った袋が詰められていた。このように機械があるとはいっても、大規模醸造メーカーに比べればロットが小さいので、大量生産はできない。その一方で昔ながらのこだわりの製法を忠実に守り続けている。これこそが地酒の良さであり醍醐味である。

20190217_09見学の最後はお楽しみの試飲コーナー。お馴染みの「ひやおろし」はもちろん、あらばしりや濁り酒まで数種類のお酒をテイスティング。先ほど搾ったばかりの生原酒も試飲させてもらったが、雑味や荒々しさが先に立っていまいち。実際は瓶詰めして商品となるまでにしばらく寝かせて品質を安定させているそうだ。また、当主の解説によれば、日本酒は個性もいろいろで人によって相性は様々なので、自分に合った酒、自分が旨いと思える酒を見つけることが大事なのだとか。そのガイドをしてくれる行きつけの酒店があるとなおよいとのこと。

即席のお土産販売コーナーで試飲の際に気に入った日本酒と酒粕ケーキを購入。6代目当主の息子さん(小学生)もしっかりお手伝いをしていて、将来の7代目も安泰の模様であった。なお、この見学コースは有料であるが、サービスお土産についてくる濁り酒や酒粕の代金相当でトントンとなる値段だった。今回は相方の職場関係を中心に10名ほどで見学して程よい人数。2月の土日のみ要事前予約で受付、となっていたが、現時点ではホームページに見学案内ページが存在しないので、詳細は清鶴酒造へお問い合わせを。

(くりりんの問わず語り「蔵開き」にトラックバック)

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